第12話 密談 4
「失礼いたします」
外から女将の声が掛かる。
襖が空き女将が入って来る。その後を小振りなお櫃を持った仲居と、盆を持った仲居が続いて入って来た。盆の方には空茶碗と味噌汁、香の物が乗っている。二人の仲居は、その二つを一組ずつ、それぞれに配膳していった。
「穴子の櫃まぶしで御座います」
女将と仲居二人は、小振りなお櫃から茶碗へよそい置いていく。お櫃の中の量は、軽くよそって二杯分くらいだろうか。
「失礼いたしました」
女将と仲居が下がっていく。
慎一郎は、小振りな塗椀の蓋を取り、味噌汁に一口付ける。合わせかな? はぁ~美味い。茶碗を手に取り一口。穴子のこってり感は無くあっさりかつ旨味はしっかり感じる。結構食ってるのに、これならまだ入る。
「達磨先生、先ほどのお話しですが、これは外務省の外交職員を我々と同行させる、と言うことでしょうか?」
慎一郎は達磨大臣に聞いた。
達磨大臣は、手にした茶碗を置くと言った。
「ええ、その様に考えています。拉致された現場への突入と言うことですので、それなりに対応出来る人物を出しますので心配は要らないと思いますよ」
「私が心配するのはその事だけでは無いのです」
慎一郎は答える。
「これまで私が、個人として動いていた場合は、なるべく相手側に関わらぬ様にしていました。あくまで、拉致被害者を奪還し帰還する。そして、相手側が、二度と召喚魔法を行使出来ない様に処置をして来ました」
「何故、これまで相手側と交渉して来ようとしなかったのです? 聞いた話によれば、君の力があれば、相手側から何らかのものは得られたかも知れないでしょう?」
達磨大臣がすかさず聞いてくる。
「私が、向こう側の世界と関わらずに帰った理由の一つは、こちらと、あちら側の世界とで時間の流れの差がある事があるのです。
向こうで、一週間過ごして帰ったら、こちらでは半年、一年経っていたと言うことは良くあるのです。また、逆もあって向こうの一週間が、こちらの一時間と言うこともありますが…。わざわざ向こうに滞在して、そのリスクを負う必要は無いでしょう。
そして、もう一つ理由は此方とあちらの世界を行き来する為の魔法を使えるのが、今は私一人のみと言うことです。その魔法を行使する為には膨大な魔力を必要とします。幾ら魔力量の多い私でも、そうそう立て続けに発動出来るものでは無いのです」
慎一郎個人としては否定的な回答をして置く。しかし、官僚的な見方をすれば国益を得る為に、異世界の国家と言う未開拓地は魅力的であろう。せっかく、その国と交渉する切っ掛けを与えられたのだ、そのチャンスを無駄にする訳には行かないだろう。
達磨大臣が言いたい事も、一官僚の慎一郎としては分からないでも無い。
「では、時間差の確認をしてそれをクリアしたとして、次は向こうへ渡る方法の問題ですか…」
達磨大臣は少し考えると、身を乗り出すようにして慎一郎に聞いた。
「慎一郎君の魔法以外では、あちらの世界への移動方法と言うのは無いのですか? それと、あちらは当然言語は違いますよね。それは、どうクリアしているのですか?」
「魔法術式を文字と図形によって具象化した、魔法陣と言うものがあります。この場合だと転移魔法陣ですが、これも世界を跨いでの転移となると膨大な魔力が必要となります。
言葉に関しては、翻訳の魔法を習得すると言う事と、その魔法を付与した指輪などの装飾品や魔道具と言われる物が有ります」
達磨大臣は、慎一郎の話しを聞きながら何事かを考えて居るようだ。
「あちらの世界へ渡るには、慎一郎君一人に頼り切りと言う訳ですか…。慎一郎君は、その魔力は何がしかの方法で造り出せると思いますか?」
「私が最初に関わった世界に、その様な研究をしている者が居たようです。しかし、その時は完成しては居ませんでしたが、あれから十数年経っていますので、今どうなって居るのかは分かりません」
「その人物を慎一郎君は、良く知っている方なのでしょうか?」
「いえ、私は名前を知るくらいしか。
私に協力する為にこちらに来て貰っている者の一人が親しくしていた様でしたが」
達磨大臣は、酒に酔ってきたのか、それとも自分の考えに興奮してきたのか、顔を赤くして言う。
「魔法、転移魔法陣、魔道具…。慎一郎君! これらをこちらの技術でアプローチして研究すれば、日本の、いえ、世界の技術的転換点になるとは思いませんか!
