第17話 違和感の正体
……最初はちょっとした違和感だった。
シーアン・フォッグに足を踏み入れたにしては、一行全員があまりにも呑気すぎたこととか。
いきなり魔物の襲撃が始まったかと思えば――あまりにも立て続けに魔物たちが襲い掛かってきた事とか――。
そして、なにより――。
「っ……、もしかして――!!」
濃霧の中で、僕は頬を地面から引きはがす。右腕と両足に力を込めて、渾身の思いで立ちあがる。
そして、取り落した刃の折れた直剣を拾い上げた。
直感でしかなかった。左腕の激痛によって、思考がまともにまとまらない状況でもあった。
けれど――不思議と、自分の使い慣れた直剣を手に取った瞬間、自分の頭の中がすっきりしていくのを感じていた。もう少し早く考えれば、たどり着けたであろう当たり前の疑問に。
どうして、次々と魔物が襲い掛かってきたのか?それは、生態系の不自然だ。魔物と言えば、食物連鎖の一部となっているのが現在の世界の理である。多すぎれば、食べるものがなくなって数が減るのが道理。ゆえに、一か所に大量の魔物が集結し、次々と襲い掛かってくるというのは、かのシーアン・フォッグといえど要因がなければ考えられない自体である。
なぜ、アイリとトトの姿が消えたのか?最初は、沼の中に落ちたか、魔物に連れ去られたのかと思っていた。けれど、沼の中に落ちたのであれば、音や叫び、沈んでいく姿を目にするはずだと思った。どれかに気づかないにしても、それらのどれかは目にしたり耳にしたりできるはずだ。まるで、――突然その場から姿が完全に消失してしまったかのようだった。
「……そうだったのか……」
気づいてしまえば、なんてことはない。けれど、どうしてか今に至るまで、なかなかその結論にたどり着くことができなかった。
両手の拳を握りしめる。左腕の肘から先は存在しない。けれど、感覚は存在する。実際に目に見えるわけじゃないけれど――確かにそこにあるような感じがする。
そもそも、おかしいのだ。あまりにも唐突過ぎて、急直下すぎたのだ。
ぼくが冒険者になりたての時、冒険者として生きていく意味を見失いかけるのには、1週間以上かかった。
どんな苦しみや絶望にも、降りかかるまでの時間と効いてくるまでの時間差というのが存在する。
1週間の間は、どんな依頼に失敗しても、夢を思い描いてワクワクする心を止められなかった。どんなに自分に才能がなかろうと――それをすぐに実感できるほど、自分の心は大人じゃなかった。
「……分かっちゃえば、簡単だな――」
だから、ぼくは、刃の折れた直剣を右腕で空に掲げた。
接近してくるのは、猛烈な風切り音。急接近してくる、死の音。何度もぼくを窮地に陥れた脅威にして――圧倒的な引き裂き力と目にもとまらぬスピードで戦場を蹂躙し続けてきた、最悪の魔物。
もう、腕に震えはない。心を沈めれば、激痛さえ消え去った。バルザックさんとロゼッタさんによる剣劇の音がどこか遠い出来事のように遠のいていって――
「何をしてるの、リアンくん!?」
「小僧、後ろじゃアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、ぼくは振り向きとともに、刃の折れた直剣を横凪ぎにした。
失ったはずの剣身があった場所に――光りの刃が出現し、濃霧の中から突貫してきたブレイダーの翅の刃と衝突。
――光の刃が打ち勝ち、翅ごと体を真っ二つに切り裂いていた。
ここは、シーアン・フォッグ。幻惑の沼地。幻と現実の境目が、虚ろな土地。
「ロゼッタさん!バルザックさん――これは、幻だ!!」
宣言とともに、もう一度直剣を振り下ろして――空間を真っ二つに切り裂いていた。
―――
暗黒から意識が浮かび上がってくる。
重たい瞼をあけて、ゆっくりと首を持ち上げて見たその先の景色には――
「目が覚めたのね……馬鹿リアン!!」
「た……ただいま……!」
アイリがいて――初めて出会ったあの日のように、太陽のような笑顔を浮かべてぼくを優しく見下ろしてくれていた。




