第19話 アノセラス 3
ここで言われる地下施設とは、今の王城屋敷の地下ではない。その面前に広がる広大な石畳が敷かれただけの広場部分の地下には、かつての王城の地下部分がそっくり健在であったのである。王城地下部分の建築図面や、その配置の事を知る官吏や使用人などは、王城倒壊時にほとんどが失われてしまい、その一つの町とも言っていい広さを人の手によって、まるでダンジョン探索のごとく調査しなければならなかった。
調査が始まったのは地上部分の整備終了のある程度の目途が付いた頃、動乱終結から十年近くが経ったころであった。
調査には、王国政府調査団、王国軍兵団、魔法師団とで行われ、その中には入団してまだ日も浅いマルス サリム バンデウムも加わっていた。
その調査も終盤に差し掛かったころに、地下最奥部で書庫が発見されたとの報告があった。調査開始から二年が経っていた。
マルスは、その地下書庫発見の情報を得て、すぐさま調査団幹部でもある魔法師団長へ、所蔵書籍調査の人員に加えてもらえるように申し入れた。魔導書収集に精を出しているマルスにとって、またとない機会であった。王国所蔵の書籍であるため譲り受けることは難しいだろうが、写本は頼み込めば禁書でない限り許されるであろう。
それに書籍調査、特に古文書調査において必要な大陸古語の読解は魔術研究においても必須であるため、この調査に加わるために有利に働くだろう。
許可を得たマルスは、翌日から調査に参加することとなった。
マルスは、調査団事務所から地下書庫までの地下街路図、魔道ランプ一つ、一メトル半程の折り畳みの脚立を渡されると、それらを持って地下書庫へと向かう。
地下街路は数メトル置きに魔道ランプが壁の柱部分に取り付けられ、歩くのに不自由の無いくらいの明るさで照らしている。
街路両脇には、かたずけられ空き室となった部屋が見通せる先の方まで、並んでいて、その一部は運用の為、整備され始めていた。
マルスは街路図を見ながら十分近く、ほぼ最奥部に近いところまで歩き、書庫にたどり着いた。
地下書庫には、王立図書館員三名が来ており、すでに書籍の分類を初めていた。彼らが言うには棚に並べられた書籍は分類されておらず、一冊ずつ確認せねばならぬようだった。彼らは三人とも大陸古語には通じているが、魔法、魔術については専門用語などがあるため、詳しく分類できないので分けて置いておいて、後でマルスに確認してほしいとのことだった。それよりも先にマルスには、奥にある扉で閉じられ鍵の掛かった書棚を見てほしいと、片側を二か所ひもで閉じられた手のひら大のメモ帳の様な物を渡された。表題と作者を書き留めてほしいらしい。
マルスは書庫の奥にある鍵の掛かった書棚の前に立つと、状態を確認した。書棚自体には魔法的なものは何も感じられない。結界も封印も掛けられてはいないようだ。
扉の取っ手に手を掛けて引いてみるが開かない。言っていた通り鍵が掛けられているようだった。マルスは鍵穴に指をあてると開錠の魔法を掛ける、するとカチリと小さな音が鍵穴の奥から聞こえた。
扉の取っ手に指をかけ開ける。中に収められた書籍からは特に魔力は感じられなかった。魔導書などは無いようだ。
部屋に設置されたランプの明かりでは光量が足りないため、棚の中の本の背表紙などがよく見えなかった。マルスは貸し与えられたランプを手に取ると、眼前にかざす。背表紙に題名が書かれたものはいくつも無かったが、それを見ただけで一目でわかってしまった。『死霊術』『死者蘇生研究概要』とこれだけで、この棚が禁書庫である事が。
とりあえず、書籍の把握だけはしてしまおうと、持ってきた脚立を棚前に置いた。持っていたランプを書棚の空いたスペースの置くと、一番上の右端から始めることにした。
三時間余りをかけて書棚の中、全ての書籍の表題と作者名を書き留めると、扉を閉じ、魔法で鍵をかけた。マルスは脚立を邪魔にならぬよう端に寄せていると、後ろから図書館職員に声をかけられた。
