第二十三話「ロトンドには聞こえるし見えるって話」
「さぁて、シヤの大兄貴の生まれ故郷! ワクワクするんでさぁ!」
シヤの大兄貴とブライトの兄貴と別れて、俺は辺りを見渡す。
一見のどかな村って感じだが……ふむ。
まぁ、きっと、ブライトの兄貴はウケモチノカミ様のところに行くでしょうし、俺は別のところにでも行きますか。役割分担ってやつでさぁ。
やぁやぁと、一歩を踏み出そうとしたところで、村の入り口が騒がしい。
多分シヤの大兄貴がなにかやってるんでしょうよ。
「興味が尽きないお人なんでさぁ」
大兄貴のことを考えると、自然と未来が明るいものだと感じられる。
これだけでも、充分についていく理由になりまさぁ。
本人に言ったら複雑な顔をするんでしょうがね。
「さて、この村は一体どんな村なのか、気になるところでさぁ」
当てもなく歩いていると、最初に見かけたのは子供達だった。
元気に走り回ってる。
元気なことはいいことでさぁ。
特に子供が元気なのが良い。
そこで、俺はかなり距離を空けたところから、女性が子供を見守っているのに気づく。
今は俺の方を訝しげに観ていると言ったところですかね。
俺はほんの少しだけ子供に近づく。
すると、案の定その女性がこちらの方に近づいてきた。
俺は気づかないふりをして話しかけられるのを待つ。
「ちょっとアンタ、見かけない顔だね。何もんだい?」
「おっと! 怪しいものじゃねぇんでさぁ。俺はこの村シヤの大兄貴の第二の子分、ロトンドって言いまさぁ。以後お見知り置きをでさぁ!」
なるべくオーバーなリアクションでコミカルな動きを挟みながら俺は自己紹介をする。
「シヤの子分? 確かにアンタは子分っ!って感じだけど。シヤの知り合いなのかい?」
大兄貴の名前を聞いて少し警戒心が薄れるが、まだ信用は得られていない。
「知り合いも何も、シヤの大兄貴は大恩人も大恩人。足を向けて寝れねぇとはこのことでさぁ」
「ふーん。恩人ねぇ」
無愛想な相槌の中に興味が感じられる。
だが、俺はその事には触れない。
「でも、聞いてくださいよ、シヤの大兄貴の生まれ故郷に住んでるシヤの大兄貴と同郷のお人!」
「ぷっ。なんだい、その長ったらしい呼び方は、まるでアタシがシヤの付属品みたいじゃないかい」
「じゃあ、村の方まで縮めまさぁ。そんなことより! シヤの大兄貴ってば、自分の生まれ故郷に連れてきたのに、案内もしてくれないんでさぁ! もう、自分のことばっかりでさぁ!」
俺は大仰に嘆く。
「そうだねぇ、あの子は昔から一人で本を読んでるのが好きなタイプだったし、人付き合いも活発な方じゃなかったからねぇ。あの二人を除いては」
ご婦人の共感をえる。
「あの二人?」
「おや、シヤから聞いてないのかい? あの子には二人の幼馴染がいるんだよ」
「なんですって! 大兄貴! なんで教えてくれないんでさぁ! そんなの挨拶に伺う他ないんでさぁ!」
俺はひとしきり地団駄を踏んだ後、俺は手を合わせて村の方に言う。
「それじゃ、目標もできたことだし。俺はお暇しまさぁ」
俺が踵を返すところで、待ったがかかる。
「ちょいとお待ちよ、一個だけ教えておくれな。シヤはアンタに何したんだい?」
娯楽の少なそうな村。
噂話は格好の娯楽だ。
もう少し話したいよな?
