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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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第5話 手続き

葬儀が終わってから数日。

 ようやく城内も最低限の落ち着きを取り戻しつつあった。

 もっとも、“平穏”とは程遠い。

 廊下を歩けば、焼け焦げた木材の臭いが未だ鼻につく。

 城下も復興には程遠く、崩れた建物の撤去だけで人手が足りていない状態だった。

 人間の社会というものは脆弱だ。

 統治者が死ぬだけで、ここまで機能不全に陥る。

 執務机に肘をつきながら、私は静かに思考していた。


「領主一族に成人している者がいないのが不味いな」


 自然と独り言が漏れる。

 現在、生き残っているシシリオール家の直系は、娘とその弟のみ。

だが二人とも未成年だ。

 この状態では、周囲の貴族共が“後見”を名目に好き勝手介入してくる可能性が高い。


 人間は実に面倒な制度を作る。

 いや、弱い生物だからこそ群れと理屈で補強しているのか。


「後見人と称してつけ込まれる隙があるな」


 私がそう口にすると、向かいに立っていた娘が小さく反応した。


「……王都の叔父に後見人をお願いするのはいかがでしょうか?」


 私は視線を上げる。

 黒の喪服に身を包んだ少女は、まだどこか痛々しかった。

 だが、瞳の奥には以前より芯がある。

 壊れながらも立ち上がろうとしているのだろう。


「どういった人物だ」


「王都で王立図書館の司書をしております」


 司書。戦う者ではないな。私は黙って続きを促した。


「叔父は本に夢中な方ですので……こちらへ積極的に関わることは無いと思われます」


「ほう」


 悪くない。権力欲が薄く、現場への執着もない人間なら扱いやすい。

 無論、本当にそうである保証はないが。


「一度見てから考えるか」


 私は淡々と答えた。

 もし四の五のと煩わしいことを言うようなら、精神支配してしまえば済む話だ。


 ヴァンパイアとしての本能が告げている。

 私の【暗示】は、並の人間程度なら容易く捻じ曲げられると。

 人間社会の制度を利用するのは構わない。

 だが、それに振り回されるつもりもない。


「はい。それと……領主代替わりの正式な手続きもございますので、一度王都へ赴く必要があります」


「構わぬ。出立は明日で良いな」


「はい」


 娘は恭しく頭を下げた。

 そして、一瞬だけ躊躇うように視線を伏せる。


「あの……」


「何だ」


「貴方様のことを、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 私は僅かに沈黙した。

 そう言えば、まともに名乗ったことが無かったな。

 目覚めてから今まで、必要が無かった。

 誰かと対等な関係を築く気も無かったし、自分という存在に名前を必要としなかった。


 だが――。


 このまま名無しというわけにもいくまい。

 私は窓の外へ目を向ける。

 曇天の空。

 焼け跡の街。

 それでも生きようと蠢く人間達。

 しばし考え、静かに口を開いた。


「……リコフォスと呼ぶが良い」


 口にした瞬間、不思議とその名はしっくり馴染んだ。

 まるで、最初からそう名乗るべきだったかのように。

「リコフォス様……」


 娘がその名を小さく反芻する。

 まるで確かめるように。

 それから彼女は、静かにスカートの裾を摘み、深々と一礼した。


「では、わたくしの事はアウローラとお呼び下さい」

 そこで一度言葉を区切る。薄紫の瞳が、真っ直ぐこちらを見上げた。恐怖もある。畏れもある。

だが、それ以上に――覚悟があった。


「……御主人様」


 私は僅かに目を細めた。成る程。そういう形で己の立場を定めるか。

 賢い娘だ。

 庇護される側として、自ら首輪を差し出した。

 中途半端に対等を気取るより、余程生存率が高い。


「好きに呼べ」


 そう答えると、アウローラは小さく安堵したように微笑んだ。

 