「バンデウム卿、そちらの棚はいかがでしたでしょうか」
マルスは手にしたメモ帳を相手に渡し見せると言った。
「ああ、やはりこれは禁書庫のようでしたね。結界や封印が必要な魔導書はありませんので、そのまま扉は閉じて鍵を掛けただけです。もし封印が必要ならば私で対応できますので仰って下さい。
それと中の書籍ですが、おそらく取り出されることは無いと思われますので、分類はせずそのままにさせてもらいました」
「わかりました。封印の方は、こちらに書かれた内容を考査して検討します。封印すると成った時はよろしくお願いします。
それと、大変申し訳ないのですが、今日の調査は我々の都合でここまでとさせてください。明日からの調査は、またお願いいたします。
我々が調査した本の中で、バンデウム卿に見て頂きたい書籍は、入り口横の机の上に置いておきましたので、明日はそちらからお願いします」
マルスと図書館員は、書庫から出るために出口へとむかった。
出入り口横には、折り畳みの脚の付いた長机と折り畳み椅子が置かれている。図書館員たちが分類し、マルスに確認してほしい書籍は、その長机上の奥に積み上げられていた。腰の高さの机の上に、胸の高さまで積まれた本が四つ並んでいる。冊数にすれば六十冊程だろうか。
マルスは一番手近にある一冊を手に取って見てみる。表紙、背表紙に表記は無い。表紙を開いて、ページをめくる。目次も題名表記もない。パラパラとページをめくって内容を見てみる。
「これは、読んでみないと、すぐには解かりませんねぇ。明日はこれに、かかり切りになってしまうかも知れません。少し持ち帰って読ませてもらってもいいでしょうか?」
マルスは図書館員に聞いた。
「はい、写本の件は聞いておりますので構いません。必ずお返しくださいね。それと持ち帰る本の特徴は記録させてもらいます」
マルスは手に持った本を机に置くと、適当にもう一冊をその上に重ねる。するとその下から、やや小ぶりな手製の製本と思われるものが出てきた。マルスはその本を物珍し気に手に取ると、裏表とひっくり返して眺めやる。
その本は、二枚の薄板に無着色の羊皮紙を張り付けて裏表の表紙としており、本文となる羊皮紙と二か所の穴が開けられ、長めの平織りされた組みひも二本で閉じられていた。書籍からは、僅かに魔力が感じられる。おそらく、もうその効力は切れかけているだろうが状態保存の魔法が掛けられていたのだろう。
本を机に置くと、一度図書館員によって解かれ、小口部分に結びなおされたひもを解く。表紙をめくり中の状態を見ると、古語の書かれた時代のものとしては痛みの無い状態の良いものであった。紙を痛めぬように丁寧に頁を捲っていく。
巻頭部分には『光魔法』『転移の応用』と言う文言が見られる。書籍の中ほどまで来たとき、とある一言でマルスは固まってしまった。
『力ある者の召喚』
「バンデウム卿、バンデウム卿、よろしいですか。書庫の鍵を閉めたいのですが」
図書館員に声を掛けられて、マルスはハッと気が付いた。
「申し訳ない。つい夢中になってしまいました。今出ますので少し待ってください」
マルスは、丁寧に本を元の様に綴じるとひもを結び、積み上げられた本から二冊適当に取って、計五冊を抱え上げた。
「お待たせしました。閉めて頂いていいですよ」
書庫から出ると、待っていた図書館員に声をかけた。
「持ち出しは、そちらの五冊ですね。確認いたしました。
明日は朝の九の刻より始めますので、よろしくお願いします」
「はい、了解しました。それでは、また明日に」
マルスは地下街出口へ足を向けるが、その足は徐々に早まっていく。図書館員たちとは向かう方向は同じだが、遥か後方へと置き去ってしまっていた。
早く読んで確認したい。もし、これが本物であったら、本物の『召喚魔法』であったなら、
生まれてからの願いがかなうかもしれない。




