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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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13/23

第13話 冬に向けて


「畑はどうなっている?」


 私が問うと、フェデーレは手元の資料を確認しながら答えた。


「通常通りですと、今の時期は土地を休ませております。来春に備える為、何も植えておりません」


「ならばそこに蕪と蕎麦、馬鈴薯を植えさせろ」


 フェデーレが目を瞬かせた。


「……蕪と蕎麦に馬鈴薯、ですか?」


「そうだ」


 私は机上の地図へ指を走らせる。


「蕪は育ちが早い。蕎麦は痩せた土地でも育つ。そして馬鈴薯は収穫量が多い」


これはストランボの血から得た知識だ。


「これらは冬へ向かう今からでも、まだ収穫が見込める作物だ。この領は豊穣祭を開く程度には土地が肥えているのであろう?」


「……はい。それは間違いなく」


「ならば、この冬さえ乗り切ればどうとでもなる」


 フェデーレは驚いたように私を見た。


「そのような知識をどこで……」


「王都のストランボの血から仕入れた」


鬱陶しい男だが、知識だけは本当に豊富だ。


「急げ。冬は待ってくれん」


フェデーレは暫し考え込むように黙った後、深々と頭を下げた。


「直ぐに手配致します」


老執事は慌ただしく執務室を出て行った。


 扉が閉まる。


 静かになった室内で、私は窓の外を見た。


 壊されかけた領地だが、まだ終わってはいない。


 私は椅子へ深く腰掛け、小さく息を吐いた。


「……全く」


人間の領地経営など面倒極まりない。しかし、面倒だからと放置する訳にもいかない。


このまま領地が痩せ細れば、民も死ぬ。 民が死ねば土地も死ぬ。 そして土地が死ねば、私の【糧】もまた失われる。


豊かで、安定し、安心して眠れる土地。人はそういう場所でこそ良い血を育む。

飢えと恐怖に満ちた血など不味いだけだ。


「……何事も初期投資と初動が大事か」


呟きながら机に肘をつく。今はまだ赤字でも構わん。 この領地を立て直せば、後々大きく返って来る。

長命種の強みとは、こういう部分にあるのだろうな。


「あとは城の食料だな。どこか他領で調達してくるか」


城下の備蓄だけではない。城そのものの食料も不足している。

残された人員は少ないとはいえ、何人もの口を養わねばならぬのだ。


私は頭の中で周辺領地の位置関係を整理した。


フェデーレとアウローラの血から、この周辺の情勢はある程度把握している。

加えて、この国全体の版図や主要街道、領地の特徴などはストランボの血から知識を得ていた。


あの男、本当に頭の中が書庫だな。放っておけば延々と喋るだけはある。


「南西の穀倉地帯なら多少高くとも買えるか……いや、冬前だから足元を見られるな」


人間という生き物は、こういう時に実に醜い。だが同時に商機にも敏い。

こちらが困っていると知れば値を吊り上げて来るだろう。


 さてどうしたものか。


「……食料が何が必要かは、メイド長に聞かねばならぬな」


 保存性。 必要量。 調理法。 冬越しに適した配分。


そういう実務は、実際に厨房を預かる者の方が詳しい。

私は椅子から立ち上がった。執務室ばかりに居ると気が滅入る。

少し城内を歩くとするか。


メイド長マテルニタは、折しも調理場にいた。


煮込みの香り。 薪の爆ぜる音。 忙しなく動く使用人。

この城が辛うじて機能しているのは、この場所のお陰かもしれんな。


マテルニタは私に気付くと直ぐに一礼した。


「お帰りなさいませ」


「メイド長、城の食料を買い付けに出る」


私がそう告げると、彼女の表情が僅かに引き締まる。


「何が如何程必要なのか書き出してくれ。ひと冬越せる量だ」


「かしこまりました」


マテルニタは即座に頷いた。流石に話が早い。

アウローラのように「旅費とは何でしょうか?」などとは言わぬ。


 ……いや、あれは本当に酷かったな。


 マテルニタは棚から帳面を取り出しかけ――ふと動きを止めた。


「あの、貴方様の事は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 そういえば、まともに名乗っていなかったか。


