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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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第8話 空の旅

 私達は王都へ向けて飛行していた。

朝焼けの空を裂くように、漆黒の翼が風を掴む。


 眼下では、シシリオール領の街並みが少しずつ遠ざかっていく。

焼け跡はまだ痛々しい。だが、煙はもう殆ど上がっていなかった。復興は始まっている。ゆっくりではあるが、確かに。


 腕の中のアウローラは、飛び立ってしばらくの間、恐怖で私へぎゅうっとしがみついていた。

目を固く閉じ、外套へ顔を埋め、風が吹く度に小さく身体を震わせる。


 まるで攫われる小動物だ。


 だが。十分ほど飛行を続けた頃だろうか。恐る恐る、といった様子でアウローラが片目を開けた。

さらにもう片方。ゆっくり周囲を見回す。そして。


「……わぁ」


小さな感嘆の声が漏れた。

眼下には、どこまでも続く緑の平原。朝日に照らされ、川が銀色に輝いている。

遠くの山脈には薄く霧が掛かり、その向こうから巨大な鳥型の魔獣が悠々と飛んでいくのも見えた。


 地上では決して見られない景色だ。


アウローラは次第に恐怖を忘れていったらしい。私の服を掴む力も少し緩み、周囲を見る余裕まで出てきていた。


「御主人様は、いつもこの様な素晴らしい景色をご覧になっているのですね」


 私は前方を見たまま答える。


「……まあな」


 確かに。遮る物のない上空からの風景というのは、妙に清々しいものがある。風は冷たいが不快ではない。視界は広く。空気は澄んでいる。

人間達が地面を這って暮らしている理由が少し不思議になる程度には快適だった。


私はふと眼下を見下ろした。


街道を、小さな馬車の列が進んでいる。更に遠くには、豆粒のような街。人々が蟻のように蠢いていた。私は思わず口元を歪める。


「ふふふ、そうだな」


 そして。


「見ろ、人がゴミのようだぞ」


 アウローラが一瞬きょとんとした。


「……ゴミ……?」


 彼女は困ったように視線を下へ向ける。しばらく考え込み、それから遠慮がちに言い直した。


「えっと……お人形のようですね?」


「……」


 訂正された。


 私は少しだけ不満だったが、アウローラの方が一般的な人間の感性なのだろう。もっとも私には、やはり人間達は小さく脆い生き物にしか見えなかった。


途中、アウローラの休息の為に何度か地上へ降りた。

流石に人間を長時間高速で飛行させ続けるのは負担が大きいらしい。


 休憩の度、アウローラは「空を飛ぶのは素敵ですが、胃がふわふわ致します……」とぐったりしていた。


 脆い。


 だが、日が落ちる頃には多少慣れてきたのか、最初ほど青い顔はしなくなっていた。


夕暮れ。空が赤紫へ染まり始めた頃、私は眼下に見えてきた街へ視線を向けた。


「今日はあそこで休むぞ」


 アウローラもほっとしたように息を吐く。


「はい……」


流石に夜通し飛行するのは避けた方が良いだろう。私は街の外れへ降下し、人目につかぬ林へ着地した。


翼を消し、歩いて街へ向かう。門前には数人の門兵が立っていた。

当然ながら、十歳程度の少年と貴族令嬢という組み合わせは多少目立つ。


 門兵の一人がこちらを見て首を傾げた。


「……ん? お前ら、こんな時間に子供だけで――」


私は軽く視線を合わせる。真紅の双眸へ、僅かに魔力を乗せた。


「問題ない」


「……ああ、問題ないな」


門兵の表情から疑念が消える。実に便利な力だ。


そのまま私は自然な流れで街へ入り、門兵から聞き出した“比較的安全な宿”へ向かった。


街は夕暮れ時という事もあり、人通りが多かった。

酒場から笑い声が漏れ、屋台からは肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。


アウローラは周囲を興味深そうに見回していた。こういう平民の街をまともに歩くのは初めてなのかもしれない。


門番から聞いていた宿へ到着する。中へ入ると、恰幅の良い女主人がこちらを見た。


「いらっしゃいませ」


 私は短く告げる。


「一泊だ」


「ありがとうございます。当宿は前払いとなりますので――」


 女主人はにこやかに笑った。


「一泊二名様で金貨一枚になります」


その瞬間。隣のアウローラが「?」という顔をした。

私は嫌な予感を覚え、ゆっくり視線を向ける。


「……ちょっと待て」


「はい?」


「まさかとは思うが、フェデーレから旅費は預かっていないのか?」


 アウローラはきょとんとした。


「りょひ、ですか?」


私は無言になった。失態である。

この娘は、馬車に馭者が必要な事すら知らなかった箱入り娘だ。

旅に必要な概念そのものが欠落している。


恐らく荷物の中身も、外套、着替え、毛布、お菓子

辺りなのだろう。

金銭という最重要物資が完全に抜け落ちていた。


私は小さく溜息を吐いた。


「……すまぬ、改める」


女主人へそう告げ、私はアウローラを連れて宿を出た。

外へ出た途端、アウローラがおずおずと尋ねてくる。


「泊まらないのですか?」


「アウローラ」


「はい」


「宿に泊まるには、金銭が必要なのだよ」


「……あ」


ようやく理解したらしい。顔がみるみる赤くなる。


「も、申し訳ございません……!」


「まあ良い」


私は周囲を見回した。


金はある。正確には、換金出来そうな物なら大量にある。

私は近くの商店へ入り、店主へ尋ねた。


「魔石を換金したいのだが、どこへ行けば良い?」


 店主は少し驚いた顔をした後、すぐに答えた。


「なら【商業ギルド】ですな」


「商業ギルド?」


「ええ。換金、取引、素材売買、全部あそこでやってます」


なるほど。便利な組織らしい。


私は礼だけ告げると、そのままアウローラを連れて【商業ギルド】へ向かった。


 ギルド内部は活気に満ちていた。商人。冒険者。

素材を運ぶ者達。様々な人間が行き交っている。


私は受付へ向かい、収納空間から適当に魔石を取り出した。


受付の男は最初こそ無関心そうだったが、机へ並べられた魔石の量を見た瞬間、顔色を変えた。


「……こ、これは全部お持ち込みで?」


「ああ」


査定には少々時間が掛かった。そして最終的に。


「金貨五十枚になります」


受付の男が差し出してきた革袋を、私は無造作に受け取った。

隣では、アウローラがぽかんとしている。


どうやら彼女の感覚でも、かなりの大金らしかった。

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