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第12話 白閃姫


 ~~~~


 

「あの、フィオーナって女騎士……やっぱり気に喰わないわ……!!妙に斜に構えてるっていうか、お高くとまってるっていうか……、見下されてる気がするのよね!悪かったわね、私たちがそこらの一般冒険者で!!あの傲慢女!ヘルメットウーマン!サラサラヘアー!!栗色の髪の毛なんて、そこらの馬に人参と間違えられて食べられちゃえばいいわ!!」


「栗色なんだから、間違えるんなら栗となんじゃないかな……?っていうか、サラサラヘアーはもはや誉め言葉じゃない……?」


 二十分ほど前の会話だ。

 まだ、本当にシーアン・フォッグに足を踏み入れたばかりで、辺りが濃霧に覆い切られておらず、見送りの騎士たちの姿が見えるし、青い空もしっかりと視認することができた。


 頬を膨らまし、地団太を踏みながら言ったアイリの言葉に、ぼくは嘆息混じりにツッコミを入れた。

 まあ、もはやこの流れは反射である。眼球の前で両手を叩くと、自動的に瞼が閉じるのと同じ。つきあいが3年にもなると阿吽の呼吸が産まれるのだ。そんなもの、産みたくもなかったけど……。


 このパーティ―、一番の知識人としての地位を確率しつつあるロゼッタさんが、顎に手をあてて眉をわずかに顰める。


「でも、確かにフィオーナというあの女性騎士、警戒した方がいいですわ。あのイリア騎士団に所属していて、明らかに隊長以上の地位を獲得している。――ましてや、あの大きな騎士さんにあれだけ慕われ、敬愛されている様子です」


「ああ、間違いなく相当な実力者じゃ。立ち振る舞いやしぐさを見ていれば、分かってしまうわい。――下手したら、我らが束になっても叶わん相手じゃぞ……」


 バルザックさんが喉を鳴らした後、全身をブルりと武者震いさせる。ロゼッタさんは頷きながらも、まだ言いたいことがあるとばかりに、両手と弁を振った。


「恐るべきは、実力者である……というだけに留まりません。一番に恐ろしいのは――それだけの実力を持っていながら、私たちの誰一人として、彼女の噂を耳にしたことがない、ということ……」


 冒険者もまた、職業である。

 モンスターを撲滅する、という目的においては、人類は全て味方と言い切れるかもしれない。

 しかし、世界を平和にする、なんて目標は一般冒険者であるぼくたちからしたら、スケールが大きすぎて考える事さえ馬鹿らしい。

 日々を生き抜くために、モンスターを狩るのだ。ただ、人並みにモンスターを狩り、ただ、人並みに身近な生活を護って、生きていく。

 であれば、冒険者にとって、実力者というのは、冒険者でなくともライバルであることは間違いない。

 実力のある者には仕事がいき、実力のある者にだけ更なる富と名声が約束される。


 冒険者がライバルとなるであろう、実力者たちの噂を聞き逃すことはない。いずれ、目指すべき、至るべき目標となる存在の話は、欠片であってもかき集めて同業者と広め合うものだ。


 実際、冒険者に限らず、戦闘を生業とする職業の人間は、イリア騎士団の隊長以上の実力者たちの名前をほぼ全て言えるものがほとんどだ。


 なのに――フィオーナの名は広がっていない。立ち振る舞いや風格から察するに、隊長どころではすまない実力者であろうと予想がつくのに……。


「まあ、素直に考えるのであれば、年齢も若かったからな。ああ見えて、新進気鋭のルーキーだ、ということだろう」


「あるいは、やはりあの隊自体が、イリア騎士団の鎧と皮を被った、山賊か暗殺集団か、ですわね」


「いいえ……たぶん、どっちでもない気がするわ」


 バルザックさんが考えるのが苦手そうな頭をフル回転し、ロゼッタさんが思案のすえにたどり着いた結論に対し、珍しくアイリが冷静に否定をした。


「どっちでもない……?アイリは、フィオーナさんがどんな人か、なにか知っているの?」


「いいえ。知らないわ。分かりたくもないわね。目に入れたくもなければ、声を聞きたくもない」


「だから、言い過ぎでは……」


「でもね……リアン……」


 突然、普通に名前を呼ばれ、ぼくは緊張とともにアイリの横顔を振り返る。

 その視線は、堂々と先頭を進む、美しき栗色の女騎士を寂しげに捉えていて――


「私は、そういう気がするの。フィオーナっていう女騎士のことなんて知らないし、栗色の髪を持つ実力のある女騎士なんて耳にしたこともない。けどね――」


 まっすぐに見据える赤眼の中に、栗色の長髪が揺れていた。煌めき、揺らめき、ぼくには分からない感情を称えて、ひたすらまっすぐに見つめていた。


「あの女は――フィオーナは、この国にとって、とっても重要で実力のある女性。……そんな気がするのよ」

 


 ~~~~

 

 数千の針が、ぼくらの眼前に突きつけられていた。

 鋭い切っ先が、濃霧の中にあるわずかな光を反射し、まるで太陽光を反射した巨大な鏡かのようにぼくらの瞳を眩しく襲う。


 ――ニードルズ。一体一体の吸血虫としての性質は、ほぼ虫の蚊と同じと言っていいだろう。


 けれど、彼らが持つ身体能力と、尻に持つ針の殺傷能力、更に群れで一斉に襲う連携行動は、『虫』という種族に収めるには到底危険度が見合わない。


 お尻の針は、鉄の鎧をも貫き、人体を抉り取る。鉄の硬度をも超えるその切っ先は、明確に吸血相手を死に至らしめるために強度を増したものだ。


 本来であれば、それこそ20人以上からなる一個小隊で挑むのが、 ニードルズへの攻略法だ。

 20人以上の一個小隊で挑んでなお――前衛を務める戦士たちの約半数以上が、重傷および二度と帰らぬ身となることがほとんどだ、という。


 物量と貫通力、そしてスピードを兼ね備えた、THE・力押し。


 だが、小細工もなく突貫するだけだからこそ――その圧倒的な暴力を前に、逃れる術を誰も持たない。それこそ、真っ向から撃ち落とすしかないのだ。数千にも及ぶ、巨大吸血虫の群れを一瞬で。


 そんな芸当が一人で可能な実力者は、この帝国でも指折りだろう。――その指折りの実力者が、どうやらぼくらに同行していたようだった。


 目にも止まらなかった。ただ強烈な金属音が幾重にも響いて、遅れて風圧が僕らの間を駆け抜けた。

 そして、一秒後――無数の白い閃光が、時が止まったように動きを止めていた巨大蚊たちの群れを襲っていた。


 その剣閃の数、優に数百。


 自身で繰り出した白閃の前で鞘に剣を収める、彼女の後ろ姿があまりにも綺麗でカッコよくて――。


「吸血虫ごときが――我が道を阻むなっ!!!」


(『白閃姫』――!!)


 ぼくが、もし、名前の広まっていない栗色の女騎士に名を授けるなら――そう、名付けるだろう。そう、思った。

 

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