「いやぁ、お話しするのはちょっと恥ずかしいんでさぁ、それに村の方もお子さんたちを見張るのに忙しいんじゃねぇですか? 目を離して大丈夫なんで?」
「……なんで見張ってるって思ったんだい?」
ご婦人の眉間に皺が寄る。
何かしらの触られたくない部分。
「そりゃぁ、当たり前でさぁ!ちゃんと見張らないと! 子供なんてもんは、どこにいっちまうかわからねぇんでさぁ!」
俺はそれに気付いていないふりをして、逆に村の方に言い聞かせるようにいう。
「確かにね。子供は大人が見張るのが当たり前だね。見張ってりゃよかったんだよね」
一瞬見せた悔恨の表情。
目を伏せて下を見た。
___おそらく過去の後悔。
「それじゃ、俺は失礼しまさぁ、いや子供達にもご挨拶を一応しておきまさぁ」
俺はグルグルと追いかけっこをしている子供に近づく。
子供は素直に話してくれるんで気が楽でさぁ。
「あ! 知らない人だ!」
「大人に知らせなきゃ!」
「でもさっきおばさんと話してたよ?」
「んー、じゃあ大丈夫か!」
知識としては防犯は教えてもらっている。
ただこの子達がそれを実践するような事態は発生したことはない。
つまり何かあったのはもっと過去。
「やぁやぁ、みなさんこんにちわ。俺はロトンド、シヤの大兄貴の2番目の子分でさぁ!」
俺は道化師がやるように子供達に存在をアピールする。
「シヤのお兄ちゃん?」
「お兄ちゃんの子分なの?」
「2番目だって」
「じゃあ、一番めはグリーヴァお兄ちゃんかな?」
一人で本を読んでいた大兄貴の近しい人物。
「グリーヴァさんてのは、幼馴染のグリーヴァさんのことで?」
「うん!」
「最近様子が変なんだよ!」
「うん!元気がないの!」
「なんか、シヤお兄ちゃんのせいなんだって!」
あぁ、同情しますぜ、グリーヴァさん。
きっと大兄貴に永遠と何かをやらされてるんでしょう。
心中お察ししまさぁ。
途端に親近感が湧く。
「もう一人の幼馴染の方は何番目の子分なんで?」
「えー?ファムお姉ちゃん?」
「ファムお姉ちゃんは子分じゃないよ」
「そうだよ、シヤお兄ちゃんのお嫁さんになるんだよ」
「あ、言っちゃいけないんだ!」
「あ! どうしよう!」
なるほど。
大兄貴のもう一人の幼馴染は女性なんですね。
「安心して欲しいんでさぁ、俺はこう見えて口は硬い方なんでさぁ。だから大丈夫でさぁ!」
「ほんとう?」
「本当でさぁ!」
「よかった〜」
「よかったねぇ〜」
子供達は手に手を取り合ってグルグルとまわりながら、それ自体を楽しみだす。
「じゃあ、俺は他に行くところがあるんで失礼しまさぁ、またよろしくしまさぁ」
「またねぇ、まるいおじちゃん」
「こんどはあそんでねぇ」
子供の警戒心は薄い。
喋りたいことを喋り、間違ったことを言われた訂正したくなる。
俺はその場を離れ、長椅子に座る暇そうな老人を見つける。
その視線は村の方へ向けられていた。
おそらく、過去でもその視線は村へ向けられていただろう。
「すいません、お隣よろしいですか、見ての通り体が重いもんで疲れちまいまして」
俺が額を拭う仕草を見せると、老人は顎をしゃくって了承の意を示す。
老人は警戒をしない。
そこから、何を話すでもなく俺は空を見上げ続ける。
時折鳥の囀りが聞こえ、微かに村の中心から声が聞こえるくらいだ。
「おぬし、こんな天気のいい日をどう思う」
老人が唐突によくわからない質問をしてくる。
「凍え死ぬ事がないんで安心できまさぁ」
俺は素直に思ったことを言う。
「……では、雨の日をどう思う」
「凍えるか病気になるかわからないんで、怖いでさぁ」
老人は横目で俺をチラリと見たあと、少し困ったような顔をした。
多分世間話のつもりで聞いたら、思っていた答えと違っていたからだ。
「おぬし、こんな村に何しにきよった?」
