第12話 最速で手続き
翌日、私は朝一番からストランボを叩き起こした。
「起きろ」
「あと三時間……いや五時間……資料整理が終わってない……」
机に突っ伏していた男の頭を掴み、そのまま無理矢理引き剥がす。
「ぐえっ」
「手続きを終わらせるぞ」
「えぇぇ……」
嫌そうな声を出すな。お前が後見人になる書類だろうが。
とはいえ、ひとたび仕事を始めるとストランボは異様に有能だった。
「これとこれを先に出せば順番待ちを短縮できる」 「担当官はこの時間なら西棟だ」 「死亡届は二通写しが必要」 「領地継承は王印局を経由した方が早い」
などと早口で捲し立てながら役所を駆け回る。
研究以外興味のない男かと思っていたが、王都の仕組みには妙に精通していた。
「何故そんなに詳しい」
「研究費申請で散々役所に通ったからね」
酷く嫌そうな顔で言った。
なるほど。学者という生き物も苦労しているらしい。
アウローラはというと、慣れぬ喪服姿で必死に気丈に振る舞っていた。
役人達から向けられる同情と好奇の視線。
突然現れた幼い領主代行への探るような目。
本来ならばここで貴族社会への顔繋ぎをさせるべきなのだろう。
シシリオール家は大きく弱体化している。今後を考えれば、王都の貴族達との関係構築は必要不可欠だ。
だが――。
「御主人様、王城地下書庫に古代血族についての資料が――」
「行かん」
「では王立学院に伝わる吸血種伝承の――」
「行かん」
「せめて血液を少し採取――」
「殺すぞ」
「そんなぁ……」
うるさい。
本当にうるさい。
この男を王都に放置して帰るという判断は正しいが、放置するまでが苦行だった。
役所から役所へ移動する最中も、
「その飛行能力は魔力循環型?」 「変身能力は?」 「日光耐性は個体差?」 「心臓を潰されると私はどうなるんだい?」
と延々質問してくる。
途中で何度か本気で心臓を握り潰しかけた。
それでもストランボは懲りない。
「いやぁ実に興味深いなぁ!」
本当に、本当に面倒臭い男だ。
夕刻までには必要な手続きを全て終わらせた。
領主交代申請。 死亡届。 後見人登録。
最低限必要なものは片付いた。
「じゃあまたね御主人様! 次はもっとゆっくり研究を――」
「当分来ん」
「えぇぇぇ……」
泣きそうな顔をするな。
私はげんなりしながら図書館を後にした。
王都の門を出た時には、心底ほっとしていた。
「……やはり領地に戻る」
「はい?」
「これ以上あの男の相手は無理だ」
隣を歩くアウローラがくすりと笑う。
「叔父様、御主人様のことが大好きになってしまわれたのですね」
「止めろ。ぞっとする」
最速で手続きを終えた私達は、二日を掛けてシシリオール領へ戻って来た。
王都を出てからのアウローラは、流石に限界が近かった。
ただでさえ慣れぬ旅路。 加えて長時間の飛行。 更には王都での手続きと精神的疲労。
表には出さぬよう努めていたが、城門を潜った頃には顔色がかなり悪い。
私は城へ戻るなり言った。
「アウローラ、お前は休め」
「ですが――」
「命令だ」
そう言うと、アウローラは少し迷った後、小さく頭を下げた。
「……はい、御主人様」
その足取りはふらついていた。
無理もない。
この短期間で襲われ、領地へ戻り、家族を失い、王都へ赴き、また戻って来たのだ。
まだ14歳の娘には重すぎる。
私はアウローラが侍女に連れられて部屋へ戻るのを確認すると、そのまま執務室へ向かった。
既にフェデーレが待機していた。
老執事は一礼すると、疲労の滲む顔で言った。
「お帰りなさいませ」
「戻った。……それで、現状はどうなっている」
私が問うと、フェデーレは机上に地図や書類を広げた。
「まず、冬季備蓄が不足しております」
やはりか。
「ガルファーレン兵が火を放ったのは城下の食料備蓄庫です。穀物の焼失が特に痛い」
「残存量は」
「切り詰めれば春までは持ちます。しかし今年の冬は越せても、来年の種籾が危うい」
私は舌打ちした。
単なる略奪ではない。
領地を殺す為の襲撃だ。
食料を焼けば民は逃げる。 民が減れば畑は死ぬ。 畑が死ねば領地は終わる。
よく考えられている。
「他は」
「城下の修復です。特に職人街の被害が深刻でして」
フェデーレは地図の一角を指した。
「鍛冶場、木工房、石工の工房が複数焼失しております。このままでは復興用資材の生産も滞ります」
「人手は」
「不足しております」
当然だな。
兵は死に、文官も離散。 逃げた民も多い。
今のシシリオール領は、辛うじて形を保っているだけだ。
だが――まだ死んではいない。
私は椅子へ深く腰掛けた。
「やる事は山ほどあるな」
「……はい」
フェデーレの返事は重かった。
窓の外では、修復作業を続ける民達の槌音が響いている。
冬は待ってくれない。
領地を立て直せねば、この地は飢えと寒さで静かに滅ぶだろう。




