073 その頃サカスタンでは……
優が旅先で構ってチャンに絡まれていたころ。彼らはなにをしていたかというと。
「はぉ~ん。なぁるほどねぇ。奥手っつうか、他人に興味がないどころか疎んですらいたこいつに春が来たのはめでてぇ話だけどよ」
「……はぁ、そうですねぇ」
ルーカスのメデューサ化をゲンコ(魔術つき)による説得で回避した後。ジーンは壁と同化しつつ部屋からじりじりと逃亡しようとしていた阪本をあっさり捕獲し、事情聴取を始めた。
彼からみた、優とルーカスの関係性を中心に。
ちなみにジーンと阪本は部屋を移動したわけではなく、相変わらずルーカスの書斎にいる。そしてルーカスも部屋を出たわけではなく、時折師匠からの愛の鞭を受けた頭頂部をさすりつつ、窓際のテーブルで少しさめてしまった朝食をとっている。
そしてジーンは阪本を壁から引っぺがすとそのままひょいっと持ち上げ、テーブルを挟んでルーカスの対面にある椅子に座らせると、自分は壁に寄りかかって腕を組み、聴く体勢をとった。ご親切な事に、珈琲を阪本の前に置いて。
だから阪本にしてみれば、怖い上司がすぐそばにいるのだから、出来れば答えたくない。
答えたくはないのだが、上司の師匠だというこの男はニッカリ笑いながらえげつない術を繰りだしてくるし、初対面だけになにをするか分からない怖さがある。
すでに何度か恐怖体験をしている上司をとるか。そんな上司をゲンコ一発でやすやすと沈めそうな、この一見にこやかな「師匠」をとるか。
そんな究極の選択を迫られた結果。「あくまで僕の私見ですからね?」と言い訳をしつつも、阪本は聴かれるままに答えてしまった。
もちろん珈琲も美味しく頂きながら。
「おうよ。サカモトだって一緒に仕事してんなら、こいつの普段の状況知ってっだろ?」
「あ~まぁ。……ローブのフードを目深にかぶって、出来るだけ人との接触を避けようとしてらっしゃるのは」
阪本の度胸が座っているのか。それともジーンの聴き方が上手いせいか。向かいからただよう冷気は極力無視して会話するうちに、阪本もリラックスしはじめ。
果ては、「これ美味しいですね。どこで買うたんですか?」「へぇ。優君ちの近くの喫茶店? あぁ、あっちで会うた言うてはりましたね」「いや~僕も珈琲にはうるさいんですけど、これ、ほんまうまいわ~。今度買うてこようかなぁ」なんて暢気に会話する始末であった。
「昔はもっとひどかったんだぜ。学園時代なんてまわりが色気づいてくる時期だったからよ。しかもこいつ、家柄やら財産みても超優良物件だったもんだから。いや~あん時の女どもは、はたから見てても怖かった。ほら、地球にいる……なんつったかな、あの魚」
「あ~……もしかして、ピラニアですか?」
「あ~そうそう! っていうか、お前んとこでもそう呼ぶのか?」
「ほうですね。最近ではもうちょっとオブラードに包んで、肉食系女子とか呼ぶ事が多いみたいですけど」
「はぁ~ん。うまい事言うもんだ。まぁともかく、そんな女に、あぁこいつの場合は男もいたな。そんなのに追いかけまわされたもんだから、引きこもりになりかけてよ」
ジーンのしみじみとした口調に、いつだか優の家でルーカスの妹から聴いた「朧の君」の数々の逸話まで思いだしてしまい、同じ男として思わず目頭を押さえそうになった阪本だったが。
向いからの冷気がさらに強くなったのを感じて、慌てて珈琲を飲んでごまかした。
「おんなじような状況でも、こいつの妹は楽しそうにしてんだけど……あ、こいつの兄貴も、親父もそうだな」
「いや~そりゃまぁ、人によりけりちゃいますか?」
「そうなんだよな~。つっても、こいつのお袋さんもやり方は違えど崇拝者はうまくさばいてたしなぁ……誰に似たんだか。まぁ生まれた時から人にたかられりゃ、嫌にもなるか」
「はぁ、そりゃそうちゃいます?」
「まぁそんな試練をへて鍛えられたこいつも、魔導団にめでたく入団。5歳のころから見守ってきた俺もお役御免だと思ってさ。ちょいと旅に出たわけだ。で、その間にもこいつは世慣れたっつうの? サカモトみたいな人間を雇って会社経営するまで成長したっていうじゃねぇか。しかも、その一人に惚れるなんてこりゃ、めでてぇこった。なぁサカモト?」
