第三十一話「告白は覚悟を持ってするものって話」
「オラわくわくしてきたぞ」
俺は自身の胸中とは正反対の言葉を口に出す。
極度の緊張状態にある場合は、あえてポジティブな言葉を無理やり出す。
すると、脳が本当にそう思い始めるのだそうだ。
前世で職場の先輩が教えてくれた。
効果のほどはわからない。
鰯の頭も信心からってやつだ。
「おい、シヤ。俺たちがお前のせいで苦労したって話してるのに、わくわくしてきたはないだろう」
俺の言葉が耳に届いたのか、グリーヴァが眉を顰めてこちらに近づいてくる。
「オラむらむらしてきたぞ」
「いきなりなんだ?! 気色悪い!」
グリーヴァが一歩引いて半身になり、自分の体を抱きしめる。
それを見てもいつものように、茶化す気にならない。
わくわくも、むらむらもしない。
チリチリする。
「……なんだ? 真剣な顔をして。最近のお前が真剣な顔をすると碌なことがないんだが?」
身を守る体勢のまま警戒心を露わにするグリーヴァ。
最近か……。
そりゃ、十五年に比べたら最近だよな。
実際、俺とグリーヴァと顔を合わせて過ごした時間なんて、全部合わせても数週間にも満たない。
ほぼ、赤の他人に近い存在だ。
だというのに、俺はこんなにもグリーヴァとの縁が切れるのを恐れている。
なんでだろうな?
自分でもよくわからない。
わからないなら……検証するしかないよな。
それが、俺という『シヤ』だから。
「なぁ、グリーヴァ。ちょっとさ……。話があるんだけど」
「今の流れで……話? ちょっと俺用事が……」
グリーヴァがさらに一歩身を引く。
それを見て俺は少し気が軽くなるのを感じた。
グリーヴァは俺が相手でも親しくしてくれる。
年が倍以上離れたおっさんの俺なのにだ。
くだらんやり取りをするくらいには、気を許してくれている。
そんな彼に俺は真実を隠している。
「なに、愛の告白をしようってんじゃない。本当に話がしたいだけさ。俺がいない間に何があったかとかさ」
俺は手をワキワキさせながらグリーヴァに近づく。
「ひぃ! 近づくな!」
グリーヴァは怯えた表情で、ブライトたちの方に走っていき二人の陰に隠れる。
「兄貴ぃ。あんまりからかっちゃ可哀想だぜぇ? グリーヴァさんも疲れてるだろうしよぉ」
ブライトが見かねて嗜めてくる。
「話があるなら、さっさと済ませてあげたほうがいいぜぇ」
と、嗜めたと思ったら、グリーヴァの肩を掴んで俺に差し出してきた。
「えっ?!」
グリーヴァが裏切りにあったかのような驚きの表情をして声を上げる。
「そうだな。どうやら、君たちは長時間狩りをすると疲れてしまうらしいからな」
俺はブライトの忠告を聞き、戯れを切り上げることにする。
……先延ばしにしても意味ないしな。
「長時間の狩りが疲れるんじゃなくて、同じ作業を繰り返すのが苦痛なんでさぁ」
ロトンドが肩をすくめて言ってくるが、俺には違いがわからない。
そんなこと言ったら、ジャパニーズRPGは全て苦行ということになるぞ?
「じゃあ、グリーヴァ。行こうか?」
ロトンドの出した難問の答えは今度考えることにして、グリーヴァに声をかける。
「行く? どこへだ?」
森の入り口から村の方へ足を向けると、素直に後をついてくるグリーヴァ。
……グリーヴァの反抗期は本当に終わったんだな。
そして、その手助けをしたのが俺というわけだ。
「子供の頃によく行ってた丘があるだろ? そこなんかどうだ?」
歩きながら後ろを振り向き、グリーヴァに言う。
「あの場所か! そう言えば最近行ってないもんな! 行ってみるか!」
嬉しそうな表情をしながら、俄然やる気を見せ俺の横に並んでくるグリーヴァ。
ブライトとロトンドは道中で分かれる。
俺の家はわかっているそうなので、そっちで待っていてもらうことにした。
「懐かしいなぁ」
そう呟くグリーヴァを横目に俺はまた、胃がキリリとするのを感じた。
あの場所。
シヤとグリーヴァとファムが昔よく遊んでいた、あの場所。
俺はそのことを設定資料集の情報で知っているが、当然一度も行ったことはない。
どんな景色で、三人がどんな遊びをしていたのかも知らない。
「つ、ついでにファムも誘っちゃうか?」
モジモジと言い出すグリーヴァ君。
下心を隠そうともしないその精神。
好感が持てるね。
だが、今回はご遠慮願おう。
「おいおい。好きな女の前で苦労話か? そいつはカッコ悪いぜ?」
「む。確かにそうだな。お前への愚痴も、たくさん言いたいし、あまり見せたい姿じゃないな」
納得したのか、うんうんと頷きつつ、すでに俺への愚痴を開始し始めるグリーヴァ。
いかに、うりぷーとの毎日が辛かったのかを訥々と語り出している。
ある意味、弱音を吐いてくれているみたいなもんか。
今までのグリーヴァからじゃ考えられないな。
……今までのグリーヴァ?
