072 お客様の中で、中二病を治せる方おられませんか?
「俺のサーチにでか目の反応があったから駆けつけてみれば、魔獣とアンタ達がいた。ま、アンタは闘いに夢中で俺には気づかなかったみたいだけどな」
アイザックと名のったその男は、ブルサをひと息で半分以上飲んだ後、こう言いました。
どうでもいいですけど、食事中に髪さわるのやめませんか。青銀色の長ったらしい髪が邪魔なら、くくればいいじゃないですか。
あと、これはどうでもよくないんですけど、食事をするのに背中の業モノを下ろすのは構わないんですが、無造作にテーブルにたてかけるのやめませんか? 武器は常に手元に置いときたいのは分かりますが、給仕する人の邪魔になると思うんですが。
「はぁ、そうですか」
なんて事を考えつつ、わたしもブルサの杯を傾けます。あ、サカスタンやカルプニアではガラスのコップでしたが、ここは陶器ですね。面白い。
陶器のマグなら、エールとよく似たブルサの泡がきめ細かくなってより美味しく飲めるからいいですよね。彼らと一緒でなければもっと楽しめたでしょうに……。残念です。
いや~。何故かドヤ顔でご説明いただいているところ申し訳ないんですが、わたしはともかく、うちの完璧執事様はあなたのこと気づいてたみたいですよ?
―優様。この者、狩りの後からずっとこちらを伺っておりました。排除いたしましょうか?
あなた達の痴話げんかを眺めていたらば、そんな念話が送られてきたもんだから、その美声に腰砕けになりそうだったけれど。そこは根性で耐えて、わずかに首を振ることで答えました。
しかも。
―何やらよこしまな波動を感じましたが、これくらいの小物、優様に知覚して頂くまでもないと思い、放置しておりましたが……。
なんて思われていたらしいですよ?
もう、うちのマーヴェラス執事様ったら、素敵過ぎ。全方向で常に配慮してくれるから、主のわたしは安心してボケていられます。
だからそこの三人のお嬢さんたち。ガンとばすだけで留めておいで下さいね? 手まで出たら、あ。いや、カルプニアのロココちゃんの事考えたら、口撃だけでも魔王が降臨しちゃうかも。うん。ほんと、やめてくださいね。
あなた達が何を心配しておられるか知りませんが、こちとら彼にはかけらも興味がありませんから。思わせぶりな発言の後、「ここじゃなんだし。俺の馴染みの店に行こう」なんて言われちゃったもんだから、仕方なく着いてきただけですからね?
それにしてもねぇ。わたしの気を引くつもりだったのか、あの一言だけ日本語で言って、その後はこちらの公用語で話すって、芸が細かいと言うか、なんと言うか。
「ルーカスんところから逃げてきた」なんて、聞きようによっては不穏な問いかけといい、さっきからちらほら見え隠れしているものといい、この方、もしかしなくとも同郷の、日本の方なんでしょうか。
で。
防御力や機動性よりも装飾性を重視したと思われるその服装とそのやたらビジュアライズされた容姿と言い、なにより言動から察するに。もしかしてルーカスさんがいつだか言っていた、「おれは冒険王になる!」さんだったりします?