「何とでも。好きに呼べばいい」


私が適当に答えると、マテルニタは少し考え込んだ。

厨房の火が彼女の横顔を照らす。やがて彼女は静かに口を開いた。


「では今後は【御館様】とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「構わん」


 短く答える。


 するとマテルニタは安心したように微笑み、一礼した。


「承知いたしました、御館様」


 ……なるほどな。


 人が私を呼ぶ名称で、大体その者が私との関係をどうしたいのか見えてくる。


 アウローラは【御主人様】。


 あれは依存と敬慕。


 フェデーレは特定の呼称を避けつつ、主筋として扱っている。


 ストランボは面白半分だ。


 そしてマテルニタの【御館様】は――。


領主では無いが、この城の主としてきちんと立てる意思表示か。


成程、よく周囲を見ている女だ。


「それとアウローラだが、かなり無理をさせた」


 私がそう言うと、帳面へ書き込みを始めていたマテルニタが顔を上げた。


「今夜辺り熱を出すだろう。見てやるといい」


「お嬢様が……?」


「慣れぬ旅に長時間の飛行だ。身体が悲鳴を上げている」


今は気力で立っているだけだ。張り詰めていたものが緩めば、一気に熱となって出る。


マテルニタは心配そうに眉を寄せた。


「直ぐに湯と氷を用意させます」


「頼む」


彼女は一礼した後、何かを言いかけて止まった。聞くべきか迷っている顔だ。


「何だ」


 促すと、マテルニタは少し躊躇いながら口を開いた。


「……御館様は、何故そこまでしてくださるのですか?」


「そこまで?」


「何の縁もゆかりも無いシシリオールの為に、です」


 静かな問いだった。責めるでもなく、探るでもなく。 純粋な疑問。


 私は少し考え、肩を竦めた。


「不思議か?」


「はい」


 マテルニタは真っ直ぐ私を見る。


「私共を【家畜】と仰っている割には、些か手を掛け過ぎのようにも思えます」


「……ふむ」


確かにそう見えるか。私は厨房の壁へ寄り掛かった。


「そうさな」


 薪の火がぱちりと鳴る。


「異形が――私のような、人の血を糧とする生き物が、人に紛れて生きていくには少々難儀でな」


 私は淡々と続けた。


「隠れ家、食料。表向きの立場。人間社会との繋がり。そういう物が必要になる」


力だけでは長く生きられない。

化け物は、人間社会から完全に外れた瞬間に討伐対象になる。


「それに」


 私は少し視線を伏せた。


「私はついこの間、自我を持ったばかりだ。寄る辺というものが無くてな」


記憶も曖昧。 常識も欠落。ただ腹が減り、血を求める本能だけがあった。


そんな私に最初に手を差し出したのがアウローラだった。


「だからアウローラが恩を感じるよう仕向けて、安穏な暮らしを手に入れようとしているだけだ」


割と本音だった。人間らしい情愛で動いている訳ではない。


打算もある。利益もある。だが完全な虚偽でもない。


マテルニタは黙って私の話を聞いていた。やがて彼女は、小さく息を吐いて言った。


「……御館様は、正直なお方なのですね」


「そうか?」


「普通はもっと、綺麗な言葉で誤魔化します」


「面倒だろう」


そう返すと、マテルニタは僅かに笑った。その笑みは、以前より幾分柔らかかった。


 「御館様、こちらがひと冬分の食料のリストです。よろしくお願いします」


 マテルニタは実に手早かった。


 穀物。  塩漬け肉。  干し魚。  豆類。  保存用の根菜。  香辛料に薬草まで、必要量が細かく記されている。


 私は紙を受け取り軽く目を通した。


「思ったより現実的な量だな」


「足りないよりは良いかと」


「ふむ」


 確かにその通りだ。


 冬を甘く見ると死人が出る。


 特に今のシシリオール領は余裕がない。


 私がリストを収納へ放り込んだ時だった。


「母さん、こっちにチェーロ様来てない?」


 カツ、カツ、と硬い音が近付いて来る。


 現れたのは松葉杖を操る片脚の従僕――ヴィヴァーチェだった。


 私の姿を認めた瞬間、その身体がぴたりと強張る。


 無理もない。


 私が人外である事を、この城の者達はもう理解している。


 マテルニタは息子の緊張を和らげるよう、穏やかに問い返した。


「坊っちゃま、来てませんよ。お姿が見えないのですか?」


「え、あ、うん」


 ヴィヴァーチェは少し慌てた様子で頷いた。


「俺……私が花瓶を取りに行ってる間に、お姿が見えなくなって」


「最後に見たのは?」


「庭で花を摘んでた」


 するとマテルニタが小さく息を吐いた。


「……じゃあまた墓地かもしれませんね」


「あ」


 ヴィヴァーチェが困ったような顔になる。


「探しに行ってきます」


 そう言って踵を返そうとしたので、私は口を開いた。


「もう暗くなる」


 二人がこちらを見る。


「私も行こう」


 子供一人を夜に放置するのは感心せんな。


 それに――。


 この城の者達はまだ皆、心に深い傷を抱えている。


 死者を求めて墓地へ向かうくらい、不思議な事ではなかった。

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