色々忙しくしていることは分かっています。しかし、ぜひ日本の為にもこの事にも協力頂きたい。
今後訪れる事になる世界から、日本にとって有益な物を多く得る為にも、現地での調査や交渉はとても重要な物となります。ぜひその事を踏まえて、職員の同行はお願いしたい」
達磨大臣は、卓に身を乗り出す様に慎一郎に言った。父と伯父は、茶碗を片手に呆れたようにそれを見た。
慎一郎は、溜め息を付きたくなるのを堪えた。大臣がこう言い出すことは想定内ではある。しかし、今の自分には、そちらの事に時間を取られている余裕は無い。そこは釘を刺して置かなければいけないだろう。
「分かりました。それでは、同行は二人までとさせて下さい。早急に同行職員を決定し、現地での行動計画を先ほど話したようなパターンごとに作成し、我々と共有させて下さい。それを我々の方とすり合わせを行います。
それと、技術研究の方ですが、今は私の方に余裕が有りません。今少し時間をいただけませんか。動けるようになり次第、その件を《《考慮》》致します」
「慎一郎君、何を官僚みたいな事を言ってるんですか。必ず動いて下さいね。約束ですよ」
達磨大臣はニヤニヤしながら慎一郎に言った。
「はぁ、私も一応は警察官僚なんですが…。
分かりました、お約束致します。
その時はこちらから連絡を致します」
「失礼いたします。
水菓子をお持ち致しました」
襖の外から女将の声が掛かる。
襖があき、女将と仲居が手に盆を持ち入って来た。盆の上にはカラフルな中身が透けたガラス製の小鉢が乗せられている。仲居達は卓の上の空いた器を片付けると、水菓子の盆をそれぞれに置いていく。女将は茶を淹れると置いていく。
「水菓子は、さっぱりした物をとの事でしたので、季節の果物の盛り合わせとさせて頂きました。
それでは失礼致します。何か御座いましたら、お声がけ下さい」
女将と仲居達が下がっていく。
ガラスの長小鉢には、一口サイズにカットされたメロンとマンゴーが、整然と且つ美しく盛り付けられ、小玉の西瓜が、これも一口の大きさにスライスされ添えられている。そして小鉢の中に控えめに乗せられている、ルビー色の二つの小粒。
慎一郎は、その紅い小粒を一つ摘むと口に放り込んだ。おぉ、これは、やっぱり桐箱に入れて売られている佐藤錦じゃないか。その一粒の口に広がる、絶妙な甘みと酸味を堪能すれば、他の果物の期待値も高まる。
添えられた細身のデザートフォークを手に取り、メロンを一つ頂こうとした時だった。
「慎一郎、いいか?」
三之宮伯父から声が掛かる。
「はい」と返事を返し伯父を見た。
「お前の所の自衛隊組二人の内どちらかを、政府会見の時に同席させる事は出来んか?」
「はぁ。それは言って来るかと思ってました。民意の誘導の為ですか」
「ハッハッハッ、お前は察しが良くて、話も早くて助かるわ。
話しを聞いた所、あの二人はあちらの世界では、相当悲惨な目に遭っていたそうではないか。その事を民衆にありのまま話してもらい、召喚拉致される事が如何に違法で、危険な事なのかを印象付けて貰いたい」
「分かりました。それでは、千堂一二三に出て貰いましょう。女性が召喚拉致の犠牲者の一人であったと言うのは、非常にインパクトが大きいと思います」
こう言って来ることを予想はしていたとは言え、慎一郎にとっては大きな痛手である。主戦力である一人を欠くことになるのだ。たった一人とはいえ、彼女は上級攻撃魔法を使い熟す魔法使いである。
とは言え、今後の活動への国のバックアップの事を考えると、ここで伯父達に貸しを作っておきたいのも本音ではあった。
「うむ、そうしてもらえるか。彼女には作戦不参加となる事で反発も有るだろうが、私の方からも詫びとよろしくお願いすると彼女に伝えておいて欲しい」
三之宮伯父はそう言うと、お茶を一口含んだ。
「はい、分かりました。それと、当日はくれぐれも彼女の身元などの機密保持には気を付けて下さい。お願いします」
「分かった。そこは抜かりないようにして置く。
