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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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第10話 叔父との面談

 

予定通り、その日は王都手前の街で一泊した。


流石に二日目ともなるとアウローラも多少は飛行に慣れてきたらしく、昨日ほど悲惨な状態にはなっていない。

それでも着地後は足をぷるぷる震わせていたので、根本的に人類は空を飛ぶ生き物ではないのだろう。


翌朝。私達は再び空へ上がった。

朝焼けの空気は冷たく澄み渡り、眼下には街道と畑がどこまでも続いている。


 そして――。


「見えて参りました……!」


私の腕の中で、アウローラが小さく声を上げた。


遥か前方。巨大な城壁都市が朝日に照らされていた。


王都だ。流石に地方都市とは規模が違う。


高くそびえる白亜の外壁。幾重にも広がる街並み。

中央には、王城と思しき巨大な建造物まで見える。

人の数も、建物の密度も桁違いだった。


「……人が多いな」


「王国中から人が集まりますので」


なるほど、人間とは群れるのが好きな生き物らしい。

私は王都近郊の林へ降下すると、翼を消してから徒歩で門へ向かった。


流石に王都だけあり、門兵の数も警備も地方とは比較にならない。

だが、多少視線を逸らさせる程度の暗示で十分だった。


特に問題もなく王都へ入る。中は圧巻だった。


石畳。巨大な噴水。立ち並ぶ商店。豪奢な馬車。

魔導具らしき灯り。

地方領地とは文明水準そのものが違う。


アウローラも久しぶりの王都なのか、懐かしそうに周囲を見回していた。

だが私達は観光に来た訳ではない。そのまま真っ直ぐ目的地へ向かう。


アウローラの叔父――ストランボ。彼は王立図書館に勤めているらしい。

やがて到着した王立図書館は、もはや要塞のような建物だった。


巨大だ。そして静かだった。石造りの重厚な建築。

高い塔。無数の窓。

知識を収蔵する場所というより、知識そのものを崇拝しているような雰囲気がある。

中へ入ると、紙とインクの匂いが鼻を掠めた。


受付にいた職員へ、アウローラが丁寧に頭を下げる。


「ストランボ・シシリオール様へ面会をお願いしたいのですが」


受付の女は一瞬驚いた顔をした。


この驚きはどういった類いのものなのだろうか。


だがすぐに職務的な笑顔へ戻る。


「確認致しますので少々お待ち下さい」


そう言って奥へ消えていった。


しばらく待つ。周囲には静寂が満ちていた。本を読む者達も、皆妙に動きが静かだ。

知識の巣窟というのは、こういう空気になるのかもしれない。


 やがて。


「お待たせ致しました。こちらへどうぞ」


 職員に案内され、私達は図書館奥の応接室へ通された。


 そして。そこで、アウローラの叔父――ストランボとの面会に至った。



応接室で待つこと数分。ノックなどは一切なく勢いよく扉が開いた。


「君は誰? 私に用事とはなんだい」


 男は部屋へ入るなり、こちらを見もしないまま早口で喋り始めた。


「今研究が丁度佳境で乗ってるんだ。用があるなら早くしてくれ」


 せかせかと、自分の言いたい事だけを一方的に並べ立てる。


私は黙ってその男を観察した。


身なりは酷い。しわくちゃのローブ。無精髭。

長い髪は邪魔なのか、後ろで適当に括っているだけ。

痩せている癖に、目だけが異様にギョロついていた。

まるで餌を探す夜鳥のような目だ。

知識へ全てを捧げ、人間としての体裁を忘れた類の生物に見える。


なるほど。確かに“本に夢中”という表現は正しかったらしい。


私はちらりと隣を見る。


アウローラが完全に固まっていた。アウローラの喉がひくりと震える。


だが、声が出ない。


先程まで私の隣で普通に話していたというのに、今は怯えたように男を見つめて固まっていた。


私は僅かに眉を寄せた。何故、自分の叔父を怖がる?


