第11話 密談 3
「日本国内での携帯は許可しない。しかし、それ以外ではその限りではない。
お前は、幾らでも手ぶらで持っていく術があるだろう。国内ではお前が責任を持って管理しろ。現地でお前が支給しろ」
父親は息子の能力を知っていた。
「しかしだ…」
父憲史郎は言葉を続ける。
「火器装備は、あくまで防御の為の物だ。それを肝に命じろ。出向組にも専守防衛を徹底しろと伝えろ。いいな」
「はい、分かりました」
建前上はな、と思いながらも父親には、素直に返事を返しておいた。
「失礼いたします」
襖の外から、女将の声が掛かる。
「御椀をお持ちいたしました」
女将と仲居の二人で、それぞれの前に椀を置いていき、空き皿を下げていく。
「お飲み物はいかがいたしましょうか」
「燗で貰おうかな」
伯父がそう言うと、父と達磨大臣も同じ物を頼んだ。
「畏まりました。坊ちゃまはどうされますか?」
「私は温燗でお願いします。
女将さん、お願いします。坊ちゃまはホントやめてもらえませんか」
「ハッハッハッハッ! やめて上げてもらえんかな、女将。こいつはもう、部下を幾人も持つ一端の警察官僚だぞ。一人前扱いしてやってくれんか。
それになぁ、表立っては言えんが、こいつは小説のヒーローみたいな事をしておるんだぞ」
伯父が笑いながら女将に言った。そして、椀の蓋を外すと手に取り口を付けた。
「それは大変失礼いたしました。それでは、お父様もいらっしゃる事ですし、慎一郎様と呼ばせて頂きます。」
女将は慎一郎に微笑みながらそう言った。
「出来れば “様” もやめてもらえれば…」
慎一郎は、ぼやく。
「そうは参りません。お立場も有るのですから」
女将は慎一郎の手元の皿を下げながら耳元で「ね、坊ちゃま」と呟いた。
慎一郎は揶揄われたと思い、ムッとして黙り込んでしまった。
「それでは、失礼いたします」
女将は澄ました顔で出て行った。
「アッハッハッ、女将は子供の頃からのお前を見てるんだ、よっぽどお前の事が可愛いんだろう」
伯父は笑いながら椀の中の鱧を突付いている。父と達磨大臣も笑っていた。
慎一郎は椀を手に取り蓋を外す。そして、澄まし汁をひと口、鱧をひと口。あぁ、美味い。口から胃へと染み入って来る。ちょっと気分が上がる。
「さて、慎一郎よ。これからは、この事案が起きた後の話しだ。
政府として事件を公表し国として対処すると、会見を開き発表する。これまでもこの様な事件があり専門の部署が対応に当たり事件を解決して来たとな。
もちろん、お前達の個人情報や五課の事は、これまで通り秘匿したままとする。
これは、この事件の原因となった、異世界と魔法と言うものの存在を国が公式に認めることとなる。そして、今回の事は、召喚魔法を用いた《《召喚拉致事件》》と言う《《犯罪》》》である事を国民に周知する」
伯父は冷酒の残りをグラスに注ぐと、一口含んでグラスを置いた。
「いま、言った様な事から、法整備の方は、早まることは間違い無いだろう。しかしだ…。いま出動する事になれば現行法で活動せざるおえない。お前がこれまで個人で動いていた時のように、自分の裁量での行動は出来なくなる。法律と言う縛りが入るからな。その辺の現場での事は後で憲史郎君にしてもらおう。
慎一郎よ、お前のとこの課員は法規や行動規範など、どれだけ理解しておる?」
「私を含めた警察組そして自衛隊組は、問題無いと思います。しかし、外部協力者組は知識は皆無と言って良いでしょう」
その時、外から女将の声が掛かる。
「失礼いたします。焼き物をお持ちいたしました」
女将と中居が入って来て、それぞれに燗徳利と焼き物皿を置いていった。
「本日は島根から岩牡蠣の良いものが入りまして、是非お召し上がり頂きたくお持ちしました」
その岩牡蠣を見て、皆が驚いた顔をしている。その岩牡蠣は、自分の手の大きさよりも大きかったからだ。焼き牡蠣と言うよりも牡蠣のステーキと言うほどだった。
「お箸で食べ辛い様でしたら、ナイフとフォークをお持ちしましたのでそちらをお使い下さい。それと、皆様お水はいかがですか?」
後から中居が、水の入ったピッチャーとグラスの乗った盆を持って入ってくる。
「そこに置いて行って下さい。後は私がやりますので」
慎一郎がそう言うと、中居は慎一郎の前の空き席の卓上に置いて行った。
「いや、これは美味いな。流石に俺もこんなでかい牡蠣は始めてだわ」
伯父は左手で殻を持ち、箸で牡蠣にかぶりついていた。父と達磨大臣も同じ様に食べている。
慎一郎も牡蠣を手に取り、横に添えられた紅葉おろしと柚子胡椒のうち、紅葉おろしを牡蠣に乗せるとかぶりついた。うわっ、こぼれる。余りの汁気に下にこぼさぬよう気を付けながら、じっくりと味わう。濃厚な美味みとミルクの様な味わい、そして磯の香りが漂う。これは、母さんと凛にも食べさせてあげたいな。島根と言ったか。現地からお取り寄せ出来るかな?
慎一郎が柚子胡椒も付けて味わっていると、伯父が話しを再開した。
「さて、慎一郎のとこの外部職員の事だが、これは法規や規範に付いて、レクチャーを受けさせろ。一度で終わらなければ何度やっても構わん。法規作成に関わる者を講師として送ってやる」
「警察規範だが…」
父憲史郎が話しを継いだ。
「そちらに配属予定の総務部員三名にその旨を伝えて講義できる様にしておく。本来ならば警察学校で教わる事なのだがな…」
父は徳利から燗酒を猪口に注ぐと一口含んだ。そして、話しを続ける。
「現行法では、現地での捜査はかなりの縛りを受けるだろう。その縛りを完全に解くことは出来なくても緩める事が、法律の作成、改正なのだよ。それでもだ、全てがオールクリアになる法律を作ったとしても、国の中には批判するものが多く出るだろう。それを常に念頭に入れて現地で行動して貰いたい。それと…、色々言いたい事はあるが、今で無くとも良いだろう」
「そろそろ、私にもお話させてもらって良いでしょうか?」
達磨外務大臣が、猪口を片手に話しかけて来た。
「召喚拉致する相手と言うのは、個人や組織、そして国家と、どの様な相手が行なっているのでしょう」
「召喚魔法を行うには、大量の魔力、大規模な魔法陣の展開が必要になります。したがって個人で行えるのはその世界で、大魔導士と呼ばれる者か、魔王しかおりません。組織では、大商会がその資金力で作った犯罪組織、あと宗教団体です。そして国家ですね。個人では、たまに魔王が気まぐれで行うぐらいで、ほぼ無いと考えて良いと思います。これまでの殆どが、その世界の教会と言われる宗教団体と国家です」
慎一郎は達磨大臣に答える。
達磨大臣は、手にした猪口に酒を注ぎながら言った。
「我が国から、大切な国民を違法に拉致した相手には、それが個人でも、組織でも、国家であろうともその犯罪行為に対する代償は、求めるべきと思います。
如何なる相手であっても、最終的な責任は国に帰するものと考えます。
そこで…、その国との交渉での交渉役として、我々から人員を出したいと思いますが、如何でしょう」




