第二十二話「ブライトのお散歩のお話」
「ふぅ。兄貴の生まれ故郷にしては普通なんだぜぇ」
俺はシヤの兄貴と別れた後、村の中央へと向かっている。
新しい土地に来たのなら、ウケモチノカミ様に拝礼するのが筋ってもんだ。
しかし、どんな奇々怪界な場所かと思ったら、のどかないい場所じゃねぇか。
子供達も笑顔で溌剌と遊んでる。
年配の方も笑ってる。
平和な証拠だぜぇ。
きっとこれが普通ってことなんだろうなぁ。
俺が村を何気なく見回していると、村の入り口の方が騒がしい。
多分、シヤの兄貴がなんかしてんだろう。
「つかめねぇ、お人だぜ本当によぉ」
最近は自然と浮かぶようになった笑みを隠すため口元を手で隠す。
いつもニヤニヤしているのは男らしくねぇからな。
「お、見つけたぜぇ、やっぱり村の真ん中にあったな」
狙い通りウケモチノカミ様の像があった。
周りではご婦人方が談笑しているようだ。
ここは、兄貴の生まれ故郷。
恥をかかせねぇように筋をとおさねぇとな。
そう思い、俺はご婦人方に近づいた。
「お控えなすって、お話中横から失礼さんでございます。わたくし、シヤの兄貴の若い衆でございます。本日は兄貴の生まれ故郷であるこの土地の皆様に、一言ご挨拶をと思い、不躾ながら声をかけさせていただきました」
俺が作法に沿って仁義を切ろうとすると、奥様方の顔が驚きの表情から段々と……その……控えめに言って鬼のように変わっていく。
「ならずものだわ! 村の危機よ!」
「門番は何をしているの!」
「男衆を呼んできて!」
「間に合わないわ! アタシらでやるんだよぉおお!」
突然ご婦人方が叫び出したかと思うと、目の前にタライが飛んでくる。
「あぶねぇ!」
咄嗟に避ける。水飛沫が目に入る。
「アホゥがぁ! 二段構えよぉ!」
二人目のご婦人からの第二のタライ。腕を盾にする。
「無駄無駄無駄ぁ! これが本命よぉ!」
三人目のご婦人の声と共に、耳に衝撃。
振り向くとご婦人が濡れたタオルを振り抜いていた。
鼓膜への直接攻撃による三半規管を揺らす攻撃だ。
「トドメだ! 我ら淑女会全員分のボディプレスよぉ! 耐えられるかぁ?!」
その言葉をきっかけにその場にいたご婦人が同時に突進してくる。
さながら猛牛の群れの前に立たされたようだ。
だが、俺はそれを無抵抗で受け入れる。
「やったわ! 村を守りきったのよ!」
「さすが私たちだわぁ!」
ご婦人方が俺を下敷きにしながら喝采をあげている。
それを聴きながら俺はご婦人に怪我がないように、細心の注意を払いながらゆっくりと立ち上がる。
もちろん、ご婦人たちは持ち上がる形だ。
「な、なに? この人数をものともせず立ち上がるというの?!」
ご婦人たちは驚きながら俺から飛び退く。
その顔には僅かに怯えも見える。
こいつはとんだ失態だぜ。
ご婦人を怯えさせちまうなんてな。
「これはとんだ不調法をいたしました。決して怪しいモンじゃございません。お命をどうこうしようなんて気は毛頭ございません。ただ一言、お顔繋ぎにご挨拶を、と思いお声をかけさせていただいた次第です」
俺は深く頭を下げる。
しばらくの沈黙の後、ご婦人の一人が声を上げる。
最初にタライを投げてきたお方だ。
「本当に危害を加える気は無いんだね?」
「はい、シヤの兄貴とお天道様に誓って」
俺が答えるとご婦人方はヒソヒソと相談を始める。
「シヤの知り合い?」
「兄貴ってどう言うこと?
「まぁ、シヤの知り合いなら大丈夫じゃない?」
「そうねぇ、最近はあれだけど悪いことはしない子だわ」
ひとしきり、話がついたのかまた声がかかる。
「一つ尋ねたいんだけどね、なんでアンタ反撃しなかったんだい?」
「俺ぁ、女子供に向ける拳は持ち合わせちゃいねぇってだけよ。それにご婦人方の柔肌に傷でもつけたとあっちゃ、シヤの兄貴に顔向け出来ねぇぜぇ」
「まぁ、柔肌だなんて!」
「最近は旦那にだって言われたことないよ!」
どうやら誤解が解けたようだ、和やかな空気が流れ始める。
「アンタ名前はなんて言うんだい」
俺は自分が名乗っていない事を思い出す。
重ね重ね失態だぜぇ。
「返す返すも不手際をいたしました。面目次第もございません。わたくし、名の儀はブライトと発します。他でもございません、この名はシヤの兄貴より授かりました大事な名にございます。未熟の身ではございますが、以後、万事よろしくお頼み申します」
「仰々しいねぇ。ブライトだね。すまなかったね、見た目で判断して酷いことをしちまったよ。許しておくれ」
そういってご婦人が頭を下げる。
しかし、そりゃ道理がとおらねぇ。
「頭を上げておくんな。ご婦人方は村を守ろうとなすっただけだ。謝るようなことじゃぁねぇよ。俺の見た目が悪いのさぁ」
実際俺は、ならず者。
兄貴に会わなきゃ、今も犯罪者のままだったろうからな。
「あんた、男前だねぇ。よしわかった! アンタ村の人に挨拶したいんだろう? お詫びと言っちゃぁなんだけど、アタシらで案内するよ」
渡りに船とはこのことだ、また見た目で揉め事になるのはごめんだからな。
「それは、ありがたいお言葉、身に沁みます。そこまで言っていただけるとは、男冥利に尽きます」
「あんた、大概に仰々しいねぇ、普通に喋んなよ。逆に怪しいよ」
俺的には最大限筋を通したつもりだったんだがな。
どうやらやりすぎたらしい。
兄貴の生まれ故郷だから、肩肘張っちまってたみたいだな。
「わかったぜぇ。普通に喋らせてもらうぜぇ」
「そっちも、普通じゃないけど、まぁいいか、さぁ、こっちへおいで案内するよ」
ご婦人方が俺の手を引いて、連れ出そうとする。
「いや、待って欲しいんだぜぇ、まだウケモチノカミ様に挨拶してないんだぜぇ。先にそっちをやらせて欲しいぜぇ」
「あんた、ほんとに礼儀正しいんだねぇ。ますます気に入った! アタシらで隅々まで案内してやるよ!」
その宣告通り、ご婦人方はあっちこっち、隅々案内してくれた。
ほぼ、全員に挨拶できたとお思う。
ただ___
村外れにあった一件だけは案内してもらえなかった。
ご婦人の一人がポツリと「死神」とこぼして。
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