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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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第14話 シャドウウルフ

「あのッ!」


 厨房の勝手口から外へ出たところで、ヴィヴァーチェが声を上げた。


 松葉杖を握る手に力が入っている。


「俺、私は……こんななので、先に行っていただいていいですか」


 片脚では夜道を急ぐのも難しい。


 まして墓地は城外れだ。


「わかった。後から来い」


「はい!」


 私は短く答え、そのまま足早に闇へ踏み出した。


 夕暮れは既に終わり、空には濃い夜が落ち始めている。


 ……その時だった。


「!?」


 鼻を掠めた臭いに、私は眉を顰めた。


 獣臭。しかも一匹ではない。


 湿った毛皮。土と血の臭い。腹を空かせた肉食獣の臭気。


 私は即座に速度を上げた。


 墓地には最近、大勢の遺体を弔っている。崩れた城壁から臭いを嗅ぎ付け、獣が入り込んだのだろう。


 木々の間を抜け、石畳を蹴る。そして墓地へ辿り着いた瞬間、私は舌打ちした。


「チッ」


 いた。


 シャドウウルフ。


 夜に紛れる黒灰色の毛並み。赤く光る獣眼。普通の狼より一回り大きい体躯。


 五……いや七匹か。


 墓石の間を低く唸りながら徘徊している。既に幾つかの墓は掘り返されていた。


 その中央。


 崩れかけた墓壁際へ追い込まれている小さな影を見つける。


 チェーロだ。


 幼い少年は花束を抱えたまま震えていた。


 逃げ遅れたのだろう。


 その前では、一匹のシャドウウルフが牙を剥き、低く身を沈めている。


 今まさに飛び掛かろうとしていた。


 間に合わない。


 咄嗟に私はチェーロとシャドウウルフの間へ身体を滑り込ませた。


 ガブリ――と鈍い音。


 獣の牙が私の腕へ食い込み、そのまま噛み千切る。


 腕が宙を舞った。


 チェーロの悲鳴が響く。


「!!」


 だが私は眉一つ動かさない。


 飛んでいった腕を一瞥し、ゆっくりと狼達を見渡した。


「『このクソ犬。誰の獲物に手を出している』」


 声に乗せた覇気が墓地全体へ叩き付けられる。


 見えぬ圧が空気を震わせた。


 次の瞬間、シャドウウルフ達の身体が一斉に地面へ押し潰された。


 ぐしゃり、と湿った音。


 石畳がひび割れ、墓標が軋む。


 先程私の腕を噛み千切った個体など、顎を地面へ叩き付けられたまま泡を吹いていた。


 獣達の赤い瞳が恐怖に染まる。


 理解したのだ。


 自分達が牙を向けた相手が、捕食者の頂点である事を。


 私は血を滴らせながら、ゆっくりと肩口を見た。


 肉が蠢き、黒い血が糸を引く。


 骨が伸びる。


 筋肉が絡み合う。


 皮膚が覆う。


 再生。


 ヴァンパイアたる私にとって、この程度は致命傷ですらない。


 チェーロが呆然と私を見上げていた。


「……う、腕……」


「騒ぐな。すぐ治る」


 私は口角を吊り上げた。


「さて、躾の時間だ。この駄犬共」


 私は最も大きな個体の頭を掴み、そのまま石畳へ叩き付けた。


 鈍い音と共に地面が砕ける。


 狼が絶叫した。


「群れで子供を襲うとは、随分と躾のなっていない犬だな」


 私はその前脚を踏み抜いた。


 骨が砕け、肉が潰れる。


「ギャウッ!!」


「よく見ておけ。群れの失態は群れ全体の責任だ」


 私は牙を掴み、一本ずつへし折った。


 ゴキリ。


 ゴキリ。


 牙が折れる度に狼が痙攣する。


 他の個体は怯え切った目でそれを見ていた。


「キャンッ……!」


