↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/18

第4話 後始末


私は悲鳴を上げる女たちを尻目に、床に倒れ伏した母親の遺体を静かに収納した。

これ以上、彼女の尊厳が汚されるのを防ぐためだ。

呆然とする女たちを部屋に残し、私は扉の前に立つ。


「部屋に鍵を掛けて、閉じこもっているといい。もう誰もここへは来させない」


そう言い残して扉を閉めると、中から小さく鍵の締まる音が聞こえた。


さて、ここからは掃除の時間だ。


私の胸の奥で、冷徹な怒りが静かに燃え上がっていた。

何故そこまで怒りが湧くのか分からないが不快だった。

これほど凄惨な現場を作り出し、人間を、街を、ただ私欲のために蹂躙し尽くす。その理不尽の塊のような存在を、これ以上この世界にのさばらせておくのが許せなかった。


ただ物理的な圧倒の暴力をもって城内を駆け抜けた。


「な、なんだお前――」

「化け物――っ!」


通路で、階段で、中庭で、出くわす敵兵のすべてを片手で殴り飛ばし、払い除け、物理的に排除していった。

首の骨が砕ける音、鎧ごと肉体が陥没する音が城内に響き渡る。

仕留めた死体は、血痕ごと残さず虚空へと放り込み、現場の証拠を徹底的に消去していく。


城内を完全に静粛化した私は、そのまま城下へと躍り出た。


いまだ略奪と破壊の限りを尽くしていた敵兵どもを、一人残らずその圧倒的な身体能力で粉砕していく。

人間とは、魔物とは比較にならないほど脆い。夜の如き黒髪を揺らす私の姿は、彼らにとって文字通りの死神だったろう。


街のあちこちに散開していた敵兵も死体となり、すべて虚空へ放り込み終える頃には、悲鳴に包まれていたシシリオール領は、嘘のように静まり返っていた。


私は再び城へと戻り、最奥にある領主の寝室の扉を開けた。

そこには、主の寝室を我が物顔で使用し、若い娘を嬲り贅沢な酒を煽っていた敵の指揮官らしき男がいた。

男が私の姿に驚き、剣に手を伸ばすよりも早く、私はその首根っこを掴んで床へと叩きつけた。


「がはっ……!? お、お前は……!」


生かしておく価値はない。私は容赦なく男の首を捻り、絶命させた。

血を指先で掬い、流れ込んできた情報を解析した瞬間、私の真紅の双眸が一段と鋭く細められた。


「……なるほど。そういうことか」


シシリオール領を襲ったのは、正体不明の野盗などではなかった。

すべては、この地に隣接する隣の領主が仕組んだ計画的な侵略だったのだ。

隣の領主は、自らの兵を賊に仕立て上げ、シシリオール領が「たまたま運悪く賊に襲われた」と周囲に偽装して、この豊かな地を裏から乗っ取ろうとした。


「隣の領主、ガルファーレンか」


指揮官の記憶から引き出したその名を、私は口の中で小さく転がした。

臭い匂いは元から絶たねばならない。

いずれその男の首も物理的に排除する必要があるだろうが、先ずはあの姉弟を迎えに行かねば。


私は北棟の最奥へと戻り、閉じこもっている女たちの部屋の前に立った。

固く閉ざされた扉を軽くノックする。


「私だ。全て処理したので、出てきて大丈夫だ」


私の声に、部屋の中が一瞬だけ静まり返る。

やがて、恐る恐る鍵が外される音が響き、ゆっくりと扉が開いた。

隙間から覗く女たちの顔には、未だ怯えが張り付いていたが、城内に満ちていた騒がしい怒号や悲鳴が完全に消え去っていることに気づくと、一様に安堵の息を漏らした。


私は彼女たちを見据え、淡々と事実を付け加える。


「今から、保護した領主の姉弟を連れてくる。世話を頼む」


女たちの間に、驚きと微かな希望の光が走るのが分かった。


言うべきことだけを告げると、私は彼女たちの返事を待たずに身を翻した。


私は漆黒の翼を広げると、姉弟を眠らせてある林の茂みへと向かって、音もなく窓から飛び立った。


****

 

