067 縁日では、意外な縁(えにし)を結ぶこともある。 2
「やれやれ、兄上。これでは、師匠の時と同じではありませんか」
あれはそう、異世界漫遊の旅の為、クライアントであるルーカスさんからお休みをもぎ取ろうと交渉した折り。何故かタタリ神にジョブチェンジされてしまった時のことだ。
それ自体は越谷家の奥義・「四の五言わせず抱っこ」により問題なく収まったのでいいのだが、その時駆けつけたルーカスさんの妹、エドウィナリアさんが呆れたような声音でそう漏らしていたのだ。
「っ……返す言葉もありませんね」
その直前までハブとマングースの睨みあいを展開していたくせに。
その言葉を聞いた瞬間、ルーカスさんは言葉を詰まらせると、その花の顔を俯かせてしまったのだ。
「えぇと。以前も同じ状態になったことがあるって言ってましたっけ」
あれ、これわたしが聞いていいんだろうか。というよりも、聞いたらめんどうくさそうな気が……。そう思いつつも一応、水を向けた瞬間。
エドさんの美しいアクアマリンの瞳がきらりと光った。
気のせいではなく。
その嬉々とした様子に、兄は妹の玩具疑惑がふたたび持ち上がったのは、置いといて。
エドさんの曰く、ルーカスさんには4歳のころから師事していた師匠がいたとのこと。
神話級(笑)の魔力の制御方法と、その頃から既に見た者を虜にしていた美貌を持つが故の弊害から身を守るすべを教えてくれたその人は、ルーカスさんにとって師匠であると同時に年の離れた兄のような存在で。
まるでBでLなラノベのごとく、魔導学校でほとんどの生徒からは遠巻きにされ、家格の近い生徒たちに親衛隊を勝手に結成されお姫様扱いされた時も。
どこかの皇族に、「魔導師のローブよりもドレスの方が似合う」とうっとりしながら言われた時も。
初めて皇帝にお目見えした際、うっすらと目元を染められてしまった時も。
そのお師匠様はルーカスさんの支えになってくれていた、のだそうな。
彼のおかげで、どんな事態でも冷静沈着な微笑み(初対面の時にわたしが見たあの微笑みですね!)を浮かべられるようになったルーカスさんは無事魔導団に就職し、順調に出世していったのだけれども。
部署は違えど上司となったお師匠さんが、それを待っていたかのように退職し、「ちょっと行ってくらぁ」なんて軽い言葉を残して旅に出てしまい。心の支えを失ったルーカスさんがメデューサからのタタリ神に変化してしまった。のだそうな。
なんだか色々突っ込みどころ満載の昔話だったけれど、ルーカスさんにとっては黒歴史になるんだろうし、特に興味もないので聞き流していたのだが、そのお師匠さんの名前はちゃんと覚えている。
ルーカスさんやエドウィナリアさんと同じルリストン一門のそのお人の名は、ジルナリウス・ルリストン・アウグスタ。
癖の強いはしばみ色の髪と、翡翠の瞳を持った美丈夫で、ルーカスさんやエドさんは彼の事をジーン兄さんと呼ぶこともあったという。
***
「そうか。坊主は元気にやってるか?」
これで違っていたら、お花畑の住人扱いされるんだろうな。
そんな一抹の不安を抱きつつも、気になることはさっさと聞く主義のワタクシ、越谷優30歳ですからね。すっぱり直球で訊いてみました。「サカスタン皇国の、ルリストン一門のご出身ですか?」と。
エドさんやルーカスさんの執事・グレアムさんから聞いていた通り、豪放磊落、要は細かい事にあまりこだわらない性質だったらしいジルナリウスさん改めジーンさんは、わたしの言葉にその髪色より少し濃いキリリとした眉をひょいっと上げ。
ルーカスさんから仕事を請け負っている事などをお話しすれば、「いや~嬢ちゃんが近づいてきた時から、魔力のでかさに内心びびってたんだよな」と破顔一笑されてしまった。
その後出たのが、先ほどの言葉。しかも、そこだけ年齢を感じさせる縦じわが刻まれた口元を片方だけあげる、優しい笑顔つきですよ奥様!
男は40から。阪本先輩からは「おっさんスキー」と言われてしまったわたしのドストライクの、大人の笑みにくらりとしかけたけれど、ポケットのスマホを握って耐えた。
「癖の強いはしばみ色の髪と、翡翠の瞳を持った美丈夫」という形容には、「女なら誰でも腹がうずくような豊かな低い声を持つ」を付け加えるべきだと思う。
あ、ちなみに。従妹は現在席を外している。
先ほど「異世界」をにおわせる個所は適当にはしょってジーンさんを間接的に知っていたるかもと伝えれば、「へ~偶然!いやむしろ、運命? じゃあウチが飲みものとか調達してくる間、お二人でどうぞ~」などと訳の分らぬことを言い。屋台制覇へと旅立って行ったから。
あの様子では、当分帰ってこない。
だからこうして神社の軒先に座り込んで、まばゆい秋の日差しに眼を細めながら、おファンタジーな会話をしているわけだ。
「若干仕事中毒のきらいはありますが、お元気ですよ? ただ、突然メデューサ化することがありますね」
素敵執事様とは別のベクトルの魅了の微笑みに転ばぬよう、微妙に目線をずらして答えると、「メデューサって……こっちの神話の?」とけげんな表情を浮かべたジーンさん。
でもその時の状況をかいつまんで説明すれば、期待通りに爆笑してくれた。くっ爆笑しても魅力は変わらないとか……!
