三十四話「間違いばかりで成長しないって話」
一箇所シヤの心情を追加しました。
「すまんが村長。農業の件、一旦白紙に戻させてもらいたい」
俺は皆に全身マッサージされている、ホロ村長001に、そう告げる。
「なに?! なぜですか?! いや、なぜだ?!」
ホロ村長001は周りの皆を押し除け俺に詰め寄ってくる。
「ワシは初めての畑造りをし、ようやく作るということに実感を覚えてきた。明日には野菜が出来るのだろう? ワシにそれを見せてくれるのだろう?」
ホロ村長001は懇願するように俺に言う。
その表情は必死だ。
目の前の機会を逃すまいと、懸命に手を伸ばす人のそれだ。
「野菜は見せる。食べさせもする。だが、農業を一緒に進めるかは保留とさせてもらいたい」
だが、俺はその必死に伸ばされた手を払いのける。
それがどれだけ残酷であろうともだ。
俺はそうしなければならない。
「一族の悲願達成を目の前にして引き下がれと言うのか……」
そういうホロ村長001の顔にさまざまな表情が浮かぶ。
絶望。
渇望。
失望。
落胆。
どの顔も、俺がさせてしまった。
使徒様、使徒様と大喜びだった彼を、暗い谷底に落としてしまった。
それもこれも、俺が安全に配慮しなかったからだ。
畑の検証にばかり気を取られて、人間側のリスクを考えていなかった。
前と同じだ。
軽い気持ちでブライトに名前をつけて、大変なことをしてしまった。
また___やってしまった。
今回はなんとかホロ村長001は正気に戻ったが、今後もそうだとは限らない。
ここは、退くべきだ___
そう俺が結論づけようとした時、頬に鈍い痛みが走る。
気づけば柔らかい土が顔の前にあり、口内には土と鉄の味がする。
「おいシヤ! なんの話かわかんねぇけど、爺さんにこんな顔させてんじゃねぇよ!」
見上げれば俺に指を突きつけ、髪を逆立たせたグリーヴァが立っていた。
「ちょっと! あんた何してんのよ! やめなさいよ!」
ファムがグリーヴァの腕を掴み非難する。
「いいや! こればっかりは、ゆずれねぇ! 家族を悲しませるなら、シヤ! お前でも許さねぇ!」
グリーヴァはファムの腕を払いのけ、憤怒の表情で、馬乗りになり俺の胸ぐらを掴んでくる。
彼が見せる本物の怒りだ。
眉を吊り上げ、目を見開き、歯を剥き出し、真っ赤な顔をしている。
だが俺はそれを見ても、恐怖だとか焦りだとかそんな感情は湧いてこなかった。
ただ、申し訳ないという気持ちで一杯だった。
この顔も俺がさせてしまった。
「シヤお前! どういうつもりだ!」
「すまない。お前にはわからない話なんだ」
「っ!」
物作りがわからないグリーヴァには、説明のしようがないから仕方がない。
だから、また腕を振り上げて俺を殴ろうとしているグリーヴァも仕方がない。
「待てグリーヴァ!」
そこで、ホロ村長001の制止の声が聞こえる。
グリーヴァは俺に跨ったまま、そちらを振り返り言う。
「だけど、爺さん。酷い顔だったぜ。よっぽどのことなんだろ?」
我が事のように悲痛な声で呼びかけるグリーヴァ。
「ふむ。お前にそこまで言われる顔をしておったかワシは? ちと、はしゃぎすぎたな」
そう言って、グリーヴァを立たせると、ホロ村長001は俺に手を伸ばす。
俺はその手を掴んで立ち上がると、改めて頭を下げ謝罪する。
「期待を裏切るようなことをして、すまなかった」
「……ふむ」
頭を上げると、ホロ村長001は何かを思案するようにヒゲを触りながら俺を見つめる。
「いいだろう。一旦ここは解散としよう。だが、後でワシの家に来てもらおう。それぐらいはしてくれるよな?」
ひとしきり俺を観察した後、ホロ村長001はそう告げてくる。
「そうだな、俺には説明責任がある。後でと言わず今からでも行かせてもらおう」
すぐにでも危険性を話して、何があったかを事細かに話して、それからホロ村長001を説得せねばならない。
「いや、ダメだ。その前に家に帰り、ブライト殿とロトンド殿と話をせい。ワシの家に来るのはそれからだ」
はやる気持ちでどう説得するかを考えていた俺に、断固たる表情でホロ村長001は否を叩きつけてきた。
これは、村長の時の顔、年長者としての時の顔だ。
その顔を見て俺は、胸の内の焦燥感が薄れるのを感じた。
そして自然と提案を受け入れることができた。
「わかった。俺は一度家に戻る。だが、一つ約束してくれ、アンタもすぐに家に帰ると。特に畑には近づかないでくれ」
俺は祈るような気持ちで頼み込む。
「あいわかった。必ず、すぐに家に帰ると誓おう」
さっきまで、畑に執着していたホロ村長001は、二つ返事で答えてきた。
「あ、あぁ。頼むよ」
