第18話 アノセラス 2
かつて中堅国家の中でも、その美しさを称えられた王城の姿は、今はもう無い。その広大な敷地の中央部、やや西寄りに建てられた三階建ての中堅貴族ほどの屋敷が王城だとはほとんどの者には信じ難いだろう。
その美しかった王城は大陸動乱の際にヴェルディフ帝国の召喚した勇者二人に、無残にも打ち壊されてしまった。
そして、動乱終結後に王城の再建が話されたとき、王位を継いだ当時のディケル公爵は、「国内の立て直しが最優先だ、王城など今は屋敷程度で良い」とのことで、それが今日あるままとなってしまった。
その王城の南棟の一室に国王の寝室があった。
現国王ベレス ガトル ディケルはその寝室で半年ほど前から寝たきりとなっていた。
最初は足先の痛みからだった。我慢して過ごしているうちに、靴が履けぬ程の痛みとなり、それが膝へ、股関節へ、手首、肘関節へと痛みの箇所は増えていき、今では微熱も続きベッドから起きられぬ身となってしまった。
治癒師の治癒魔法も薬師の処方する薬も、一時的に痛みを和らげるのみで効果は見られなかった。
その様な身動きの取れぬ体であるため、政務は王太子のガルドと宰相のサイリウス侯爵に任せきりになってしまい、忸怩たる思いで身を床に臥せているばかりであった。
その質素な国王執務室に、国王の政務代理として王太子である、ガルド リグ ディケルが執務机についていた。机の上に側近の手で置かれていく王の決済書類を読み、それにサインをしていく。
王太子は、ふとその手を止めると、机の横に立ち決済ずみ書類をまとめている側近のウォレス レナート サイリウスに声をかけた。
「ウォルの件、アレは何処まで進んだ?」
「はい、現在までに確認できているのは、王城地下最奥部の一室に『陣』の刻み込みは昨日までに終了しています。魔法の実行役のマルスにも確認した所、詠唱、魔法行使共に問題無いとの事です。魔力供給役の魔法師はマルスの部下十五人を、新魔法の発動実験ということで連れていくとのことです」
「では、すぐにでも実行可能ということだな。マルスからこのことが漏れるようなことはないだろうな」
「あいつは変わり者ではありますが、口の堅さは私が保証いたします。それにヤツ本人が妙にやる気になっていまして。実行日はマルスの所属する第二魔法師団の研究試技演習の無い明後日あたりが宜しいかと」
「これで、かつてのディセリーク王国の姿を取り戻すことができる。小王国などと侮られ、周辺国からも認められないような惨めな立場からは脱却してやる。これがうまく運べば、ヴェルディフの影響下にある北方二国に対しての切り札にもなる。
明日の夜だ。明後日まで待っていられん。明日の深夜に実行する。そうとりはかっておけ」
「畏まりました、殿下」
王太子は、再び手にした書類に目を通し始め、それにサインをしていった。
王太子からの急な呼び出しに、訝しさを覚えながら第二魔法師団副団長のマルス サリム バンデウムは、おっとりと魔法師団庁舎の執務室から出た。王太子からの呼び出しなど《《例》》の件しか有るまい、と思いながら王の執務室へと向かう。
あの短気で性急な性格の王太子の事だ、今すぐ始めると言い出してもおかしくは無いだろう。しかし、マルスの所には魔法陣の作成の進捗などの連絡はない。今回の計画についても、荒さと穴だらけの進め方にマルスはちょくちょく口を出して修正を加えていた。頻繁な呼び出しも周囲に疑念を抱かせることの無いよう、控えるように言っていたはずなのだが。
しかし、実行日が近いと感じたマルスは頬が緩むのだった。
王の執務室に着くと、マルスは入り口横に立つ警備兵二人に軽く挨拶をし、ドアをノックする。
「入れ」
マルスは自らドアを開け執務室に入ると、ゆっくりと執務机の前に立ち礼をした。
「王太子殿下に置かれましては、御機嫌麗しく。して、御用の向きとのことですが?」
「いちいちその堅苦しい言い回しをやめろ、バカ者が。
陣の設置が終わった。明日の夜十二の刻(深夜零時)に実行する。それまでに陣の点検を済ませ、実行できるようにしておけ」
王太子は手元の書類にサインをしながらマルスに言った。
王太子の横で書類の整理をしていた側近のウォレスは、手にした書類を机の上に置くと、上着のポケットから二本の鍵と、四つ折りにされて手のひら大になった紙を取り出し、マルスに渡して言った。
「これは陣を設置した部屋の鍵と地下施設北側第一非常口の鍵です。明日の出入りはそちらから人目につかぬように。部屋の場所は、その地下施設街路図の印を付けた所になります」
マルスはウォレスからその三つを受け取ると、ポケットへとしまった。
「承りました殿下。それでは準備に取り掛からせて頂きますので、これで失礼いたします」
マルスは王太子に恭しく礼をすると、踝を返して出口へと向かった。
国王の寝室には、その王の臥した枕元に二人に人物が立っていた。
一人は宰相のサイリウス侯爵、もう一人はミゲル レムス ディケル第二王子であった。
「王太子殿下とウチのバカ息子とで、何かしようとしている様です。よほどうまく立ち回っているのか、なかなかその動きが掴み切れません。背後になかなかの知恵者がいるようですな」
宰相が声を潜めて王に伝える。
「第二魔法師団のバンデウム副団長が、王太子殿下と幾度か直接接触があったようです。高等学院で同期であることを考えれば不自然さはないのですが、ここ最近の執務室への呼び出しなどが増えている様です」
宰相と魔法相のもとで政務を行っている第二王子が、宰相の横に立ち王に伝えた。
国王はその閉じていた目を開け、ベッドの横に立つ二人を見ると呟くように二人に言った。
「何かバカなことをしでかさなければ良いがな。引き続き目は離さぬように。特にバンデウムの動きに注意した方が良いだろう」
「はい、畏まりました」
宰相と第二王子の二人は、国王に頭を下げ寝室を辞した。




