第16話 絶望と出会い
濃霧の中で、激痛の中で、混濁の中で――思い知った絶望の中で……。
ぼくは、腕を伸ばす。もう、そこにはない、姿形もなくなった泥濘の中にいたはずの、赤髪の少女へ向けて――。
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身に着けている衣服がボロボロに裂けていた。
全身が細かい擦り傷だらけで、チクチクとした痛みに顔を歪めながら、石畳の道を突き進んだ。
カーンカーン
鍛冶師たちが響かせる金属音が、頬を打つ、胸を打つ、疲れ切った足を打つ。
すれ違う人々の憐みの視線が、腕に刺さる、心臓を穿つ、心を折ってくる。
「……っ……っ」
(もう少しもう少しで……あの宿屋に――)
かつてのように陽気なことをのたまう元気などなく、喉からは音にならない声が零れ落ちていく。
けれど、あまりにもスタートダッシュの上手くいっておらず、パーティ―の一人も増やせていない落ちこぼれ駆け出し冒険者であるぼくであっても、唯一の安息の地は存在していた。
――初めて、ドゥーン・ロゥを訪れた日から、一週間が経過した日の記憶だ。
徐々にその宿屋が近づいてきたことに、ぼくの足は無意識に早くなり――そして、
「おい、お前はもう出禁だ!」
「―――え?」
「一週間もロクな成果も上げられない奴は、ロクな将来が期待できねぇ!冒険者は諦めろって言ってんだ!これ以上特別格安料金で提供したところで、一生その分が帰ってこねぇんじゃ、意味がねえからな!!」
「……ぼ、ぼくは、冒険者になるのが夢で――」
「うるせぇなぁ……親切心で言ってやってるんだぞ?おまえみたいなヒョロガリが冒険者?笑わせてくれるね。腕っぷしの立つガタイの良い男たちですら、冒険者を志した多くが死んでいくんだ。――お前には才能がない。だから、もう、格安で提供してやる義理もない」
「――――」
立ち尽くした。10秒立ち尽くして、ゆっくりと視線を上げていって――蔑むような視線の亭主と視線がぶつかった。
一週間前は、笑顔でぼくを迎えてくれた優しい亭主が、今はゴミでも見るような目つきでぼくを見下ろしていた。
「――ました」
「あ……?」
ぼくは、震える足をなんとか動かして、その場を後にした。
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路上で立ち尽くしていた。何をするでもなく、ジッと石畳を見つめていた。
頭の中は空っぽで、何にも考えられなくて――
これからどうしたらいいのか、何を目指すべきなのか、故郷の村に帰るべきなのか、冒険者をこれっきり諦めるべきなのか――
何のために生きているんだっけ、こんなに人生って生きずらいんだっけ、楽しいことってなんだっけ――なんで生きてる必要があるんだっけ?
「ちょっと、あんたそこ邪魔なんだけど……?」
「……」
「聞いてる~?耳ついてますかぁ~?生まれつき難聴なんですかぁ~?」
振り返ることすらできない。馬鹿にされているのだろうか?という思考すら、ままならない。ただ、このまま邪魔をしていると拳でも飛んできそうだと思ったから、少し横にどいた。
すると、その女の子の声をした赤髪の人物は、ぼくの顔をのぞきこんできた。そして、やけにしつこく絡んできた。
「あ、もしかして、そのボロボロな感じ、冒険者諦めちゃった感じ?いいえ、待って、冒険者を通り越して人生諦めてる顔してるわね!プププ、冒険者なんてそんな大層な仕事じゃないってのに!」
「……」
「他の仕事探せばいいじゃない。故郷に帰って、やれることやるのよ。楽しい人生ってのはきっと身近に転がってるはずよ!危険や冒険になんて飛び込む必要なんてないわ!」
「……」
「……フン、いいんじゃない?そこで落ち込んでれば。飯食わず、水飲まずで数日も立てばきっと、辛いこの世界からおさらばできるわよ!」
「―――たいんだ」
「え~、なになに~?聞こえな~い!」
「なりたいんだ、冒険者に――!」
ぼくは顔をあげた。諦めに押しつぶされたまま、暗い感情に呑まれたまま、人生のどん底にたどり着いたまま、最後の抵抗をするように宣言していた。
そして、そこには――太陽のような笑顔を見せる少女、アイリの姿があった。




