第二十六話「狂喜乱舞に歳は関係ないって話」
「使徒……いや、シヤ様。このホロ村長001めは、あなた様のお戻りを一日千秋の思いでお待ちしておりましたぞ」
俺の目の前には、至る所から水滴を滴らせ、じっとりと湿った服を身に纏いながらも、ギラギラとした熱い眼差しで俺を射抜かんとしているジジイが座っている。
その熱視線は自らの濡れそぼった体をカラっカラに乾かしてしまいそうだ。
「待つのは勝手だが、普通に接しろと言ったはずだが?」
なんだか目を合わせるのも憚れるというか、気持ち悪いので目を逸らしながら注意する。濡れた床のシミがどこか猟奇的なものを彷彿とさせる。
目の前の存在は井戸の底から這い上がってきた化け物かもしれない。
いや、沈めたのは俺だけど。
「おっとそうでしたな。いや、そうだったな」
反省の色が欠片も感じられない、とりあえずと言った感じの受け答え。
兎にも角にも鼻息が荒い。
彼奴めの湿り気がこちらまで漂ってきそうだ。
「俺が戻ってきただけで、興奮しすぎだろう」
なんとなくジリジリとジジイがこちらに近づいてきている気がするので、うんざりしてさらに諌める。
それと少し距離を離す。
「何を言う。これが興奮せずにおられるものか! お前が戻ったと言うことは、モノヅクリをこの目で見れると言うこと! くぅ! 我が一族の悲願が今ここに!」
うわぁ! 気のせいじゃなかった!
めっちゃジジイが近づいてくる!
目がガンギまってるし、手もワキワキしてるし、水も撒き散らしているし、もう変質者だ。
「落ち着けジジイィィィ!そんなんじゃ、この後卒倒することになるぞ!」
抱きついてくる勢いのジジイを、なんか触るのも嫌なので足で追い払う。
というか蹴る。
だってなんか湿ってるし。
「う、うむ。すまんすまん。気がはやってしまったわ」
数回足蹴にしてやったことでやっと落ち着いたのか、額から流れ落ちる水滴を手拭いで拭きながらジジイが定位置に戻る。
「じゃあ、まずは作業台から___」
なんだか身の危険を感じた俺は、さっさと用件を済ませようと声を上げると、後ろに控えたブライトから声が上がる。
「兄貴。その前にご挨拶をさせて欲しいんだぜぇ」
「でさぁ」
後ろを振り返れば、ロトンドもうんうんと頷いている。
「む。確かに」
義理堅いブライトと世渡り上手のロトンドだ。
これから世話になる村の村長に挨拶をしたいと思うのは当然のことだった。
ジジイが気持ち悪かったせいもあるが、どうやら俺も気が逸ってしまっていたようだ。
なんせ俺も早く料理や農業をしたいからな。
「そうだな。先程から、わしも気になっておったところよ。お主に侍る二人は何者だ?」
突然ジジイが訝しげに二人を睨む。
嘘をつけ。
なにを最初から気になっていた風を装っているのか。
お前に二人を気にする余裕なんかなかっただろ。
「二人は俺の部下だ。これから商売をするにあたってのな」
だがそれとは別に、なんとなく二人を見下された気がしたので、俺もジジイを睨みつける。
「なんと! 二人は商人であったか! まるで気づかんかったわ」
俺の睨みつけなど気にも止めずに、ジジイが素で驚いている。
さっきまでとは違う意味で目を見開いている。
そうか、二人ともならず者の格好してるからな。
この世界の人間から見れば驚愕の事実と言ったところか。
「じゃあ二人とも、一応こんなのでも村の村長だ、挨拶してやってくれ」
ジジイにはこれから世話になる。
二人に挨拶をさせてやるくらいは良いだろう。
ちょっと狂信者みたいになりつつあるジジイだけど。
「お控えなすって!ただいまご紹介に預かりました、手前シヤ兄貴の若い衆でございます。名の儀はブライトと発します。他でもございません___」
「うをぉい! 何してんだ! どこの世界に仁義を切る商人がいるんだ!」
突然のブライトの大立ち回りに驚き、慌てて制止する。
お前はヤクザ者じゃなくて、ならず者だろう?!
いや、今どきヤクザ者だって仁義切らないよ?!
「いやしかし兄貴よぉ。礼儀ってのは大事だぜぇ」
しかし、当のブライトは口上を遮られてご不満のご様子。
口こそ尖ってないが、眉間に皺はよっている。
なんか俺が悪いみたいになってるけど、仁義と礼儀は違うからね?!