「うむ。ではシヤも早く家に帰り、二人と話すようにな。……それとお前たち、ちと話を聞かせてくれ。歩きながらで申し訳ないがな」
ホロ村長001はグリーヴァ、ファム、クリスを引き連れ家の方へ向かう。
途中で、グリーヴァとファムがこちらを振り返るが、結局は何も言わずに歩いて行った。
それを見た俺は何故か視界がぼやけていった。
目から何かが溢れないように上を向いてその場を離れる。
「帰ろう……」
自分でも声が震えているのがわかった。
俺は慚愧の念に苛まれながら、家へ向かう。
___楽しいだけのゲームのビルダーズブレイブ
___楽しいだけじゃない現実のビルダーズブレイブ
考えることはループして、目にうつるのは土でできた道だけだ。
途中でマルールに声をかけられたが、なんとか普通の挨拶だけはこなせた。
しばらく歩いて、自分の家のドアを開ける。
「お! おかえり兄貴……」
「お帰りなさい大兄貴ぃ……」
座っていたブライトとロトンドが入り口まで出迎えてくれるが、俺の顔を見るや渋い顔をする。
「大兄貴ぃ。まぁた、あの顔をしてまさぁ」
ロトンドが自分の両頬を引っ張りながら、眉を顰める。
「だよなぁ? おんなじ顔だよなぁ?」
ブライトがロトンドと顔を見合わせる。
「兄貴ぃ。とりあえず座って水飲むところからな?」
ブライトは言うや否や、コップに水を入れに行き、ロトンドは俺に椅子をすすめる。
俺は、面食らいながらも言われるがままに椅子に座り水を飲む。
ヒリついていた喉が潤ってスッキリした。
「で、兄貴よ。報連相頼むぜ」
目の前に座ったブライトが言う。
「え?」
突然の言葉に間抜けな返事が出る。
「報連相だよ、報連相。前もやったろ?」
気軽な口調でブライトが言ってくる。
名付けの時の話だ。
あの時もブライトは報連相という言葉で俺を冷静にさせてくれた。
つまり、今の俺はブライトから見て冷静ではないということだ。
俺はゆっくり深く、深く、深呼吸をする。
「うん。じゃあ、報告を始めるぞ」
俺は目の前に、二人がいることで、グシャグシャだった思考と心が、整然となったのを感じた。
俺は、一つ一つ、客観的な視点と、推測を重ねながら、ホロ村長001に起こった事を二人に説明していく。
「なるほどな。で、兄貴はどれが一番可能性が高いと思うんだ?」
顔を覗き込んでくるブライトの問いに、少し考えて俺は答える。
「多分、畑という場所と、クワという道具。あと時間帯が関係していると思う」
「つまりはまた、役目ってやつが関係してるわけでさぁ」
ウンザリだとばかりに肩をすくめるロトンド。
だが、ロトンドのいうことは鋭い。
俺もその通りだと睨んでいる。
「この場合の役目はこうだ。仕事がない村人にクワを与えると、一定時間、農作業をし始める」
サンドボックスゲームの根本的な仕様だ。
いちいち指示を出さずとも、仕事をしてくれる。
「ただし、畑から遠いところにいる村人は、近くの役目を優先する」
「つまり、今回の村長は畑が近くにあって、クワがあったから土を耕したと」
しかも、村長の仕事場である村長宅から遠い場所だった。
「そうだ、ただしそれには大前提がある。物作りができる事。それが条件だ」
それを聞いて、ブライトとロトンドの顔が険しくなる。
「するってぇと、俺とロトンドも人形みたいになっちまう可能性があるわけだ」
「そうだ」
考えたくもない、もしこの二人がNPCになってしまったら。
想像するだけで、血の気が引いていくようだ。
「よし、これで兄貴がなんでまた、しけたツラしてたのか分かったな」
「でさぁ」
ブライトとロトンドが、ひと段落したかのように、背を伸ばしリラックスし始める。
「おい、この事を考えると、農業は俺一人でやらなきゃならんから、商売にも多大な影響がだな___」
「俺の命は俺のもん」
ブライトが俺の言葉を遮る。
「この先もっと違う景色が見られるなら、そっちに賭けたいんでさぁ」
ロトンドも乗ってくる。
「アンタは俺たちに選ぶ権利をくれた」
ブライトは立ち上がり、俺の肩に手をおく。
「村長にも選ばせてやりなよ」
俺はその言葉にハッとブライトを見る。
「リスクを検証するってんなら、俺が俺の意思で付き合うぜ?」
「俺も農作業してみたいんでさぁ」
ロトンドが嬉しそうな声をあげる。
「さぁ、全然成長しない、我が上司よ。村長のところに行くぜぇ?」
俺はブライトに無理やり立たされる。
だが、出口に向かう最初の一歩目は、間違いなく自分の意思で踏み出した。
農業___
やるぞ。
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