「静かにしろ」


 再び覇気を叩き付ける。


 狼達は地面へ腹を擦り付けた。


 恐怖。


 本能的な格の差。


 シャドウウルフ達は既に理解していた。


 目の前にいるのは“狩れる存在”ではない。


 自分達を捕食する側だと。


 私は転がった自分の腕を一瞥した。


 断面から滴る血が宙へ浮かび上がる。


 赤黒い血液は幾つもの球体となり、夜気の中で妖しく脈動した。


 濃密な魔力。


 それを感じた瞬間、シャドウウルフ達の目の色が変わる。


 飢え。


 渇望。


 本能が理解しているのだ。


 あの血は“力”だと。


 私はゆっくりと狼達を見回した。


「駄犬共、お前達が私の【眷属】となり、シシリオールの犬となるなら――」


 血球が脈打つ。


「この力の元となる血をやろう」


 その瞬間だった。


 シャドウウルフ達が一斉に飛び付いた。


 我先に。


 奪い合うように。


 血球へ牙を向ける。


 血を舐め取った狼達の身体がビクリと震えた。


 黒い毛並みが逆立ち、赤い瞳が妖しく輝く。


 魔力が全身を巡っているのだろう。


 だが次の瞬間。


 全頭が一斉に地面へ転がった。


 腹を晒し、喉を開き、四肢を縮める。


 完全な服従。


 群れの王が誰なのかを理解した姿勢だった。


「くくっ……賢いではないか」


 私は再生した腕を握り開きしながら笑った。


「この領の者に牙を向ける事は許さぬ」


 低く、静かに命じる。


 シャドウウルフ達は頭を垂れた。


 従属の証。


 その時、墓地の入口からガシャ、ガシャ、と松葉杖の音が響いた。


「チェーロ様ーっ!」


 ヴィヴァーチェだ。


 だが彼は墓地へ踏み込んだ瞬間、凍り付いた。


 墓地へ伏せるシャドウウルフの群れ。


 その中心で血塗れの私。


 そして目を輝かせるチェーロ。


「……え?」


 理解が追いついていない顔だった。


 そんなヴィヴァーチェへ、チェーロが興奮した様子で駆け寄る。


「すごいんだよヴィヴァーチェ! リコフォス様がね、わんちゃん達をお利口さんにしたの!」


「わんちゃん……?」


 ヴィヴァーチェが恐る恐るシャドウウルフを見る。


 シャドウウルフ達は何とも言えぬ顔で鼻を鳴らした。


 ……うむ。


 流石に“わんちゃん”は不本意だったらしい。



 翌朝。


 中庭へ出たフェデーレは、そこで足を止めた。


「…………」


 無理もない。


 朝靄の中、七匹のシャドウウルフが整然と並んでいたのだから。


 黒灰色の毛並み。


 赤く光る獣眼。


 普通の狼より遥かに大きい体躯。


 しかもその全てが、静かにこちらを見据えている。


 普通の人間なら卒倒してもおかしくない光景だ。


 だがフェデーレは流石というべきか、僅かに目を見開いただけで持ち直した。


「……御館様。これは」


「フェデーレ、私は食料の買い付けに行ってくるが、護衛はこれを用意したから心配するな」


 私は七匹のシャドウウルフを示した。


 昨夜私の血を取り込んだ影響か、連中の魔力は僅かに変質している。


 特に面白いのが【影潜り】だ。


 影から影へ移動する、夜の魔獣らしい能力。


 夜間警備や護衛には丁度良い。


 試しに一匹へ顎をしゃくってみせる。


「やれ」


 その瞬間、狼の身体が音もなく地面の影へ沈んだ。


 次の瞬間にはフェデーレの背後の影からぬるりと現れる。


「……ッ」


 流石の老執事も僅かに肩を震わせた。


 シャドウウルフは何事もなかったように元の位置へ戻る。


「便利だろう?」


「便利……で済ませて良いものなのか少々悩みますな」


 フェデーレが遠い目をした。


 私は肩を竦める。


「慣れろ。今後こういうのは増えるかもしれん」


「増えるのですか……」


