第二十八話「好感度は突然にって話」
「……………………」
「シヤ君? どうかした?」
ハッ! 天から舞い降りた真の女神に見惚れて、茫然自失としてしまった。
鈴を転がすような声に我に返るが、今度は目の前の美しさに目が眩む。
嗚呼……絹のようにサラサラとした長い黒髪。
それを肩からふんわりとしたおさげにしてまとめていて、お姉さん属性を跳ね上げている。
国色天香とは彼女のためにある言葉で、少し垂れ目がちなところも含めて得も言われぬ色気を放っている。
丸メガネをかけているところと、泣きぼくろがあるところも拍車をかけている。
服装は、肌をなるべく隠した地味な灰色のワンピースを着ているが、逆にそれが数多の登山家が登頂を目指すであろう、柔らかふんわり大山脈を強調した結果となっている。
一部見えている肌はほとんど外出しないためか、透き通るような白で、触れたら壊れてしまいそうな白磁の如くだ。
あえて言おう。この美しさはいつか万病に効くと。
「いえ、すみません。日差しに当てられてボーッとしてしまったようです」
推しを目の前に内心では舞い上がっているが、視線を動かして身体を舐め回すように見るなどといった失態は犯さず、思考を高速回転させ刹那の間に目の前の人物を絶賛したあと、当たり障りのないことを言って深淵より深い下心を押し殺す。
「まぁ、大変だわ。それでお水を?」
こちらを心配して憂いを帯びるその表情もまた芸術の域に達している。
推しが俺を心配してくれている。
投げ銭した方がいいだろうか?
「あぁ、大丈夫です。今は村長の仕事を手伝っている最中ですので」
あわよくば、家の中に入れてもらえるかもしれない可能性を捨てて、あくまで真摯な好青年を貫く。
あぁ、可愛いなぁ。
「村長のお仕事を? やっぱり次期村長候補は大変なのね」
しみじみと頬に手を当てながら、やはりこちらを気遣う様子を見せるマルール。
あまり外に出ず、村人との接触も必要最低限の彼女は、俺ではなくグリーヴァが次期村長候補となった事を知らないのだろう。
「いえ、僕はもう次期村長候補ではないんですよ。今はグリーヴァが候補です」
「まぁ……、それはごめんなさい。私知らなくて。無神経なことを」
そう仕向けたのは俺なのだから、全く気にしなくていいのだが、マルールはとても申し訳なさそうに謝ってくる。
誰だ?! マルールにこんな顔をさせたのは!
俺だ!
しょんぼりした顔も可愛いなぁ。
「気になさらないでください。僕がグリーヴァを推薦したんです。だからマルールさんが気に病む事なんて何もないんですよ?」
俺は精一杯の笑顔でマルールをフォローする。
「シヤ君がグリーヴァ君を? そう。シヤ君がそうしたのなら、きっとその方がいいのでしょうね。シヤ君が一番グリーヴァ君の事をわかっているでしょうし」
うっすらと、本当に僅かに微笑みながら、そう言うマルールは納得の表情を浮かべていた。
なんだか知らんが、俺への信頼度が高いぞ?
何をしたかは知らんが、元のシヤよ良くやった!
お前の行動に報いるためにも、必ずや本懐を遂げてみせるぞ!
「ええ。グリーヴァなら必ずややり遂げてくれるでしょう」
俺が胸を張ってそう告げると、マルールは不思議そうに首を傾げて問いかけてくる。
「なにか、シヤ君変わった? いつもと違う気がするのだけれど」
小首を傾げるマルールが尊い。
中身がおっさんの俺にはバッチリストライク。
本当は俺の方が年上だからね!
少し幼さの残る行動がまた良いのだ。
そんな事を考えて頭に血が昇っていた俺は、油断をして自我を出してしまった。
「もし、そう感じるならマルールさんの美しさがそうさせるのでしょう」
俺はそう口にした瞬間、しまったと思った。
深淵の底より下心がこちらを覗いてしまった。
まだ早い。
距離の詰め方をしくじった。
その証拠にマルールの表情が少し硬くなったのを感じる。
明らかに先ほどより心理的距離が開いたとわかる。
「……まぁ、シヤ君。こんなおばさんを揶揄うものじゃないわよ?」
それでも、マルールは大人の対応で年下の俺を窘める。
くそ! これはどう答えてもフォローできない!
YESでもNOでも好感度は下がる!
考えろ。考えるんだ俺!
今まで生きてきた全ての知識を総動員するのだ!
