第二十七話「労働も美しいが、女神はもっと美しいって話」
「ぬぅうん!」
村のはずれ、人気のない閑静な場所に大袈裟なジジイの掛け声が響き渡る。
俺はそれを聞きながら、ジジイが力一杯クワを振り下ろし地面に叩きつけるのを見守る。
クワが地面に叩きつけられると同時に地面の土が僅かに盛り上がった。
「そいやぁ!」
再び盛大な掛け声と共にクワが叩きつけられる。
今度は明確に土が盛り上がった。
「どっせい!」
四回五回と続けてクワが叩きつけられるが、それ以降は特に地面に変化は起こらない。
「ジジイストップだ」
俺は親の仇のようにクワで地面を叩くジジイを制止して、土が盛り上がった地面を確認する。
盛り上がった土を手に取ると、ふかふかしていて十分に耕されているようだった。
匂いを嗅いでみると、土特有の匂いがする。
今度はその土を口に含んでみる。
うん。ザ・土の味だ。
「こ、これシヤ! そんなものを口に入れてはいかん!」
ジジイがなんかいっているが、検証の邪魔はしないでほしい。
次に耕された畑を手で掘ってみる。
柔らかいので簡単に掘れる。
掘っている間、中から小石はおろか木の根や雑草の根なども出てこない。
ただただ、柔らかい土が1ブロック分そこにあるといった感じだ。
大体三分のニほど掘り進めたあたりだろうか。
突如として畑は土ブロックへと姿を変えた。
そこにはぽっかりと穴があるのみだ。
「なるほど」
俺は空いている穴に土ブロックを置いて地面を元に戻す。
「よし! ジジイ。ここに10x10の畑を作ってくれ」
「畑を……作る! わしが作るのだな?!」
俺の指示を聞いて、蒸気機関車の如く鼻息を噴射しながら、クワをブンブンと振り回すジジイ。
年寄りの冷や水と言うが、もはや年寄りの熱湯ぐらいに熱く盛り上がっている。
年寄りが元気なのはいいことだ。
昔に年寄りが笑う街には未来があると聞いたことがあるからな。
この村は滅ぶ定めだけど。
「せいりゃああぁぁぁぁぁぁ!」
明日の自分の事など忘れて腰を酷使しながら畑を耕すジジイを見ながら、俺は今起こったことを考える。
当然ゲームの畑は手で掘ることもできないし、土を手に取ったり、ましてや食べたりすることはできない。
これは、ゲームの仕様が現実に落とし込まれた結果だろう。
その一方で、クワでたった三回地面を叩くだけで、中までふかふかの畑になり
土の中には不純物は一切なく、ある程度土をどけると破壊判定になった。
これは逆にゲームの仕様が色濃く残った仕様と言えるだろう。
「畑に何かを埋めて、スコップで破壊したらどうなるだろうか?」
ふとした疑問が口をついて出る。
俺は徐にアイテムボックスからクワと木のコップを取り出して、畑を作り埋めてみる。
「また兄貴が変なことをしているぜぇ?」
「でさぁ」
後ろから呆れた声がした気がするが気にしない。
気になるのは土の中のコップがどうなるかだ。
「そそいそい!」
スコップで畑を叩くと不思議なことに、スコップの先端は土に埋まることなく、硬いものを叩いたような感触を返す。
そして、畑を三回叩いたところでそれは起こった。
「おいおい。マジかよ……」
俺は思わず手に持ったスコップを取り落とす。
そこに現れたのは、土ブロックと壊れたコップだった。
現実世界では森羅万象、不朽不壊のものなど存在せず、必ずいつかは壊れてなくなる。
だが、サンドボックスゲームのビルダーズブレイブでは、例外を除いてアイテムは壊れない。なぜなら叩けば、壊れる前にアイテム化するからだ。
だから、このゲームではあらかじめ用意された、壊れたアイテムシリーズ以外では、壊れたアイテムは存在しないのだ。
しかし、今行ったのは人為的に壊れた物を生成する方法。
アイテムを破壊する方法だ。
俺は壊れたコップを手に取りながら、自身の体が武者震いを起こすのを抑えきれずにいた。
もし、もしこれで非破壊オブジェクト判定を乗り越えることができたら?
考えただけでも、滾りに滾ってくるぜぇ?
俺は、手持ちのアイテムを畑に埋めては、畑ブロックを壊し、壊れたアイテムをGETするを繰り返す。
「兄貴。そんなもん増やしてどうすんだぜぇ?」
ブライトが不思議そうに聞いてくる。
「バカめそしてバカめ。この壊れたシリーズを使えば、雰囲気のでた建築ができるだろうが!」
古びた洋館でもいいし、幽霊屋敷なんかもいい。
サイバーパンクにも応用できるに違いない。
さぁ、埋めよ増やせよ! 建築のアイデアが湧き出すぜぇ!
