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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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3/18

第3話 襲われていた姉弟


「あの、馬車に着替えがありますので、着替えて来てもよろしいでしょうか……?」


衣服を切り裂かれてしまった娘が、怯えと恥じらいの混ざった様子でおずおずと尋ねてきた。


「構わん」


私がそう短く答えると、娘はホッとしたように頭を下げ、馬車の中と急いで身を隠した。


それから間もなく、彼女は手早く着替えを済ませて馬車から出てきた。

その手には、自分たちのものではない、もう一着の小さな衣服が抱えられている。


娘は私の前に進み出ると、膝をついてその衣服を恭しく差し出した。


「あの……これは弟の着替えですが、もしよろしかったらお使いください」


差し出された布切れを見つめ、私は小さく首を傾げた。

なぜ彼女が私に衣服を差し出すのか。その意図を測りかね、ふと自身の身体へ視線を落とした。


――そう言えば、私は今衣服を一切身に纏っていなかったな

泉の畔で目覚めてから今まで、全く違和感がなかった。肌を撫でる風が心地よいとすら思っていた。


私は娘が差し出してきた幼な子の衣服を一瞥した。

サイズとしては10歳ほどの私の肉体に合いそうだが、人間の衣服をそのまま借りる必要性はない。


ヴァンパイアとしての本能が、この肉体の「正しい扱い方」を私に教えてくれた。


私は地面に広がるゴミ虫どもの血に意識を向けた。

次の瞬間、私の意思に呼応するように赤黒い液体が生き物のように跳ね上がり、私の細い肢体を包み込んでいく。


娘が「ひっ……!」と短く悲鳴を上げた。


血の膜は瞬時に構造を変え、私のイメージ通りに繊維を織り成していく。


一瞬ののち、私の身体には、上質な黒を基調とした仕立ての良い衣服が寸分の狂いもなく纏わされていた。

元が鮮血だったなどとは誰も気づくまい。触れても手は汚れず、ごく普通の、むしろ貴族の仕立て服のように気品ある衣服にしか見えなかった。


「……これで良い」


衣服を整え、私は満足のいく仕上がりに小さく頷いた。


「お前達は【シシリオール家】の者か?」


私の問いかけに、姉妹は弾かれたように目を見開いた。

これは今しがた、ゴミ虫共の血の記憶から得たばかりの情報だ。この先で激しく燃え盛っている街を統べる、領主の家柄である。


娘は驚きに小さく肩を震わせながらも、隠す意味はないと悟ったのか、悲痛な面持ちで俯いた。


「……はい。領地が何者かに襲撃され、私と弟は王都の叔父の元に逃げるようにと父が……」


「そうか。しかし、その有様では王都とやらに無事行けるのか?」


私は馬車と、冷たくなっている護衛たちの死体へ視線を走らせた。


馬車を引いていた馬は逃げ、護衛も全滅。残されたのは年若い娘と幼な子だけ。これで王都まで安全に移動できる確率など、客観的に見てゼロに等しい。


「……あのッ! 大変厚かましいのは百も承知ですが……両親と兄が、まだ街で戦っているのです! どうか、どうか、お助け下さい!」


娘は衣服の汚れも厭わず、地面に額を擦り付けるようにして私に土下座してきた。


涙ながらに発せられた、必死の懇願。

ただの子供であれば感情に流されるか、あるいは吸血鬼の本能だけであれば無価値な人間の願いなど切り捨てていただろう。


「私が何故お前達の願いを聞かねばならぬ?」


私の冷徹な問いかけに、地面に額を擦り付けた娘の身体がびくりと跳ね上がった。


娘は涙で濡れた顔を上げ、絶望に震える声で必死に言葉を紡いだ。


「御、御座いません……! 対価など、何も持たぬ私には貴方様のお慈悲に縋るしかないのです。ですが……私に出来る事なら、この命を含めて本当に何でも致します! だから、何卒、何卒お助け下さいませ……!」