だったら、ますます回避したかったなぁ……。
「……そういやアンタ、サーチの範囲どのくらいとってる?」
おっと。聞き流している間に自慢話は終わっていましたか。
質問されたのなら、一応の礼儀として応対せねばならなりませんかね。
「はい?」
「サーチの範囲だよ。街中はともかく、ソトじゃサーチは広めにとるのが常識だろ? ま、俺なんかだと常時10キロ以上は自動で探れるけどな」
「いや~ん。さすがザック」
「ザックが凄いのは当たり前だしぃ。っていうかあんた、そのすごさほんとに分かってんのぉ?」
「はいはい、お二人とも。ここで騒いではお店に迷惑ですよ。ザックさんの素晴らしさに思わず声が出るのは仕方がありませんが」
あ、うん。返事はいらなかったかもしれない。
なんだろうこの小芝居。黄色い悲鳴も耳触りだし、彼のドヤ顔も鬱陶しいし、帰っていいかなセバスチャン。
「……場所にもよりますけど、見通しの良い街道沿いならせいぜい20メートルくらいですかね」
アイザックさんとやら、良かったな。わたしの斜め後ろで甲斐甲斐しく給仕してくれているいぶし銀執事の微笑みに免じて、取りあえず会話を続けてやろう。
あと、同じテーブルの隅っこで、申し訳なさそうにこちらを見ている、スシーラさんの為に。
市場から少し離れたこの店に来る道すがら訊いたんだけれど、彼女はハーレムメンバーではありませんでした。
「行商の帰りに襲われた父を助けてもらった縁で知り合って以来、お慕いしてはいます。でも、あの方の周りには素敵な方がたくさんおられるので、想いを告げる気は……」
だそうな。健気だねぇ。
フィーリングが合えば即狩り。地球でも異世界でも、いつ会えなくなるか分からないんだから、やれる時にやらないとのわたしには共感できない思いですが、もちろん人の心は尊重します。うん。ぶっちゃけ人の色恋はどうでもよいです。とは言え。
「はぁっ? たった20メートルぅ?」
いかにも呆れたと言うように手で目を覆うような男は、お勧めしませんが。
いやもちろんわたしだって、その気になれば何百キロ先でも索敵しようと思えばできますよ? でもわたしは斥候でもなければ、気象衛星でもない。ただの狩人です。
そして狩人ならば、国を覆うほどの範囲で索敵する必要はまったくなく、自分の歩く範囲、見通せる範囲を警戒し、狙う獲物の臭跡をおうだけで事足りる。獲物以外の外敵に関しては、警戒範囲に入ってから対処すればよい。
「元々わしらが奴らのテリトリーを邪魔しよんじゃけぇ。大人しゅうしとけば、なんもされん」
尊敬する師匠、マタギの源爺さんの言葉に忠実に、サカスタンでの仕事時や旅の途中でもそのスタンスを保っているだけなんだけれど。
「か~、これだから素人は」
まぁ言ってないし、想像力もなさそうな(妄想力なら溢れるほどありそうですが)この人には、そんなわたしの考えが分かるはずもなく。大仰に肩をすくめ、首を振られるのも、仕方がない事なのでしょうかね。
「そこの戦闘人形も結構強いみたいだけど、上には上がいるんだ。あんまり天狗にならない方がいいぜ?」
挙句にこんなことまで言われちゃいましたよ。
何が目的か知りませんが、こんな風にいちいちマウントを取ろうとする男など、いつもならば即鼻で笑うか、口撃の一つも書けるところですけれど。いまはセバスチャンとの念話で忙しいので、申し訳ないけれどお相手できません。
て言うかね。
―っどうしようセバスチャン! さっきから思ってたけどこの方、外見年齢は20代半ばなのに、たぶん、恐らく、間違いなく不治の病を患っていらっしゃる! これって指摘した方がいいのかな?
―優様、永久に覚めない夢をみたいと望む方もおられますので。
―じゃぁ、スルーする方向でいいよね!? やっぱり回避一択で!
―それがよろしいかと。
誰にでも、苦手なものはある。
「貴族? 王族? 皇帝? なにそれ美味しいの?」なわたしですが、地球でも異世界でも話の通じないお花畑の住人と中二病患者は、無条件で避ける事にしています。会話ができないからね。相手するだけで疲れるからね。だから日本の方で、異世界掃除人としては先輩に当たる方だろうけれど、ここはひとつ、出会わなかったということで―――。
「俺さぁ。魔獣もあらかた狩ったし、勝負になる奴もいねーし。最近この世界にも飽きてきてたんだよね。だからさ」
中二病患者さんは、構ってちゃんでもあったようです。
「同郷のよしみで、ちょっと闘ってくんね?」
問答無用で攻撃ちゃったので、相手せざるを得なくなりました。はぁ。