老人が前を向きながら言う。
「俺はこの村のシヤの大兄貴の2番目の舎弟。大兄貴が行くぞと言ったら、ついて行くってのが舎弟の在り方ってもんでさぁ」
「シヤの? いや、最近のあやつならやりかねんか」
そう言って老人はまた黙る。
そして俺は空を見る。
「シヤは元気にやっとったか?」
俺に向けた感情ではないが、優しい響き。
「元気なんてもんじゃないんでさぁ、もうはちゃめちゃでさぁ」
「そうか、はちゃめちゃか。クックック。元気に育ったのならそっちの方がええ」
そっちの方が良い。か……。
「この村にいるっていう、一番目の舎弟さんもさぞかし、苦労されてることまちがいないんでさぁ」
老人は少し考える。
「確か幼馴染のグリーヴァさんと言うらしいんでさぁ。後輩として挨拶したいと思ってたところでさぁ」
「あの二人がか? いや、確かに最近は一緒にいるのを見たが、本当にあの二人が……?」
「なんか含みのある言い方でさぁ、挨拶に行くのが怖くなってきたんでさぁ」
少し突っ込む。
「いや、今仲がいいと言うなら大丈夫だろう」
「なるほど、人に歴史ありでさぁ」
俺はいかにもわかってますと言うふうに何度もうなづく。
二人の仲はよくなかった事がわかった。
「で、ファムの姐さんに挨拶するのは大丈夫なんで?」
「いや、何故ファムに挨拶する?」
老人が驚いた顔をする。
「なんでって、そりゃあ姐さんになるかもしれないお人に挨拶するのは筋ってもんでさぁ」
俺の言葉に怪訝な顔を浮かべ、何かに気づき。
しばらく黙って、やがて目を細めて老人はポツリと言った。
「……同情で結婚は出来んじゃろう。あやつらにはまだ、わからんじゃろうがな」
……同情。
___誰が誰に?
それっきり老人は口を開くことはなく、俺はその場を離れた。
少し歩いたところで丁度、村を囲む柵があったので近づいて観る。
普通の村にしては頑丈に出来ている。
そして子供が登るには随分と苦労しそうな高さだ。
柵というより壁に近い。
俺はそのまま柵に沿って歩いていく。
雑草の生えた地面をザクザクと歩いていると、丁度村の入り口とは反対くらいの位置。
墓場を見つけた。
墓の数は、一つ二つ三つ……
新しく建てられた墓が幾つか。
そのいずれにも……
「同じ色の花……」
花のいけ方から恐らく同一人物だ。
なぜこの幾つかの墓だけ同じ人が参ってるんだろう?
しかし、ここでは答えは出ないと思った俺は、もう一つ気になった場所に目を向ける。
立派に作られた墓が二つ。
そして墓参りをしている一人。
その人が参っている墓までの道だけは地面が剥き出しになって踏み固められている。
俺はその墓に近づき手を合わせる。
しばらく目を瞑っていると、隣から声がかかる。
「あんた、見ない顔だけどレオンの知り合いかい?」
故人を偲ぶ人特有の表情を浮かべている。
この人はこの墓で眠るレオンさんとは仲が良かったんだろう。
「いえ、俺はシヤの大兄貴の2番目の舎弟でして。大恩人である大兄貴の村の英雄さんの墓とあっちゃあ、参らない訳にはいかないんでさぁ」
誰かが定期的に、しかも複数人が参る立派な墓。
何かを成した人の墓だとふんだ。
「シヤから聞いたのかい? レオンの事」
俺は、はいともいいえとも取れる頷きを返す。
「だったら、そっちがシヤの両親の墓だよ。英雄の墓を参るならそっちも参りなよ」
ご両親の……。
墓標にはゼオンとライアと書かれている。
俺はそちらの墓にも手を合わせて目を瞑る。
大兄貴のご両親だキッチリと心の中でご挨拶をする。
挨拶が終わり目を開けて村の方に聞いてみる。
「ゼオンさんもレオンさんも立派だったとか」
「そうだね。しっかりと自分の子供を守り通した。村も魔物から守られた。今の平和はかれらのおかげさ。英雄に違いないよ」
村の方は墓を見つめながらいう。
嬉しそうでもあり寂しそうでもある。