「うむ。その通りだ。なかなか見どころのある若者だな」
「おぉおい! それで良いのか村の長!」
腕を組んで深く頷くジジイにツッコミを入れる。
ひどく感心した様子だ。
いや、ヤクザ者が来たんですよ?!
本当は違うけど!
「では、俺も名乗りまさぁ。お控えなすって! 風の噂に名高いロトンドと発しまさぁ! 手前、生国を発しまするは地獄の釜の目と鼻の先、暗黒裏路地エーアストスラム街に生まれ落ち___」
「ロトンドお前もか!」
「うむうむ。こちらの若者も見所があるようだ」
もう、わやくちゃだよ!
ジジイは感心を通り越して感激してるし、ロトンドは周りにお構いなしに仁義を切り続けている。そしてそれを羨ましそうに見つめるブライト。
「お控えなすってぇぇええ!」
俺の咆哮に一同が動きを止める。
うむ。効果てきめん。
俺は一人一人に視線をやりながら、アイテムボックスから作業台を取り出す。
「本題に入るぞ」
俺が作業台を出すと同時に、ジジイが驚きに後退る。
「これは一体……?」
目を見開き独り言のようにそう呟くジジイ。
それは作業台自体のことを指すのか。
はたまた何もないところから物が出てきたことに対するものか。
「まず、この作業台。これに触れれば物作りが可能となる」
「なんと! そんな簡単なことで!」
物作りと聞いて今度は座ったまま飛び上がるジジイ。
顔も真っ赤になってまた興奮し出したようだ。
あたふたあたふたと、謎の動きを繰り返している。
まぁ、こればっかりは許してやらろう。
念願の物作りだ。
「次にクワ。これで農業が可能になり、包丁で料理が出来るようになる」
しかし、俺は間を開けずにアイテムボックスから、立て続けにアイテムを出す。
いちいち興奮されては困るので一気に済ませる。
「農業といえば野菜を収穫する仕事とわかりますが、料理とは一体……?」
見知った単語が現れて少し冷静になったのか、多少理性が戻ったようだが、どんどんいこう。
「今は説明よりも、作業台に触れることが先だ」
ブライトとロトンドで副作用などがないことは確認済み。
この後の説明を円滑に進めるためにも、さっさと作業台に触ってもらい、物作りを理解してもらう。
「む、むぅ……」
興奮と困惑とそのほか様々な感情が入り乱れているであろうジジイは、恐る恐る作業台に手を伸ばす。
そして、いよいよ作業台に触れた瞬間___
「ぬわぁあああああ!」
「だ、大丈夫か?!」
ジジイがまるで感電したかのように仰け反り痙攣しだす。
馬鹿な?! 人によっては害を及ぼすのか?!
「兄貴! 取り押さえるか?!」
瞬時にブライトがジジイを助けるべく立ち上がる。
しかし、もし感電しているなら不要に触れない。
それに原因がわからない今、元とはいえNPCに対処を任せるのは危険だ。
俺はブライトを手で制しながら、対処法を考える。
体当たりしかないか。
俺はすぐに勢いをつけられるだけの距離を空けて、ジジイに向かって走り出す。
そしていよいよ、ぶつかるというところで、ジジイが地に伏せった。
「お、おい。平気か?」
急ブレーキをかけた俺は、恐る恐るジジイに声をかける。
特に外傷は見当たらないし、焦げた臭いなどもない。
手を取り脈を測るも問題はなさそうだ。
そうこうしているうちに、ジジイが顔を上げる。
「わしはこの世の真理を見た……」
恍惚とした表情で、天を仰ぎ見ている。
なんなら少しよだれも垂れている。
火照った顔が気色悪い。
「これが物作り……。今なら使徒様がおっしゃっていた事も分かりますぞ。何故そこに物があるのか。作られたからなのですな……。あぁ、何という幸福感。わしは、わしはぁ〜」
俺は黙ってジジイにクワと包丁を押し当てる。
「アメイジィイイング!」
今度は地面を転げ回りながら、ビクンビクンと飛び跳ねている。
あまりの光景に、ブライトとロトンドですら距離を置いている。
俺はこの物体とこれからについて話し合わなければならないのか?