「あいつも大人になったねぇ……」
「何年会ってないんでしたっけ?」
「あぁ、もう9年になるか。早いもんだ」
「へ。その間ずっと異世界ですか?」
「あ~……ちょこちょこ還ってはいるけどな。サカスタンには帰ってない」
「……そうですか」
人が故郷を離れるのは、色んな理由がある。
進学や仕事のため。単に離れたかったから。もしくはただ興味の赴くまま動いているうちに、わたしの様に偶然異世界まで行ってしまった人間もいるだろう。
こちらで一年半放浪した間では、そんな「平和な」理由ではなく、命からがら身を切るようにして故郷を後にした人々とも出会った。
故郷を離れるには、理由がある。そして戻らないのにも。
いま隣りで穏やかに笑う御仁に、どんな理由があるのかは分からないけれど。なんとなく軽々しく聞けるものではないような気がした。
「名前……そのまんまですね」
ちょっと重い空気になりかけている気がしたので、話題を変えることにした。
気になっていたからでもあるが。
「名前?……あぁ」
ジーンさんは一瞬首を傾げた後、
「異世界には似たような名前がいるし、偽名とか考えるのはメンドイ」
肩をすくめた。
「はぁ。その、緩やかなところは、受け継がなかったんですねぇ」
「ん? あぁ。あいつもなぁ……まぁありゃ性格なんだろう。周りの影響もあるかもしれねぇが」
すっきりとした口元から洩れるため息が、重い。
「あ~~。やっぱり子供のころから特別扱いですかね?」
「お、そうか。嬢ちゃ、っと失礼。ユタカはあいつの素顔、みたことあんだな」
外見や声がすごぶる好みであろうと、そこは譲れないのでそろそろ鉄拳を繰り出そうかなと思っていたけれど、睨みに気付いて訂正したので、許してあげよう。
「えぁまぁ。非常に整ったという言葉だけでは表現しきれない、人を簡単に狂わせそうな美しいお顔ですね」
「あ~、それ、あいつには言わないで……言ってないよな?」
「美辞麗句――には、やっぱりならないんですね? ルーカスさんの場合。わざわざ暑っ苦しいフードで隠してるくらいですからそこらへんは察することができたんで」
えぇまぁそこらへんはね。わたしも大人ですから。
くっきりした眉をすこし下げて訊いてきたジーンさんに、そう答えれば。
「……ユタカは、優しいな」
何故か褒められた。
時折そんな讃辞(罵倒ではないだろう)を頂く事があるが、いつも返答に困る。少なくとも日本やサカスタンの良識に照らし合わせれば、わたしは「優しい人」とは言えないだろうから。
至近距離で、低く渋い響きに甘さを加えた声にそんな事を言われ、一瞬耳を押さえて飛びのきそうになったけれど。
スマホを握って我に帰り、いつも有り難い金言をくださる親愛なる母上の助言に従い、無言で微笑みを浮かべることでやり過ごすことにした。
その後は、特に何ということもなく。
お互い秋特有の澄みきった青空や賑やかな屋台を眺めつつ、ぽつりぽつりと話をして。
なんとなくまったりしてきたところで、マユからラインが入って。
指定された「休憩所」に行ってみれば案の定、折りたたみ式のテーブルいっぱいに戦利品を広げた彼女が待っていて。
その場で周囲の人も巻き込んで大宴会が開催されたのは、もはやお約束の流れだったのかもしれない。
ちなみにジーンさんは、とても酒が強かった。我が一族一の酒豪とされるマユと同じくらい、いやもしかしたら超えるかもしれない。
弱いわけではないけれど、許容量を超えれば一気に酔いが回るわたしは、危険地帯から少し離れて、適度にお茶とお水を摂取して酒量をセーブ。いやここが家なら良いけどさ、まだ神社から家まで少々歩くからね。
酔い始めてからが長いマユは帰れるだろうけれど、明日は仕事って言ってなかったっけ?
茜色に変わり始めた空を休憩所のテントの向こうに見たあたりで、帰宅を促せば。
「あ、ダイジョブダイジョブ。午前中の指名予約、延期になったから」
枡酒片手に機嫌よく返してきた従妹様は、「てことでカンパ~イ!!」と隣のジーンさんとグラス(マユの手にあるのは枡だけれど)を突き合わせた。
さらにその後の展開は、言うまでもないだろう。
酒宴の場を実家のリビングに移し、父上も参戦して二次会に突入。
明日は仕事と先に寝た母上に気遣いつつも、わたしも土産のジャーキーや干物などを出しつつ、参加した。
「これってもしかしないでも、オクトープスか? ユタカもやるなぁ~」
一口齧ってその正体に気づいたらしいジーンさんは、また片頬だけの笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。
いやもう、陽によく焼けた精悍な顔の目もとがほんのり染まって、傷の部分の色が濃くなって。もうなんかねぇ。色気だだもれ。触るな危険。お好きな方にはたまら……ちくしょうそれわたしだよ!
そうして宴は深夜まで続き、わたしは途中でソファの横に転がって寝てしまったので。
「……そろそろ、顔でもみに行くかね?」
そんな、低くて甘いジーンさんの呟きは、もったいないことに、聴いていない。
この後の展開は、いまだ構想中。気長にお待ちいただければ幸いです。