「最近じゃグリーヴァも真面目になって、シヤも元気になって、レオンもゼオンも安心してるんじゃないかな」
なるほど。
そう言うことか。
___この村が子供を守ることに重点を置いている理由は、この事件があったからだ。
「それなら、シヤの大兄貴の親父さんお袋さん、安心して欲しいんでさぁ!シヤの大兄貴はもう、はちゃめちゃ元気いっぱいなんで」
大兄貴のご両親にきちんとご報告申し上げる。
これからは、きっと大兄貴がこの村を守ってくれるんでさぁ。
「ははは、それを聞いてきっと二人とも喜んでるよ」
村の方も笑顔になる。
「さて、それじゃあ、俺はこの辺でお暇しまさぁ」
「あぁ、シヤによろしくな」
俺は村の方と軽く挨拶を交わしてその場を離れる。
「あぁ、そうだ、俺は村を見て回ってるんですが、余所者が行かない方がいい場所ってあるんで?」
振り返って唐突に質問をする。
「え? いや。その。特にないよ。平和な村さ」
すぐに目を逸らした。
言い淀んだ。
新しい花のいけてある墓に目線が飛んだ。
半歩下がった。
「そりゃぁ、そうだ、なんてったって、シヤの大兄貴の故郷なんだから!くだらないことを聞いてしまったんでさぁ」
俺の言葉に安堵。
浅いため息。
「じゃぁ、今度こそお暇しまさぁ」
疑問は解決。
あとは最後の一つだけ。
今度は村の中を歩く。
家を見て、洗濯物を見て、外に出ているものを見て。
ウケモチノカミ様のところにも行った。
普通はご婦人が井戸端会議をしているものだが、洗濯をしているご婦人が一人二人しかいない。
……ご婦人は井戸端会議をするのが趣味のはずでさぁ。
俺はウケモチノカミ様の泉で喉を潤す。
泉の縁にどかりと座り、チラリとご婦人を見る。
洗濯はまだかかりそうだ。
ならばと俺は膝をたたきながら歌を歌う。
俺は音痴だ。
子供の頃は逆にそれが面白いと、酔狂な人がお捻りをくれたこともある。
ひとしきり歌い終わると、ご婦人が苦笑いと愛想笑いを合わせて、倍にしたような顔でまばらな拍手をくれた。
洗濯をしていなかったら、間違いなく途中で立ち去っていただろう。
「ありゃ、これはお恥ずかしい! つい陽気に当てられて歌っちまったんでさぁ。人に聞かれてるとは、穴があったら入りたいんでさぁ!」
俺は顔を手で覆いながらジタバタと動く。
「お二方共、今のことはシヤの大兄貴には、シヤの大兄貴だけには秘密にしておいてほしいんでさぁ! この通り!」
俺はガバリと立ち上がり、二人の前で拝み倒す。
「そんな大袈裟な!」
「ん……個性的な歌」
それでも、約束してもらえるまではと拝み続ける。
「わかった、わかったよ、秘密にするよ。これでいいかい?」
「ん……秘密」
困ったもんだと言う姿勢をとっているが、二人とも目が笑っている。
少なくとも明日にはこの事は広まるだろう。
だが、それでいい。
噂話のネタを手に入れたご婦人はご機嫌なはずだ。
「しっかし、あんた、シヤの知り合いかい?」
「大兄貴って……なに?」
俺はお決まりの挨拶を二人にし、言葉を続ける。
「今は、この村を見て回ってるんですが、ほら、なんでしたっけ、行っちゃいけないって、言われた場所があるんですが、どこだったか忘れちまったんでさぁ。なにぶん初めての場所なもんで」
ご婦人二人は怪訝な顔を見合わせる。
……すぐには出てこない。
緊急性がある危険な場所ではない。
しばらく、考えてわかったのか、片方のご婦人がもう一人に耳打ちする。
常人なら聞き取れないくらいの小声。
だが生憎俺の耳はいいんでさぁ。
「死神……」
「あぁ、マルールさんのところ」
なるほど。
___この村には死神、マルールさんがいらっしゃるってわけだ。
俺はご婦人に別れを告げると、一番騒がしいところへと向かう。
きっとそこに大兄貴がいるだろうから。