さて、今日の所はこの位だろうか。
達磨先生は、何かありますかな?」
達磨大臣は飲んでいたお茶を卓に置くと、慎一郎に言った。
「慎一郎君、個人的にあなたと話がしたいのですがこの後少し、お時間いいですか?」
慎一郎は、残ったフルーツを口に放り込んでいた手を止めて言った。
「申し訳有りません。まだ、警戒態勢は続いていますので戻りたいと思います」
「ああ、そうですよね…。それでは、近い内に昼食などはどうですか? …うん、その方が良い… あなたに会って、話しを聞いて貰いたい人が居るのです」
「え? その人と言うのは?」
「私の甥になる子なのです。その子も少々特殊な力を持っていまして。その事で話しを聞ければなと」
達磨大臣は、何か言い難そうに話している。
「分かりました。先生のご都合の良い日程でご連絡下さい」
慎一郎は、何か訳ありそうだな、と感じながらも要望に応じる事にした。
ふと気付くと隣りに居た父親が居ない。どうやら座敷奥にある内線電話から帳場へ終了の連絡を入れている様だ。受話器を置き自分の席に戻るのを見ると、慎一郎は父親に言った。
「申し訳有りません、父さん。自分がしなければいけなかったのに」
慎一郎は父親に頭を下げた。
「いや、良い。気にするな。達磨先生との話しの方が大切だ」
父憲史郎は息子慎一郎に言う。
「失礼致します。」
襖の外から女将の声がかかり襖が開けられた。
「本日は誠に有り難う御座いました。お車がただ今参りましたので、皆様どうぞ」
座卓に座っていた四人は立ち上がり、達磨大臣、三之宮伯父、父憲史郎、慎一郎と座敷を出て行った。
慎一郎は三人の後に続いて歩き、玄関前、取次まで来ると隅に控え三人の話しを見ていた。
二人と話し終えた達磨大臣は、慎一郎の元へ来ると話しかけた。
「今日は君と直接話せて本当に良かった。君の活躍を聞いてはいても、人伝の話と言うのはどうも信じ切れなくてね。しかし、君から直接話しを聞くことで確信は得られたよ。しかも、新しい技術研究と言う希望まで得られてね。本当にありがとう。近く連絡を入れます。次に会うのを楽しみにしています」
達磨大臣は慎一郎に握手を求めると、その手を力強く握った。
慎一郎もその握手に力強く応えると、達磨大臣に言う。
「お車まで、お送りさせて頂きます」
慎一郎は達磨大臣に続いて玄関を出ると、後ろには女将、伯父、父と続いて出て来る。
門扉前に停めて待つ黒塗りの車では、ドライバーが後部ドアを開けて待っていた。
大臣が車に乗り込む直前に慎一郎は声をかけ頭を下げる。
「本日はありがとう御座いました。ご連絡お待ちしています。おやすみなさいませ」
大臣もそれに応える。
「おやすみなさい、慎一郎君。女将も今日はありがとう。また来ます」
大臣は慎一郎の横に並ぶ女将にも声をかけた。
「本日は誠に有り難う御座いました。またのお越しをお待ち申し上げます。おやすみなさいませ」
女将は大臣に深く頭を下げた。
大臣は慎一郎達の後ろで車を待つ、伯父と父に手を振ると車へ乗り込んだ。
慎一郎と女将二人並んでそれを見送る。
そして、伯父、父親と順に女将と二人で見送ると、慎一郎は肩の力が抜け、大きく一つ深呼吸をした。
「それじゃあタクシー呼んで貰えますか、女将さん」
見送りで深々と下げていた頭を上げ、女将は慎一郎の顔を見ると悪戯ぽく笑った。
「ウチお客さん履けちゃってこれで終わりなのよね。一杯ぐらい付き合いなさいな」
「何処に飲みに行くのさ。俺まだ事務所戻らなきゃなんないから、ホントに一杯しか付き合え無いよ」
「外になんか行かないわよ。この辺何処も高いんだから。ウチには売るほど酒はあるんだから。ウチ飲みよ、ウチ飲み」
「高級料亭を居酒屋代わりとは、何て恐れ多い」
「座敷なんて使わせないわよ。まかない部屋に決まってるでしょ。ホラ、しんちゃん早く入る。ウダウダ言ってると、これからずっとアンタは坊ちゃま呼ばわりだから。店の子皆んなに呼ばせるからね」
「えー、カンベンしてよ、ゆかり姉ちゃん。頼むよホント」




