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聖女の塔  作者: 河辺 螢
5/11

5 奪還計画

 湖の聖女の塔を出ると、そのまま二つ向こうの明かりのない塔へ向かったが、途中の通りで見知った顔を見つけた。

 ザクス山で会った用心棒のエアハルトだ。

 近くにいた何人かと話をしていたが、フィーリアに気がつくと話の輪から抜けて近寄ってきた。

「あなたも帝都にいたのか。…食事はまだか?」

「ああ」

「よかったらどうだ? 一緒に」

 フィーリアはその申し出を受け、近くの酒場に立ち寄った。

 エアハルトは慣れた様子で3皿ほどの料理と酒を頼み、品物が揃うと周りに気付かれないように音を遮断する魔法を使った。

「…デセルタムの聖女にお会いしたか」

 エアハルトは、フィーリアにまとっている聖女の魔法に気がついたらしい。

 慌ててその魔法を潜ませたが、

「俺もだ」

 そう言って、左の髪をかき上げ、つけていたイヤーカフをフィーリアに見せた。

 そこには確かに、湖の聖女と同じ魔法が感じられた。

「貴殿も聖女に会ったのか。と言うことは、この会話は聖女に筒抜けなのか?」

「聖女が望み、おまえが望めば、だな」

 聖女を通じて同志だと思ったのか、呼びかけが「おまえ」に変わった。その方が慣れているようだった。

「…俺たちは、王命でアルクスマリスの聖女様を国に連れ帰るために来た」

 その言葉が真実なら、確かに同じ志をもつ者だ。国にとって大切な魔法使いを取り返すことを願う者。王命であれば、複数の者が動員されているのもうなずける。

「二年の約束と言い、強引に聖女様を連れ去りながら、既に約束から三ヶ月が過ぎている。他の魔法使いが不調になったのでもうしばらく、と言われたが、我が国だって聖女様のお力を必要としている。これ以上の延期は容認しがたく、皇帝にも訴えていたんだが、埒があかないので連れ帰ることにした。かつては各国の要をなす守護の魔法使いを連れ去るようなことはなかったのだが」

 それは丁度フィーリアが考えていた、全ての魔法使いを解放する計画につながりそうな話だった。

「他の塔の魔法使いについて、何か情報はあるだろうか」

 湖の聖女と会っているのだ。アーリアにも会っているかもしれない。フィーリアは思い切って聞いてみた。

「ビリディスの聖女の居所は、光の消えた塔か?」

 エアハルトは光の消えた塔の魔法使いと聞き、

「…癒しの魔法を使う者か?」

と聞き返した。

 フィーリアが頷くと、エアハルトもまた頷いて応えた。

 間違いなく、光の消えた塔にいるようだ。

「ビリディスの魔法使いだったか…」

 そこには深い溜め息があった。

「消えた塔の魔法使いは…、塔を出たがっていないようだ」

「何故…、いや。それは私が調べるべきことだな」

 エアハルトの反応に、アーリアにあまり良くないことが起きているのかも知れない、と思えた。ここを出るだけでは解決しない何かが。塔が光っていないことにも関係するのかも知れない。

 いずれにしても、自分で確認するしかない。

「明後日、塔の魔法使いを一斉に解放する」

 エアハルトの告げた計画は、まさにフィーリアの考えと一致していた。しかもすでに段取りが組まれているとは。この場に居合わせたことに感謝した。もしかしたら、湖の聖女が巡り合わせてくれたのかも知れない。

「脱出を望んでいないのは、光の消えた塔の魔法使いだけだ。だが、全ての塔を止めなければ、塔から出られても帝都から出ることはできない。消えた塔の魔法使いだけ国からの助け手を得られず、我が国の者が説得に努めているのだが、未だいい返事を得られていない。おまえの知り合いならありがたい。是非、消えた塔の魔法使いの説得をお願いしたい」