 老執事が頭痛を堪えるように額を押さえた。


 私はシャドウウルフ達へ視線を向けた。


「私が不在の時にはフェデーレの指示に従え」


 七匹が低く唸る。


 了承の声だ。


「アウローラとチェーロには必ず側で護衛をしろ」


 ピクリ、と狼達の耳が動いた。


「その他は領内の不審者、魔物を警戒しろ。いいな」


 シャドウウルフ達は一斉に頭を垂れた。


 するとそのうち二匹が音もなく影へ沈み、次の瞬間には城の屋根の上へ現れる。


 なるほど。


 既に警戒行動を始めたらしい。


「賢いではないか」


 私が満足気に頷くと、狼達はどこか誇らしげに胸を張った。


 ……犬だな、これは。


 その時だった。


「リコフォス様ー!」


 ぱたぱたとこちらへ駆けて来る足音。


 チェーロだ。


 そして彼はシャドウウルフ達を見るなり目を輝かせた。


「あ! 昨夜のわんちゃん達だ!」


 わんちゃん。


 その瞬間、シャドウウルフ達の耳がぺたりと伏せられた。


 何とも言えぬ微妙そうな顔をしている。


 どうやら不本意らしい。


「……チェーロ。流石にわんちゃんは嫌らしいぞ」


「? でもお利口さんだよ?」


 チェーロが首を傾げる。


 すると一匹がすり、と彼へ鼻先を寄せた。


チェーロは嬉しそうに頭を撫でる。


 シャドウウルフの方も満更ではなさそうに目を細めていた。


「…………」


 私は空を見上げた。何だろうなこれは、昨夜まで墓荒らしをしていた魔獣とは思えん。


 


受け取った食料のリストの中身は、小麦、干し肉、塩、豆、保存野菜。

加えて冬用の薪や油まで書き込まれている。


流石はマテルニタだ。必要な物を理解している。


「ふむ……」


量はかなり多い。城の人間だけではない。城下の炊き出しも視野に入れているのだろう。


飢えた民は簡単に死ぬ。そして同時に、簡単に絶望し、荒れる。

領地を立て直すなら、まず腹を満たさねばならん。


私は書面を畳み、懐へしまった。


 その時、廊下を慌ただしく走る足音が聞こえた。


「御館様!」


 マテルニタだ。少々疲れた顔をしている。


「どうした」


「アウローラお嬢様が……やはり熱を」


「ふむ」


 私は特に驚かなかった。むしろ当然だ。ここ数日、この娘には無理をさせ過ぎた。

慣れぬ長旅。寒空での飛行。精神的疲労。加えて元々、栄養状態も万全ではない。熱の一つも出る。


「アウローラはやはり熱を出したか」


「はい。今はお部屋でお休みになっています が『 御主人様のお役に立てない』と」


 私は軽くため息を吐いた。まったく。


 「……阿呆が」


 大人しく寝ていろと言っただろうに。


「大人しく寝ているよう言い聞かせろよ。では行ってくる」


 私はそう言って中庭へ出た。七匹のシャドウウルフ達が待機している。

そのうち二匹は屋根の上。一匹は木陰。他は周囲の影に半身を沈めてしっかり警戒をしているらしい。


「留守を任せるぞ」


 低い唸り声が返る。


 私は背へ魔力を巡らせた。


 黒い翼が広がる。


 風が巻き起こり、中庭の落ち葉が舞った。


 その時だった。


 二階の窓がそろりと開く。


「……御主人様」


 顔を出したのは、案の定アウローラだった。夜着のままこちらを見ている。


 顔は赤い。どう見ても病人だ。


「何をしている」


「お、お見送りを……」


「寝ていろ馬鹿者」


 即座に言い捨てる。


 アウローラはしゅん、と肩を落とした。


 「……はい。お気をつけて」


 全く。私は呆れながら翼を羽ばたかせた。城が遠ざかる。


 上空へ上がりながら最後に振り返ると、窓辺のアウローラがまだこちらを見上げていた。


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