「はぁ、そうですねぇ」
そんな風に時折うんうん頷きながら、壁に寄りかかって機嫌良く喋っていたジーンだったが。
「と、言いてェところだが」
そう低く呟くや、胸の前で組んでいた腕をとき、一瞬でルーカスの隣に移動。彼の頭にヘッドロックをかけた。
さすが「神話級(笑)」の魔導師の師匠。その電光石火の早業を、阪本は捉える事ができなかった。
「っか~。なぁ~んだそのヘタレっぷり!」
「ぐっ! ジーンに、師匠! 苦しいんですが……」
ぎりぎりと締まるジーンの腕をタップするルーカス。
とは言え、阪本を気にして「兄さん」を師匠と呼びかえるあたり、苦しいと言いつつもまだ余裕はあるらしい。
「お前さ。そんだけくすぶってんなら、とっとと追いかけりゃいいじゃん」
「は?」
「置いてかれて情緒不安定になってんだろ?サカモト達に迷惑かけるくらい。だったらユタカを追いかけていきゃいいだろ」
「……いや、そう、仰いますが、師匠。私にも魔導団隊長としての職務というもの」
「はぁ? 仕事押しつけるための子飼いの部下ぐらいいるだろうよ。それくらいできなくてなぁ~にが魔導団隊長だっての。皇国一の魔導師がきいて呆れるわ」
「は、……お恥ずかしい限りで」
弟子の不甲斐なさにあきれたことを示す為か、ヘッドロックしたルーカスの美しい金髪の頭頂部にぐりぐりと拳をめり込ませるジーン。
身に覚えがあり過ぎるルーカスとしては、恥じ入るしかない。
「お前さ~。惚れてんだろ? あの嬢ちゃんに」
「は……」
大事なことは小細工なしに、直球で確認する。
9年前とまったく変わっていない師匠の姿勢に、阪本を気にして一瞬逡巡したものの、ルーカスは深く頷いて真摯に答えることにした。
ヘッドロックをされたままで。
「はい。想いはまだ伝えられておりませんが。私は残念ながらユタカの好みの容姿はしておりませんし、いままでこんな想いを抱いた事もなかったもので、正直どうアプローチしてよいやら。私の彼女に対する好意は非常に分かりやすいらしいのですが、ユタカ本人には全く伝わっておらず。いえ、何事にも勘の良い彼女の事ですからもしかしたらわかっていて」
「あ、もういい。わかった」
とつとつと紡がれたほぼノンブレスの独白は、師匠の一言で遮られた。
ちなみにジーンがルーカスにヘッドロックをかけたのを確認した瞬間、巻き込まれるのを恐れてまた壁の一部になっていた阪本だが、ルーカスの独白の最後の部分には、「いや、全く伝わってませんから!」と心の中だけで激しく突っ込みをいれていた。
そして彼の危機管理能力は、今回もギリギリのところで彼を救ったのだ。
「はぁ。その頭でっかちのところは、9年たっても変ってねぇみてぇだなぁ……」
いつの間に組んでいたのか。ため息をこぼしつつもジーンが、ルーカスに向かっていきなり特大攻撃魔導をぶっ放したから。
慌てて最大限度の結界を自分の周囲に張り巡らす阪本。
「っ、危ないじゃないですかっ!」
「ふん。上手くよけられたじゃねぇか。でもこいつはどうかな?」
「っ! ジーン兄さん!」
にんまり笑うジーンが腕をふるうたび、壁がえぐれ、天井がひび割れる。ルーカスの魔力暴走を抑えるため、彼がこの部屋の隅々まで念入りにはりめぐらした魔力障壁も、彼の師匠の暴走を止めるまでには至らなかったようだ。
「はっはー! ユタカのところに送る前に、久々に鍛えてやるよ」
「ちょっ、いい加減に、はっ!」
はじめは避けるだけだったルーカスも、段々攻撃に転じ、それに合わせて部屋は荒れていく。
「ふん。ここじゃ狭ぇな。外でるぞ」
「ちょっ、ジーン兄さん!」
荒れた部屋をくるりと見渡したジーンはそう言うと、ルーカスの襟首をつかんで、窓から飛んだ。
後に残されたのは、すっかり荒廃した執務室と。
「はぁ……転職しよっかな……」
すっかり見晴らしの良くなった執務室の窓の残骸から、遠くの魔導合戦を眺めつつわびしく珈琲をすする、阪本だけであった。