弔いの鐘が、重く低く街に響いていた。乾いた音だった。

涙を誘うにはあまりにも鈍く、しかし確実に、生者へ終わりを突きつける音だ。

窓辺に立つ私は、灰色の空を見上げながら、その響きを聞いていた。


焼けた街の臭いはまだ消えていない。


血も、煙も、死も。


十日経った今でも、この城には染みついている。


人間とは脆いものだ。


たった一度の敗戦で、家も、誇りも、血筋も、簡単に絶える。


視線を下ろす。

城の墓地では、小さな葬列が終わろうとしていた。

黒い喪服に包まれた姉弟が、最後まで気丈に立っている。

姉は唇を噛み締め、弟は何度も涙を拭っていた。


それでも逃げなかった。泣き崩れもしなかった。


 ……立派なものだ。普通の子供なら、とっくに壊れている。


葬儀が終わると皆引き上げて行った。





翌日。


「皆、お揃いにございます」


 背後から老いた声がした。


 振り返る。


 執務室の扉が開き、老執事が静かに頭を下げていた。


「ああ」


 短く答え、私は窓辺を離れる。


 かつて領主が使っていた執務室は、ようやく人が住める程度には片付いていた。

血痕は消した。死体も運ばせた。割れた窓も塞いだ。

だが、壁に刻まれた剣痕だけは残してある。


 室内には六人がいた。


 姉弟。老執事。メイド長。右足を失った従僕。そして、メイド長の娘。


誰もが疲弊していた。

目の下には隈があり、喪服は煤け、空腹と睡眠不足を隠せていない。


それでもここへ来た。逃げずに。


 ……なるほど。最低限の骨はあるらしい。


私は執務机の前に腰を下ろした。この椅子には以前の領主が座っていたのだろう。

肘掛けには細かな傷が残っている。癖なのか、悩むたびに爪で削っていたようだ。


人間らしい痕跡だ。


「さて」


 静まり返った室内に、私の声だけが落ちる。


「葬儀は終わった」


 誰も口を開かない。


姉だけが真っ直ぐこちらを見ていた。恐怖を押し殺している目だ。

気丈だが、限界も近い。


「確認するが」


 私は六人を見渡した。


「この城に残る者は、お前達だけで間違いないな?」


 老執事が一歩前へ出る。


「……はい」


「兵は?」


「離散しました。街を捨て逃げた者も多く」


「役人は」


「大半が死亡、あるいは行方を眩ませております」


「商人は」


「領外へ避難を始めています」


 当然だ。


 領主家は壊滅。軍は崩壊。街は半焼。残る理由がない。

むしろ、まだ完全に見捨てられていないだけ奇跡だった。


 私は椅子に深く腰掛けたまま、指先で机を軽く叩く。


「つまり」


 静かに告げる。


「この領地は、ほぼ滅んだ」


 空気が凍った。


 弟が小さく息を呑む。


 メイド長の娘は俯き、従僕は義足もない足を無意識に押さえていた。


 だが私は続ける。


「だが、滅んだなら作り直せばいい」


 その瞬間。


 全員の視線が私へ集まった。


 困惑。驚愕。そして、理解できないという顔。


「食料は?」


 私が問う。


 メイド長が答えた。


「倉庫に残る分だけなら……城の者だけで三ヶ月ほどです」


「街へ配れば?」


「一ヶ月も持ちません」


「井戸は」


「無事です」


「畑は」


「焼かれていない区域があります」


「なら十分だ」


 私は即答した。


「人間は、食えて眠れれば簡単には死なん」


 沈黙。


 老執事が恐る恐る尋ねる。


「あの・・・」


「何だ」


「本当に、この領地をお救いになるおつもりで?」


 その問いに、私は少しだけ考えた。


 救う。


 その表現は正しくない。私は善人ではない。

 慈悲深くもない。


 だが――。


 あの娘は言ったのだ。


『何でもします。だから、どうか……』


 震える声で。


 家族も、家も、誇りも失いながら、それでも弟を守ろうとして。


 だから私は、この領地を貰った。


 焼け落ち、腐り、奪われるだけの土地。


 ならば私が拾ってやればいい。


 私が貰い、私のものにする。


 そこに何の問題がある。


「勘違いするな」


 私は淡々と言った。


「お前達は家畜で、私の食料だ」


 六人が息を呑む。


 空気が凍り付く。


 弟の肩がびくりと震え、メイド長の娘は青ざめた。


 老執事も言葉を失っている。


 当然だ。


 彼らは今、自分達を救った存在が、人ならざる怪物である事を改めて理解したのだから。


 だが私は構わず続けた。


「ならば管理する」


 静かな声だった。


 脅しではない。宣言だ。


 窓の外では、まだ弔いの鐘が鳴っていた。

まるで滅びの終わりを告げるように。


 あるいは。


 新しい支配者の始まりを告げるように。


 沈黙が落ちる。誰も何も言えない。


 そんな中、姉だけが私を見ていた。恐怖を抱えながら。それでも視線を逸らさず。


 ……気丈なものだ。


 私は椅子の肘掛けに頬杖をついた。


「安心しろ。私は私の食事の味には少々うるさい」


「……え」


 思わず、といった風に弟が声を漏らした。


 私は気にせず続ける。


「痩せ衰え、怯え、絶望した血は不味い」


 事実だ。


 濁るのだ。恐怖と飢餓に侵された血は、鉄臭く、苦い。

喉を潤しはするが、満足感が薄い。


 対して。健やかな肉体。安定した生活。満たされた精神。

それらが育む血は、驚くほど芳醇になる。


 温かく、深く、甘い。まるで熟成された葡萄酒のように。


「芳醇な血は、健康な肉体と健やかな精神が醸し出す」


 誰も声を出さない。ただ、聞いている。


「ならば私は、私の家畜を健やかに育てる義務がある」


 淡々と。


 当然の理屈として私は告げた。


「飢えは許さん。病も蔓延させん。無意味な暴力も禁じる」


 私は指先で机を軽く叩く。


「働ける者には働かせる。働けぬ者には理由を与える。子供は育てる。冬を越せるよう備蓄もする」


 そこで一度言葉を切った。


「死なれては困るからな」


 メイド長の娘が、ごくりと喉を鳴らした。


 怯えている。当然だ。だが同時に、困惑もしていた。理解できないのだろう。

怪物が。人を食らう存在が。何故、人間の生活を守ろうとするのか。


 私は小さく鼻で笑った。


「お前達人間は、搾取というものを理解していない」


 前領主も。侵略した兵も。愚かだった。


「殺せば終わりだ。飢えさせれば逃げる。追い詰めれば反乱を起こす」


 非効率極まりない。


「長く使うなら、丁寧に扱え」


 その方が利益になる。ただ、それだけの話だ。


 しばらくの沈黙の後。


 老執事が、震える声で問うた。


「……我らは、本当に生き延びられるのでしょうか」


 私は即答した。


「ああ」


 そして静かに笑う。


「私が飢えるまではな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。