何だか心に冷たい風が吹く。
「んっんん! みっともない姿をお見せしましたな」
しばらく痴態を晒したのち、ジジイがすくっと立って取り繕おうとする。
無理だ。何一つ取り繕えない。
だが、ほぼほぼ変態の奇行で間違いないとしても、1%の可能性があるのならば聞いておかねばならないことがある。
「一つ確認だ。体調に問題はないか?」
もし、何かあるのであれば、計画は俺とブライトとロトンドの三人で進めるしかない。
「はい。驚きと喜びに体が打ち震え、脳が爆発しそうなほどの多幸感を覚えただけで、体調に問題はありません」
だが、どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。
やはり変態の痴態の状態だったようで問題ないようだ。
念のためジジイも自分で体をチェックしているが大丈夫そうだ。
ふぅ。びっくりした。
問題ないなら、話を進めよう。
一発殴りたいが、先に進まなくなる。
俺は早く農業をしたいんだ。
「感激しているところ悪いが、今後の話だ」
「謹んでお伺い致しましょう」
ひとしきりはしゃいで気が済んだのか、ジジイが真面目な顔をして頷く。
「まず、第一目標は農業だ。野菜を作る」
「野菜を作る……」
ほんの数分前までなら理解できなかったであろう単語をジジイが噛み締めている。
「俺たちだけでは、野菜づくりをするには効率が悪い。だから村の人たちにも手伝って欲しいんだ」
「……いくら使徒様の頼みであっても、一概に応とは申せませんな。村の者の意見も聞かねばなりません」
……言うても村長か。
このジジイは以前に「役目」よりも村の事を優先した実績がある。
NPCでありながら、名付けもなしで役目を逸脱した人間だ。
自分の狂信よりも村の人間のことを考えるのは当然だろう。
「もちろんだ。その為にまずは村長に体験をしてもらおうと思う」
「わしがですか! こっこっ光栄のいたり!」
俺が説得のつもりで言ったことに、途端少年のようなキラキラした表情で詰め寄ってくる。
先ほどまでの威厳はどこへ行ったのか。
「いちいち感激するなってば。あと外では本当に普通にしろよ? 使徒って言ったら計画からハブるからな?」
俺はジジイを蹴り離して距離をとりつつ、村長宅を後にして農業をするのにうってつけのポイントまで向かう。
「兄貴。話しにくいなら別にいいんだけどよぉ。使徒ってどういうことだぜぇ?」
道すがらブライトが俺の横まで来て問いかけてくる。
まぁ、気になるよね。
これまでの俺の行いと、使徒という単語。
先日、女神との関係も匂わせちゃったしね。
ブライトとロトンドには本当のことを話しても良いけど。
本当に話しても問題ないんだけど___
「……話してもいいんだけどさ。俺の中で順番があってさ。そいつに言ってからでいいか?」
俺は脳裏に鬣のような赤髪をした友人を思い浮かべながら、ブライトの目を見ながら聞く。
「わかったぜぇ。どうしても聞きたいってわけでもねぇし、いつでもいいぜぇ」
ブライトは少しの間も開けずに答えてくれた。
こういうところが、ブライトだよな。
「すまんね。ロトンドも気になると思うけど、頼むわ」
「俺も気にしてないんでさぁ。今は知らなくても問題なさそうですんで」
ロトンドもどこ吹く風といったふうに見えるが、気にはなっているだろうに。
よくできた奴らだぜ。
「さよか」
「さようでさぁ」
その後は特に会話もなく。
ただ目的地へ向かうだけだったが、俺は何だか嬉しい気持ちだった。
「さて、ここを畑にする」
目的地に着いた俺は、ここで畑を作ってくださいと開発者が言わんばかりの、柵に囲まれた土地を指さしながら宣言する。
「ここで農業を……」
村長がその土地を見ながら、期待に胸を膨らませている。
かく言う俺も期待に胸を膨らませている。
「その前にちょっと、調べさせてくれ」
まずは検証だ。
俺は改めて地面を触ってみる。
当然土なのでザラザラしていて、手を離せば砂が手についてくる。
ゲームでは当然ない仕様だ。
ブロックに触るたびに砂が出てくるなんてことはない。
次にスコップで地面を叩いてみる。
しかし、この場合は砂が舞うことなく地面にヒビが入り、三回目でブロックになる。
ブロックになった地面があった場所には何もない。
砂もなければ石もない。
それを確認した俺は、土ブロックを元の場所に戻し穴を埋める。
「さぁて、待たせたな村長。この鍬を地面に突き立ててくれ」
俺は振り返り、キラキラした目で俺に熱視線を浴びせていたジジイに、事前に作ってあったクワを手渡す。
「うむ。いくぞ!」
そう言いながらジジイは、いよいよ地面にクワを振り下ろすのだった。
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