ふと自分の考えに違和感を覚え立ち止まる。
なんだ? 何に引っかかったんだ?
「おい! シヤ早くしろよ! もうすぐそこだぞ!」
思考の海へ潜る前に、グリーヴァの声に引き戻される。
はしゃいでいるグリーヴァを見て、犬みたいだなと思った。
あまり待たせるとご機嫌が斜めになってしまうかもしれないからな。
急ぐとしよう。
そう思い、歩いていた坂を急いで登り切ると、目の前が一気にひらけて一面の草原が現れた。
「おぉ」
なんというか、日本では見ることが中々ない情景だ。
少なくとも俺は、パソコンのデスクトップ画面以外でこんなに美しいと感じる草原は見たことがない。
揺れる草が風の通った道を知らせている。
ところどころ光っているのは、朝露が太陽の光を反射しているのだろうか?
咲き誇ると言うほどではないが、野花が随所に見られ、彩を華やかなものにしている。
こんなところで、大の字になって寝っ転がったら、さぞかし気持ちがいいだろうな。
「ここはいつきても変わらないな!」
グリーヴァが深呼吸をしながら、嬉しそうに言う。
彼にとっても思い出深く、そして今も美しいままの場所なのだろう。
「俺たちもう、成人だろ? なんか狩りに行ってさ、ドロップアイテムを売って酒を買って、俺とお前とファムと一緒にこの草原で、一杯やるってのはどうだ? きっと美味いぞ! 酒飲んだことないけど、飲んだことがある大人はみんな美味いって言うんだぜ!」
俺への不満は何処へやら、懐かしい場所でテンションが上がっているのか、少年のような顔をしながら、子供のようなことを言っている。
そして俺は同時に驚きを覚えていた。
今のセリフはグリーヴァが勇者との旅の途中で、語った夢物語だったからだ。
故郷を焼かれ。家族を失い。シヤも死に。思い出の草原もモンスターに踏み荒らされた。
だから、願ってももう叶わない夢物語。
叶わないと知りつつ、グリーヴァは最初の一杯を三人で飲むと決めて、荷物に酒はあるけれど、一度もそれを口にしたことはない。
ゲームの彼は一度たりとも酒を口にすることなく死んでいくのだ。
「あぁ、そうか。そういうことか」
俺は、今のグリーヴァを昔のグリーヴァと今のグリーヴァで比べていたつもりで、実のところは未来のグリーヴァと比べていたんだ。
ゲームの彼なら、弱音なんて吐かない。
ゲームの彼なら、冗談なんて言わない。
ゲームの彼なら、子供のようにはしゃがない。
だから、今の彼がどれだけ掛け替えのない時間の中にいるのか、俺は無意識に分かっていたんだ。
「……なんだよ、見つめて。まさか本当に愛の告白するつもりじゃないだろうな!」
バカなのは治してもらったほうがいいな。
うん。元々俺はグリーヴァというキャラが好きだった。
そして今のグリーヴァも友達として好きだ。
だから、好きなキャラに嫌われたくない、友達にも嫌われたくない。
至極当たり前のことだったんだな。
それに、俺はまたここで一緒にこの景色をグリーヴァと見たい。
「なぁ、バカ」
「誰が、バカだ!」
突然のディスに大袈裟に叫ぶグリーヴァ。
それを無視して俺は草原を見つめながら言う。
「これから先さ。多分、俺がお前に幻滅される時が来ると思うんだよ」
怒るかな? 悲しむかな? 呆れるかな?
でもどれだったとしても___
「だけど、これだけは約束するよ。お前を死なせない。ハッピーエンドまで連れて行く。これは確定した未来だ」
今はまだ言わなくていい。
いつか、その時に真実を話そう。
「すぅううううううう」
俺は大きく息を吸い込み頬を叩く。
まずは彼を死なせないようにすること。
それが俺のやりたいこと。
それが、今回の「検証」で分かった答えだ。
「……」
改めて俺がグリーヴァの方を振り返ると、彼は呆けた顔をしていて、そして___
「ハッピーエンドってことは、ファムとの結婚まで確定ってことでよろしいですか?」
「そこは未確定です。モテるように頑張ってください」
俺は彼の両肩を強く叩き励ますのだった。
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