「シヤよ! 畑を作り終わったぞ!」
俺が長々と色々な事に思いを馳せていると、横からでかい声でジジイが叫んでくる。
んだよ、邪魔すんなよボケが! と思ったが、今は農業の時間だった。
目の前の新発見についての検証はグッと堪えて、順番通りに進めよう。
「よし。ボケが。よくやってくれた。助かったぞ。ボケが」
「……わし、何か悪いことをしてしまったのだろうか?」
おっといけない。つい心の声が漏れてしまった。
困惑するジジイにフォローを入れながら改めて畑を見回す。
見てみると、隣り合った畑ブロックの盛り上がりが繋がり、何本もの細長い山になっている。
確か畝だったか? 畑ブロックを繋げると勝手に出来てとても便利だ。
「さて、早速タネを植えていきたいと思うが___あ!」
「ど、どうしたシヤ問題か?!」
俺の声にジジイが慌てふためく。
もう何でもかんでも一喜一憂してて情緒がヤバい。
しかし、俺としたことが、失念していた。
畑に種を植えるためには、畑に水を撒かなければならないのだ。
だと言うのに___
「水を忘れた……」
己自ら検証に水を差してしまうとは。
水は無いのに水を差すとはこれいかに。
「俺が戻って汲んでくるぜぇ?」
そこでブライトが手を挙げる。
さりげないフォローができるナイスガイだ。
ブーツの下に靴下履いてないけど。
「いや、それには及ばない。せっかく近くまで来たんだ、挨拶がてら水を分けてもらおうと思う」
そんな、ナイスガイの提案に待ったをかけて、俺は代替案を出す。
「水を分けてもらう? するってぇと、あの家かい?」
ブライトは畑の少し先にポツンとたった一軒家を、複雑な顔をしながら指差す。
まぁ、どんな顔をすればいいのかわからんだろう。
恐らくブライトが唯一、村人に案内さえなかった家だ。
「今後頼みたいこともあるし、顔合わせは早い方がいい」
それに俺自身いい加減御尊顔を拝みたいしな。
「お前らはここで待ってろ。俺一人で行ってくる。万が一帰ってくるのが遅くなっても覗きにくるなよ?」
万が一、億が一、この世にありえないことなんてないんだから、もしかしたら有り得るかもしれない未来を想定して、俺は全員にキツく待機を命じる。
「……大兄貴。そう簡単にはいかないと思うんでさぁ」
ロトンドがしみじみ呆れたように言ってくるが、俺だってそんな事はわかってる。
でも___
「俺は可能性を否定しない!」
「まぁ、大兄貴がそれでいいなら、それでいいんでさぁ」
ジト目のロトンドに同意を得られたところで、俺はアイテムボックスから取り出した桶を手に持ちスキップしながら、件の家へと向かう。
あぁ、まるで家自体が輝いているかのようだ。
きっとそれは、中に住んでいる人の輝きが外まで漏れ出しているからなのだろう。
たった十数メートルの土の道が、まるで大理石で舗装された神聖な道のように感じる。
俺はこれからの事を考え胸躍らせながら、シャイニングロードの先にある、家のドアの前までやっと到達する。
「んっ、んっんっ!」
緊張で声が掠れたり吃ったりしないように、喉のチューニングを行う。
もしかしたら、手が触れ合うことがあるかもしれないので、手汗をズボンでゴシゴシと拭きとる。
そうして俺は満を持して目の前の扉を、中の人を驚かせないようにそっとノックする。
しばらく待つと、家の中で人が動く気配がする。
ゴソゴソと物音がしたあと、足音がこちらに向かってくる。
あぁ、その足音すら天使が奏でる天界の調べ。
この世の何よりも美しい音色と言えるだろう。
「はい。どちら様?」
脳天直撃サンダーボルト。
し、痺れるぅ〜。
前言撤回、この世で最も美しい音色はこの声だ。
俺はドアの向こうから聞こえてくる声に、真実の美を見出した。
だがっ! ここでそんなことはおくびにも出してはならない!
前世での生涯をかけて培った営業精神で心のうちを一欠片も見せぬ所存!
「こんにちは。突然すみません。シヤです。ちょっとお水を頂戴したくて伺いました」
全力の営業モード発動!
清潔感のある好感のもてる声色で、端的にこちらの用件をのべる。
ここで曖昧さを出してはいけない。
それは相手方に不信感を抱かせる事になる。
それでも、ドアを開けてくれるかドキドキしながら待っていると、ドアがゆっくりと開く。
「シヤ君?」
ドアの隙間からひょっこりと顔を出して俺の名を呼ぶ女神。
「そうです。シヤです。マルールさん」
俺は体中から色々なものが噴出しそうになるのを堪えながら、努めて爽やかな笑顔を維持するのであった。