困ったマルールの表情を見たその時、天啓が舞い降りた。
マルールは俺のことを変わったと言ったな?
なら、その変化を最大限まで振り切ってしまえばいい。
逆に考えるんだ、変わり者になっちまって良いと!
「揶揄ってませんよ。この世の全ての女性は尊く美しい。綺麗で可愛くて艶やかで、愛くるしくて華やかで、可憐でチャーミングだ。僕はそんな芸術品を生み出した神に感謝している!」
全力全開の力説。
天まで届けと大声を張り上げて、腕を広げて仰ぎ見る。
「………そ…………そう。それは……よかったわね?」
余韻に酔いしれて目を瞑っている俺には見えないが、たいそう困惑しているであろうマルールの声が聞こえてくる。
彼女の返答もどこかずれたものだ。
だがそれでいい。
俺が彼女に好意を持っていることにさえ気づかれなければ。
「ええ。よかったです」
案の定目を白黒させているマルールに向かってサムズアップする俺。
歯がきらりと光る爽やかスマイルもセットでご提供だ。
マルールはまごまごとどう答えれば良いのか迷っている。
手がいろんなところを撫でていて困惑がありありと見て取れるぜ。
「おっといけない。もうこんな時間だ。申し訳ありませんが、お水を分けていただいても?」
俺はつけてもいない腕時計を見ながら、白々しい話題の方向転換を図る。
今日の目的は顔合わせだ。
これ以上は蛇足となる。
それに彼女が設定通りだと言うこともわかった。
彼女はこちらの好意が高ければ高いほど、ガードが固くなる。
それが分かっただけでも十分な収穫だ。
「え、ええ。どうぞ。桶を貸してもらえる? いま汲んでくるわ」
そう言いながら俺から桶を受け取るとマルールは家の奥に向かっていった。
途中でボソッと「あんな子だったかしら」と聞こえたが、気にしてはいけない。
大なり小なり、男の子は思春期に少年から大人に変わるのだから。
「はいどうぞ、お仕事頑張ってね」
戻ってきたマルールは流石は大人の女性らしく、冷静さを取り戻している様だった。
俺は桶を受け取りながら感謝を述べる。
「いやぁ、ありがとうございました。助かりましたよ。今度何かお礼に伺います」
あわよくば次の約束を取り付ける所存。
大人なのでそれくらいの駆け引きは行います。
「いいのよ、お礼なんて。それにシヤ君もあまりここには来ない方がいいわ」
そういうマルールの顔に影が落ちる。
申し訳なさそうな顔だ。
寂しそうな顔だ。
この表情が全てを物語っている。
そして、ゲームの知識が俺に教えている。
彼女は自分と関わった人間が不幸になると思っている。
だから、人を遠ざけようとしていることを。
だが___
「いやぁ、ちょっとそうもいかなくて、後から正式にお願いする事になると思うんですが、村長の仕事をお手伝いしていただく事になりそうでして」
俺には関係ない。
俺は彼女の背景を全て知っている。
その上で推しているのだ。
「え……? 村長のお仕事? ……私が?」
驚愕という言葉が相応しい顔で口に手を当て驚くマルール。
村人も彼女が人を遠ざけようとしているのを知っているので、距離を置いている。
それを彼女も知っている。
だから、まさか自分が仕事を頼まれるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「でも……。私……」
少し怯えるように言い淀むマルール。
憂いを浮かべる表情も良いが、いつかは笑顔にしてみせる。
「あ、大丈夫ですよ。簡単な見回りみたいなものですから」
俺は畑の方を指さす。
……ジジイ。言われた以上に土を掘ってやがる。
あとで、しばこう。
「そこの畑を一日一回、決まった時間に見てもらうだけの簡単なお仕事です」
簡単ですよ〜、難しくないですよ〜
そう、心を込めながらマルールを説得する。
「んー。それくらいだったら、散歩がてら出来そうだけれど」
顎先に指を当てながら思案していたマルールが、肯定的な意見を述べる。
「やぁ、よかった! 助かります! じゃあ、僕はこれで!」
「あ……」
名残惜しいが彼女の気が変わらないうちに、急いでその場を離れる。
彼女の性格から、一度引き受けた以上後から、NOとは言ってこないだろう。
水をこぼさないように猛烈ダッシュで畑に到着。
ゆっくり水桶を地面に置いた後、再加速。
「このクソジジイ! 誰が畑を増やせといった! 水が足りねぇだろうが!」
俺は未だクワを振るうジジイにスライディングをかましながら、一応の満足感を得るのであった。
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