「……何でもか」


私はしばし思案した。


「よかろう。そこまで言うのなら、様子を見てきてやろう。お前達はその辺に隠れて――」


言いかけて、ここに残して行くのは不味いと考える。

この場には、あまりにも多くの血が流れ過ぎていた。

この濃厚な血の匂いに釣られて、森の奥から獰猛な魔物たちが引き寄せられてきているのを察知した。


「大人しくしていろ」


私は馬車と、地面に横たわる護衛たちの遺体を一瞬にして虚空の空間へと格納していく。


驚愕に目を丸くする姉弟が声を上げるより早く、私は10歳の小さな両腕で、娘と幼な子の身体をそれぞれ左右の脇へと軽々と抱え上げた。


「ひゃっ……!?」


「うあ……っ」


二人の柔らかな肉体をがっちりとホールドした瞬間、背中から漆黒の皮膜の翼を力強く羽ばたかせる。

一気に重力を振り切り、私たちは音もなく上空へと飛び上がった。

風を切り、黒煙を上げるシシリオール領の街へと向かって加速する。


両脇の姉弟は、生まれて初めて体験するであろう空中移動と、私の人間離れした膂力に言葉を失い、ただ必死に私の身体にしがみついていた。



シシリオールの城壁まで来ると、そこに何かがぶら下がっているのが見えた。

その瞬間、私の左脇に抱えられていた娘の身体が、これ以上ないほどに強張った。


「うそ……! いやああっ! お父様! お兄様……っ!」


娘が半狂乱になって叫び声を上げる。


私は城壁にロープで吊るされた二つの肉体の状態を捉えていた。

すでに事切れている。その衣服の紋章からして、娘の父である領主と、その兄であることは明白だった。

このまま半狂乱になる娘を抱えた状態で、敵のひしめく場を移動するわけにはいかない。著しく機動性が落ちる。

私はすぐさま進路を変え、街の近くにある薄暗い林の中へと音もなく滑り降りた。


地面に着地すると同時に、私は暴れる娘の顔を覗き込み、その真紅の双眸を妖しく光らせた。


ヴァンパイアの本能が教えてくれた精神干渉――【暗示】の力だ。


「……落ち着け。まずは眠り、脳の疲労を回復させるんだ」


魔力を乗せて囁く。子供の声でもちゃんと【暗示】は効くようだ。


娘の瞳から瞬時に光が消え、必死にしがみついていた幼な子共々、糸が切れたように私の腕の中で深い眠りへと落ちていった。


二人の安全を確保するため、私は近くの身を隠せる茂みへ優しく横たえた。


それから、まずは城壁へ戻り、吊るされていた父親と兄の遺体を手際よく亜空間へと格納した。後で彼女たちに返すためだ。


「さて、残る母親というのを探しにいくか」


私は彼女を確保するべく、正面から堂々と城内へと足を踏み入れた。


ヴァンパイアの特性として、私の肉体は蝙蝠にも霧にも変化できる感覚があったが、あえてそのままの10歳ほどの少年の姿で移動することを選んだ。


「おい、なんだあのガキは――」


「死ねっ!」


通路の向こうから現れた戦支度の男たちが私に武器を向ける。

だが、彼らが言葉を紡ぎ終える前に、私の小さな手がその喉を、胸を、容赦なく正確に破壊していった。


「がはっ……!」


声すら上げさせず、私は会敵した者を淡々と始末し、その肉体をすぐさま【収納術】の空間へと放り込んでいく。現場に死体を残さない完全な隠密移動だ。

そして、倒した男たちの中から、時折まだ温かい血を指先で採取しては、ペロリと舌で舐めとって情報を抜き取っていった。

脳内に濁流のように流れ込む男たちの記憶。それをパズルのように組み合わせ、私は城内の構造と人員の配置を完全に把握していった。


「……見つけた。北棟の最奥か」


血の記憶が教えてくれた。

現在、このシシリオール家の母親と、城内の女たちが一室にまとめて閉じ込められている。

私は人間たちが蠢く城の深部へと、音もなく歩みを速めた。


北棟の最奥、目的の一室の前に辿り着く。

扉の向こうから、女たちの悲痛な泣き声と、男たちの下卑た笑い声が漏れ聞こえていた。


私が静かに扉を開け放つと、そこにはヴァンパイアである私でさえ、胸糞悪くなるような光景と行為が広がっていた。

衣服を引きちぎられた女たちが床に組み伏せられ、男たちに陵辱されている。


「あ? なんだ、そのガキは――」


一人の男が私に気づき、不機嫌そうに声を上げた。

私は何も答えず、ただ静かに一歩を踏み出した。

次の瞬間、部屋の中を漆黒の残影が駆け抜ける。


「がはっ……!」

「ぶふっ……!?」


理性を消し飛ばすほどの不快感が、私の肉体を最高速度で駆動させていた。

男たちの首を、胸を、容赦なく片手で叩き潰していく。

鎧ごと肉体を陥没させ、あるいは首の骨をへし折り、部屋にいた男共をすべて、一瞬のうちに始末した。

床に転がった男たちの死体を無造作に虚空へと放り込み、部屋の凄惨な汚れを消し去る。


私は服の乱れを静かに整えると、恐怖と絶望にガタガタと震え、部屋の隅で身を寄せ合う女たちに向き直った。


「解放しに来た」


私は事実だけを告げた。


私の言葉を聞いた女たちは、張り詰めていた糸が切れたように、その場で次々と泣き崩れた。地獄から救い出された安堵の涙だった。


しかし、部屋のさらに奥、シシリオールの紋章が刻まれた引き裂かれたドレスを纏う、母親らしき女だけは違った。

その瞳には、すでに生への執着が微塵も残っていなかった。


「……遅すぎたのよ。もう、手遅れなの」


女は、私という救い手の手をとることを拒絶した。

そして、私の静止が間に合わないほどの躊躇なき動きで、床に転がっていた男たちの剣を拾い上げると、自らの喉元を深く突き刺した。


鮮血が激しく舞い散る。


自らの誇りを汚され、絶望の果てに自害を選んだ母親が、床へとゆっくり崩れ落ちていった。



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