3 帝都の塔
アルムラピスの関の周辺は防衛の要所となっていた。旅人の出入りも多く、他国の珍しい品をそろえた市場もあり、街には活気があった。
フィーリアはその日、関の近くの街で一泊することにした。酒場で周囲の人の噂話を肴に夕食を取っていると、帝都の塔の話が聞こえてきた。
帝都の周辺には5つの塔があり、それを頂点にして城壁がつながり、花びらのような五角形の形をしていると聞いたことがあった。
「また塔が壊れたって、騒ぎになってたぜ」
「塔は4つあれば何とかなるんだろ?」
「らしいが、五ヶ月前にも壊れたところなのに、また壊れるなんて、まともに修理できてないのかもな」
「壊れてるんじゃなくて、不出来な魔法使いを連れてきたんじゃないのか?」
連れてきた、魔法使い…。その言葉に、フィーリアは耳をそばだてた。
「皇帝様の城に影響がなけりゃいいんだろ。俺たち庶民には関係ない話だ」
「そうとも、帝都みたいな贅沢な暮らし、俺たちにゃあ一生縁遠いからな」
フィーリアは帝都に行き、アーリアと自分の身を交換することを考えていたが、場合によっては、アーリアを連れて二人で国に帰ることになるかもしれない。まずはアーリアがどこにいるか突き止め、アーリアと話をする必要があったが、今の話だと帝都の塔に行けば、召喚された魔法使いに会えるかも知れない。
酔っ払いの旅人に酒を奢り、塔に関する話を聞くと、塔はその先がつぼみのような形をしていて、普段は金色に輝いているそうだ。「壊れた」というのは、その先端部分が光らなくなったと言う意味で、帝都の象徴でもあり、訪れる人々にも人気のある塔の光が消えるのは帝国の尊厳にも関わる、と、度重なる不具合で大臣の怒りを買っているらしい。
関から歩くこと7日、帝都を見渡すことができる高台に立ったフィーリアは、夜にも関わらず明々と光の灯る帝都に息をのんだ。
塔は関で聞いたとおり、その突端がつぼみのように丸く、5つある塔のうち東寄りの塔だけそのつぼみの部分が薄暗く闇に飲まれていたが、他の4つは街の明かりに負けないほどの光を放っていた。
その光が意味するものは、一目見ればすぐに判った。
魔力の光だ。
魔法都市。それがアルムラピスの帝都の別名だった。
翌日、城壁の中の街に入り、さらに驚いた。
寒い季節だというのに、立ち入る店は皆温かく、井戸が見当たらないにも関わらずどの家にも水が出せる。水だけではなく、湯が出る口もある。床石を踏めば開くドア。浄化の魔法による風呂代わりの清浄屋に洗濯屋、熱魔法による乾燥屋。竈は火を起こさずとも触れるだけで使える。食品を保存するための氷魔法。夜になれば光を灯すのも魔法だ。家も道も、光に包まれている。高い建物の移動には階段が魔法で動き、街の公園には季節外れの植物が魔法で育てられている。
これだけの魔法を展開しながら、街には魔法使いの気配が薄い。
全くないわけではないが、自身を補助する程度の魔法か、力として発揮することができない、潜在的なものが大半だ。
それに対して、あの塔。この街を取り囲むように建てられたあの塔の先端は魔力で満ちており、そこから街中に魔力が供給されている。
帝都の北にある王城も塔に負けず光り輝き、裾野の暗さから宙に浮かんでいるように見えた。
この街を維持するための魔力は、一体どこから来ているのか。
フィーリアは宿を定めると、2日かけて5つの塔やその周辺を巡った。
塔の周りには警備の者がいて、一般人は中に入ることはできなかった。
途中、街を修復している現場を見かけた。薄暗い一角だった。
魔法使いの手を借りず魔力を通すには、特別な回路が必要なようだった。修復している回路はずいぶん古く、周辺の壁も朽ちていた。
修復しているのは、12、3歳くらいに見える少年だった。
ふらつきながら、壁に描かれた回路をなぞり、切れた部分を補修している。
フィーリアは魔法回路というものを初めて見た。
きれいにつながると、そこから魔力が流れ、離れた所にある街灯に光が灯った。この修理で周囲一帯の魔力が復旧したようだ。
しかし、書き終わるや否や、少年はその場にうずくまってしまった。
近くにいた男が少年に近寄ると、無理矢理引き起こし
「仕事は立て込んでるんだ! 早くしないか!」
と、怒鳴り声を上げた。
フィーリアは駆け寄ると、少年を掴む男の手をひねり、突き飛ばした。
触れた少年の手は熱を帯びていた。
「熱がある。魔力の使いすぎだ。休ませないと、魔力が枯渇するぞ」
「いいんです…」
少年は諦めたようにつぶやくと、支えるフィーリアの手をそっと押して、自力で立ち上がった。
「今日中にこの区画を直さないと、亡き陛下の尊厳に…」
唇をかみしめ、乱れた息を整える。しかし、溜まった疲労をごまかすには不充分だった。
「長く働きたければ、きちんと休め。おまえは魔法の枯渇を待っているのか?」
フィーリアの言葉に、少年はびくりと体を震わせた。
「魔法がなくなっても、恩給で暮らせる。その方が、家族みんな幸せに…」
諦めたようにつぶやく少年に、フィーリアは問いかけた。
「魔法を失った方が、幸せなのか?」
少年は俯いたまま、何も答えなかったが、言葉通りに魔法が枯れることを願っているようには見えなかった。
「よそ者は引っ込んでろ」
さっきの男が少年の手を引いた。男の声はさっきほど荒ぶれてはいなかった。
「陛下がお作りになった街を守るしかないんだ。誰かがやらなければ」
そう言った男もまた、ずいぶんと魔力を使い込んでいるようだった。
フィーリアはそれ以上関わるのをやめ、次の修理場所へと向かう二人を黙って見ていた。