 私は椅子の背にもたれながら、静かに思考を巡らせていた。


 王都。貴族。後見人。領地継承。


 人間社会というものは、実に面倒な手続きを好むらしい。

力だけでは成立せず、血筋や制度、印章や書類といった実に回りくどいもので世界を動かしている。


 だが、それ自体は別に構わない。

必要なら従う。利用価値があるなら利用する。それだけの話だ。


 問題は――。


「臭い匂いは元から絶たねばならんな」


 私は静かに呟いた。


 ガルファーレン。


 シシリオール領を裏から食い破ろうとした隣領の領主。奴はまだ生きている。

つまり、“問題”が継続しているということだ。


 今回の件が単なる野盗の襲撃ならまだ良かった。だが実態は違う。


貴族による侵略。領地簒奪。そして証拠隠滅。


つまり、奴は今後も同じ事を繰り返す。


 私の物になった領地に対しても。


「……放置する理由がないな」


 私は静かに立ち上がった。


 その瞬間、控えていたアウローラがこちらを見る。


「どちらへ?」


「少しゴミを捨ててくる」


「……え?」


 意味を理解できなかったらしい。


 私は構わず窓辺へ歩み寄る。夜の帳が、静かに世界を覆っていた。


 人間達にとっては恐怖の時間。だが、ヴァンパイアである私には最も馴染む時間だった。


「王都へ向かう前に片付けておく」


 窓を開け放つ。夜風が黒髪を揺らした。


「落とし前はつけて貰わねばな」


 背中の内側から、漆黒の翼がゆっくりと広がる。


 血と夜を溶かし込んだような、美しくも禍々しい翼。


 アウローラが息を呑む気配がした。


 私は振り返らない。ただ静かに夜空を見上げる。

視線の先。遥か彼方には、ガルファーレン領。

愚かな人間が、まだ自分の勝利を信じている場所。


 シシリオール家は滅んだ。


 そう思い込み、今頃は美酒でも飲んでいるのだろう。


 実に滑稽だ。


「では、行ってくる」


 次の瞬間。私は窓から夜空へと身を躍らせた。重力を振り切り、翼が大気を叩く。

爆ぜるような風圧と共に、私の身体は一瞬で城の遥か上空へ到達した。


 月が見える。巨大で白い。その光を浴びながら、私は静かに飛翔した。

人間達の灯火が遥か下方へ流れていく。


 森を越え。川を越え。闇の中を、私は音もなく飛行する。


 ガルファーレン領まで、そう時間はかからない。


 私の胸の内にあるのは怒りというより、処理に近い感覚だった。


 害虫駆除。腐肉の切除。あるいは、領地経営における障害排除。


 ただそれだけだ。もっとも。


 シシリオール領で見た光景を思い出すたび、胸の奥が僅かに不快に軋む。


 泣き叫ぶ女。吊るされた死体。焼け落ちる街。


 あれほど非効率で醜悪な支配は、見ているだけで気分が悪かった。


「……丁寧に扱えと言っただろうに」


 誰に向けるでもなく呟く。人間は脆い。脆いのだから、壊さぬよう扱うべきだ。

それすら理解できぬ愚物に、領主など務まらん。


 やがて。


 夜の地平の先に、ぼんやりと灯りが見え始めた。

石壁に囲まれた城。ガルファーレンの居城だ。


 私は高度を落としながら、静かに双眸を細めた。


 さて。まずは、どこから壊してやろうか。



 ガルファーレン領の城下へ辿り着いた私は、夜空を滑空しながら眼下を見下ろしていた。


 シシリオール領を襲った直後だというのに、この街は随分と呑気なものだった。


 酒場には灯りが漏れ、酔っ払い共が下卑た笑い声を上げている。

城壁の上では兵士達が気の抜けた様子で夜番をしていた。


 誰一人として、自らに報復が来るなど考えていない。


 愚かだ。略奪とは、奪われる覚悟を持つ者だけが行うべきものだ。


「……そうだ」


 私はふと思い出したように呟いた。


「先ずはゴミを返さねばな」


 私は上空で静かに停止する。


 そのまま意識を向けると、【収納術】の空間が開いた。


 次の瞬間。


 空中から大量の“肉塊”が降り注いだ。


 どちゃり。


 ぐしゃり。


 鈍く湿った音を立てながら、シシリオール領で始末した兵士達の死体が、次々とガルファーレン領のメインストリートへ叩きつけられていく。


 鎧の砕けた死体。首の曲がった死体。胴の陥没した死体。苦悶の表情のまま固まった死体。


 かなりの数があった。


 その結果、城壁から居城へ続く大通りには、醜悪極まりない肉のオブジェが延々と撒き散らされることとなった。


 夜の静寂を破り、悲鳴が上がる。


「ひっ……!?」


「な、なんだこれは!?」


「し、死体だぁぁぁっ!」


 私はそれを冷めた目で見下ろした。掃除もせず放置しておくと、害虫が湧く。


 だから返却した。実に合理的だ。


 私は騒ぎ始めた街を無視し、そのまま城へ向かって高度を下げる。


 ガルファーレン本人はどこにいるか。探すまでもない。

この距離なら、心音や呼吸、血流音まで鮮明に聞こえる。


 そして何より――。


 異様に濁った欲望の臭いが、一箇所から濃密に漂っていた。


「……あそこか」


 私は城の最上階へ視線を向ける。


 豪奢なバルコニー。深夜だというのに、室内は煌々と明るい。

私は静かに降下し、そのまま音もなくバルコニーへ降り立った。


 窓の向こうを見た瞬間。


 私は僅かに目を細めた。


 巨大なベッド。大量の酒瓶。肉と脂に塗れた肥え太った男。

そいつは汗を撒き散らしながら、せっせと腰を振っていた。


 まるで発情した家畜だ。


 そして。


 鎖に繋がれ、嬲られていた相手を見て、私は静かに吐き捨てる。


「……ゴミ虫の親玉は、やはりゴミ虫でしかないな」


 まだ育ちきってもいない少年だった。


 痩せ細った身体。涙で濡れた顔。抵抗する力すら残っていないのか、虚ろな目で天井を見つめている。


 胸糞悪い。


 私は窓を開け放ち、そのまま室内へ足を踏み入れた。


「ぁ……?」


 豚が間抜けな声を漏らす。


 突然現れた私に、理解が追いついていないらしい。


 私は答えない。無言のまま、肥え太った首を掴んだ。


「ぶごっ!?」


 そのままベッドから力任せに引きずり落とす。


 床へ叩きつけられた衝撃で、部屋中の酒瓶が派手な音を立てて割れた。


「がぁっ!? き、貴様ぁぁぁっ!!」


 怒鳴る豚を見下ろしながら、私は力加減を調整する。


 即死されては困る。まだ落とし前を払わせていないのだから。

私は床に転がる醜悪な肉塊を見下ろし、静かに笑った。


「さて。どこから壊されたい?」

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