 そう思い――。


 ふと、気付く。


 ……ああ。


 アウローラが襲撃された時。


あの場にいた賊共は、まさにこういう風体だった。


無精髭。乱れた衣服。濁った目。威圧的な態度。

理性より欲望を優先するような、粗暴な男達。


なるほど。傷がまだ癒えていないのか。


頭では叔父だと理解していても、本能が警戒してしまうのだろう。

私は小さく息を吐き、代わりに口を開いた。


「ストランボ・シシリオールで間違いないか?」


多少。ほんの多少、威圧が混じったのは仕方ない。

非常識な男には、それなりの対応というものがある。


 私の威圧が多少は効いたのだろう。


 男――ストランボは、僅かに息を飲んだ。


 先程までのせわしない態度が少しだけ鳴りを潜め、警戒するようにこちらを見る。


「……私がストランボ・シシリオールだけど、君達は誰だい?」


 ようやく最低限の会話をする気になったらしい。


 私は淡々と答える。


「彼女はアウローラ・シシリオール。お前の姪だ」


「――は?」


 ストランボの目が丸くなる。


 私は続けた。


「送った書簡は読んでいないのか?」


 すると男は露骨に視線を逸らした。


「え? あ、あぁ」


 妙に歯切れが悪い。


「研究が佳境で、しばらく家には帰っていない」


「……」


 私は無言になった。


 つまり、実家が滅亡寸前になっている事すら知らなかった訳だ。


 ストランボはそんな空気に今更気付いたのか、少し居心地悪そうに頭を掻いた。


「いや、ほら……急ぎの研究資料が大量にあってね」


この男は恐らく、本当に研究以外へ興味が薄い。


権力。社交。貴族の付き合い。そういったものへ意識を向けていないのだ。


 だからこそ、アウローラが言っていた。


『叔父は本に夢中なのでこちらへ来る事はないと思われます』


 という言葉に偽りは無かったのだろう。


 私は静かにストランボを見据えた。


「シシリオール領は半月前襲撃を受けた」


 私が淡々と告げると。


 ストランボは目を見開いたまま、息を飲んだ。


 先程までの落ち着きの無さが消える。


 ギョロついていた目が、初めてまともにこちらを見ていた。


 私は構わず続ける。


「生存者はアウローラと弟。それとフェデーレとその一家の内のメイド長とその子供二名」


「……っ」


「領兵は壊滅。文官も死傷者多数で離散した」


 部屋の空気が重く沈んでいく。


アウローラは俯いたまま黙っていた。

恐らく、改めて口にされる事で実感が蘇るのだろう。


 私は更に言葉を重ねた。


「襲ってきたのは統率の取れた賊だ」


 賊。建前上はそういう扱いにしておく。


「それは私が始末した」


 ストランボの喉が小さく動く。


 十歳程度の子供にしか見えぬ私が、あまりにも自然に言うものだから、逆に現実味が薄いのかもしれない。


「現在、領地立て直しの為、領主交代と死亡手続きをしに王都へ来た」


 そこまで聞き終えた頃には、ストランボは完全に固まっていた。


「……嘘だろ」


 かすれた声が漏れる。


「そんな、馬鹿な……」


 ぶつぶつと独り言のように繰り返す。


 無理もない。


 昨日まで平和だった故郷が、兄一家が、半月で消え失せたと言われているのだ。


 しかも目の前には、生き残った姪が実際に存在している。


 否定したくとも出来ない。


 ストランボは数歩後ろへよろめき、近くの椅子へ力なく腰を落とした。


「兄上が……死んだ?」


 その声は、ようやく現実を理解し始めた人間のものだった。


 アウローラが小さく唇を噛む。だが泣かなかった。

もう、十分泣いたのだろう。


 ストランボは顔を覆い、しばらく何も言わなかった。


 部屋には重苦しい沈黙だけが落ちる。


 やがて。


 彼はゆっくりと顔を上げた。


 その目には先程までの落ち着きの無さではなく、疲弊した理性の色が浮かんでいた。


「……それで」


 掠れた声で問う。


「君は、誰なんだ?」


「逃がされたアウローラ達が襲撃されているのを通りすがりに助けた。その後アウローラに頼まれてシシリオール領に行き、そこにいた賊を始末しただけの者だ」


 私が淡々と告げると、ストランボは呆然と目を見開いた。


「……嘘だ」


 乾いた声が漏れる。


「そんな、高々十歳程の君が……そんな事を出来る筈がない」


 理解が追いついていないのだろう、当然だ。普通の人間ならば、まず信じない。


 ストランボは混乱したままアウローラへ視線を向けた。


「アウローラ、兄上に言われて様子を見に来ただけなんだろう? そうだろう? タチの悪い冗談は止めないか!」


 そう言って勢いよく立ち上がり、机を回り込んでアウローラへ詰め寄る。


 ビクリ、と。


アウローラの肩が大きく震えた。その顔から血の気が引いていく。

襲撃の日、あの娘を囲み、怒鳴り、押さえ付け、衣服を引き裂いた連中。  今のストランボは、見た目も態度も、あの時の“不逞の輩”を連想させるのだろう。


アウローラは、この手の男が怖いのだ。


私は無言で立ち上がると、ストランボの襟首を片手で掴み、そのまま軽々と吊り上げた。


「ぐぇっ!?」


 細い身体が宙に浮く。


「怒鳴るな」


 私は冷えた声で告げた。


「アウローラが怯えるだろう」


 ストランボの顔がみるみる青ざめていく。 足が空を切り、眼鏡がずり落ちた。


「く、くるし……っ」


「この娘はもう散々に苦しんだのだ」


 私はそのまま無表情に続けた。


「何もしていないお前が、そんな事を言う資格はない」


 室内が静まり返る。


アウローラが不安そうに私と叔父を見比べていた。

私は小さく息を吐くと、ストランボを床へ放り捨てた。


「がはっ……!」


男は咳き込みながら床に手をつく。どうやら少しは頭が冷えたらしい。


私は改めてソファへ腰を下ろした。


「話を戻すぞ、ストランボ」


 低く静かな声で言う。


「お前に求めるのは二つだけだ」


 私は指を二本立てた。


「一つ。アウローラの後見人となる事」


「二つ。余計な欲を出さぬ事だ」


 ストランボは喉を押さえながら、苦しげにこちらを見上げた。


「……欲?」


「領地を乗っ取ろうだの、財を動かそうだの、権力を得ようだの、そういう下らぬ真似だ」


 私は淡々と言い放つ。


「お前が本にしか興味のない男なら都合が良い。私は領地経営に余計な横槍を入れられるのが嫌いでな」


 ストランボはしばらく黙っていた。


 やがて、恐る恐るアウローラを見る。


 その瞬間だった。


 今まで怯えていたアウローラが、小さく、しかしはっきりと頷いた。


「……叔父様」


 掠れた声。


「本当、なのです」


 ストランボの表情が固まる。


「お父様も、お母様も、お兄様も……皆……」


 言葉の途中で、アウローラの瞳に涙が滲んだ。


「もう、いません」


 その一言で。


 ようやくストランボは現実を理解したらしかった。


 男の顔から血の気が消える。


「そんな……」


 力が抜けたように床へ崩れ落ちる。


 視線が虚空を彷徨っていた。


 どうやら今度こそ、本当に理解したらしい。


 私はその様子を静かに眺めながら思う。


 ……さて。


 この男は使えるのか。


 それとも。


 精神を弄って従順な人形にした方が早いのか。


 少し見極める必要がありそうだった。

 

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