 アーリアは、国に戻りたがっていないどころか、塔からの脱出さえも望んでいない。もしかしたら、自分と入れ替わることも望まないかも知れない。

 しかし、他の魔法使いのためにも、協力しなければならない。

「…まずは事情を聞く。塔の破壊が必要なら、私がやろう」

「塔を壊さなくてもいい。必要なのは、魔法回路の停止だ。魔力の供給を絶てば、帝都は止まる。5つの塔、全てが止まれば、復旧には半日以上かかるだろう。だが一つでも残ると、完全停止はできない。回路が切り替わり、別のルートで魔力が供給される。そうなると門は閉ざされ、復旧も早まるだろう」

「他の4つは、確実に止められる、と言うことだな」

 フィーリアが確かめるように問うと、エアハルトははっきりと頷いた。

「各国から協力者が来ている。どこも自国の魔法使いの奪還に意欲的だ。…これは、推測だが、恐らく皇帝は5年前に亡くなり、代替わりしている。先の皇帝は無尽蔵な魔力で周辺国を属国にし、この魔法都市を築き、その力を示してきたが、それを継ぐ者はその半分も魔力を持たない。魔法使いの確保も難しいらしい。皇帝の魔力に頼り切っていたこの街では、魔力を持つ者が極端に減っている。…恐らく、帝国は長くはもたない」

 皇帝が築いた都市を維持するには、皇帝がいた頃ならシルバークラスの魔法使いで補えただろうが、今では聖女のようなプラチナクラスの魔法使いの力がなければ足りないのだろう。あれほどまでに無駄に魔力を消費している都市だ。だが、皇帝の威光を示すためには、今さら都市の光を落とすこともできないに違いない。

 どの国も自身の国を守ることが先決だ。聖女を奪われれば、黙ってはいない。

 属国になった国は、皇帝に何の恩も感じていない。むしろ国の守護者を奪われたことで、帝国への反感は強まっているだろう。

 圧力で属国にならざるを得なかった国々は、力を失えば皆離れていく。

 力を失った者は、ただひたすら失うしかない。

 それにしても、まだ出会って2度目のフィーリアに、このような話を聞かせるのは少し軽率に思えた。

「見ず知らずの者に、不用心な発言は避けた方がいい。場合によっては反逆罪だ」

 エアハルトを心配したフィーリアの言葉に、エアハルトは笑みを浮かべて

「見ず知らずでもないさ。共に戦えば、人となりは判る」

と言った。

「…そうだな」

 エアハルトがフィーリアを信じたように、フィーリアもまた、エアハルトを疑うことはなかった。

 確信はなかったが、直感的に信じていい人だ、そう思えた。

「これを使うといい」

 エアハルトは、フィーリアに自身のつけていたイヤーカフの一つを渡した。

「俺と通信ができる魔法を仕込んである。明後日の決行の指示もこれで伝える。各自、自国の魔法使いは自国に連れ帰る予定だ。…ビリディスもまた、そうなることを願っている」

「承知した」

 フィーリアは預かったイヤーカフをつけようとしたが、凝った装飾品などつけたことがなく、耳につけるどころか何度も手からこぼれそうになった。

 見かねたエアハルトがフィーリアの耳にそれをつけた。

 大きな手の割に、繊細な動きでその小さな銀のイヤーカフはフィーリアの右耳の上端につけられ、容易に取れないように小さな魔法が付与された。

 自分の食事代を置いて立ち去ろうとしたが、エアハルトは受け取らず、

「次に会った時におごってくれ」

と茶化した。

 フィーリアは礼を言ったが、次の約束の宛てなどなかった。無事脱出に成功し、いつか再会できることを願っての言葉だろう、と受け取った。


 フィーリアはそのまま光らない塔へと向かうつもりだったが、街を巡回する衛兵に

「真夜中を越えると自動巡回が始まるから、屋外にいない方がいい。早く帰って休むことだ」

と言われた。

 一旦宿に戻り、外を見ると、時計の針が真上を向くと同時に人の代わりに魔導人形が街に繰り出し、警備を始めた。

 明後日決行される作戦のためにも、警戒されるのは良くない。

 フィーリアは大人しく部屋で過ごすことにした。


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