060 はぐれ者達の村
「ふむ、ふむ、ふむ。だいたい状況は理解できた、と思う」
愛しの素敵執事様が淹れてくれた香り高い珈琲の最後の一口を飲みほし、わたしがそう呟けば。
こちらを注視していた少青年・ヒュー君の顔が、分かりやすく輝いた。
「やった! じゃぁっすぐ」
「はいストップ」
意気ごんで立ちあがった彼の顔の前にそう言って手をかざせば、これまた分かりやすく眉をしかめている。
うん。君、とても素直だね。騙されやすそうで、人ごとながらちょっと心配です。
ついでに言えば、君の横で食後のデザート、うちのメイドちゃん(アヌリン)特製のチョコレートパイを貪り食っているイリヤ君も、お菓子で簡単に釣られそうで、心配です。
「わたしが理解した……聞いたのは、あくまで君、ヒュー君の側から見た事柄について。君が嘘をついているとは言わ」
「嘘なんかっ」
「うん、君少し落ち着こうか。異世界もしくは君の村では、『人の話を最後まで聞きましょう』って教えられないのかな? 嘘を言っていると思っているわけではなくて、わたしは喧嘩……争い? バトル? 闘争、揉めごとに首を突っ込む前に、双方の状況を確認しときたいだけだよ。自分の目と耳でね」
「村長達は話なんかっ」
「うん、だから、落ち着いて。つぎ叫んだら、物理的に口ふさぐから」
わたしの宣言に、横で控えてくれていた執事様が、灰色のダクトテープらしきものを胸元から取りだした。
ふぅん。すごいよセバスチャン。そのすてきな胸元にすっきりそった上着のどこにそれが収まっていたのか……あぁ、四次元ポケットか。ともかく素晴らしい阿吽の呼吸だよ。
素敵銀色執事様と微笑みをかわしてからヒュー君に改めて向き直れば、唇を噛みしめて、俯いていた。
熱血だなぁ。
さて。ヒュー君の少々感情的な話を整理すると、こう言うことらしい。
彼とイリヤ君は、この崖から徒歩30分ほど歩いた山間にある村に住んでいるそうで。そこはいわば、「はぐれ者」達の村らしい。かつて、魔導を優遇もしくは絶対視する国からはぐれ、逃れてきた、魔術を行使できないほど魔力が少ないか、ほぼゼロの人々の村。
つまりはサカスタン皇国とか、からかなぁ。
でもあそこは逃げたしたくなるほど魔導を優遇しているようには思えないし、ここから比較的近いカルプニア連合王国もご同様だけれど、まぁ「昔」のことらしいから。感じ方は人それぞれだし。政策も為政者や時代によって変わるし。他にも理由があっただろうしね。政争とか、お家騒動とか、単に合わなかったとか、とか。
生活の糧は、狭い土地を開墾した畑と、海から獲れるもので得ている。
と言っても、海には多数の魔獣が生息し、襲ってくるため漁にはほとんど出られない。うん。実際、ヒュー君達は襲われていたね。漁に出ていたんじゃなくて、海岸沿いで貝と海藻を採っていただけだけれど。
まぁねぇ。そこらへんもサカスタン周辺と状況は変わらないよねぇ。海と山や森という違いがあるだけで。
だって魔獣にしてみれば、ヒトは大きいわりには動きの鈍い餌だもの。食べた事がないから味は分からないけれど、すくなくとも大抵の魔獣よりも肉は柔らかい。そして大量に、群れでいる。
うんなんて狩りやすい。肉食性でなくともテリトリーを侵せば、敵として攻撃されるしなぁ……。
ヒュー君達は運が悪かった―――あ~わたしという「助け」があったから、結果的に見れば良かったのかな?
ともかくも。
それだけ聞けば、世界は違えど、魔導をのぞけば日本でも、他の国でも聞いたことのある状況。かなり貧しい生活を強いられるだろうけれど、会ったばかりのよそ者に「助けてください」なんて言う状況ではないと思う。
問題は、魔力と魔導適正。
サカスタン皇国で集めた資料によれば、魔力と魔導適正はある程度遺伝する。
ま、そりゃそうだ。世界が違うだけで、魔導と魔力が認識されているかいないかの違いだけで、ほとんどの物理法則や植生、その他もろもろは、こちらもあちらも変わらない。だからメンデル先生が「発見」した遺伝の法則も同じような働きをしているだろう。
そして遺伝の法則にしたがい、劣勢遺伝子が表出することもあれば、突然変異もありうる。
つまりは、魔力が極小の親から、魔術を行使できるほどの魔力を持った子供が生まれることも、あるということ。そしてわたしの目の前にいるヒュー君とイリヤ君は、そんな魔力アリの子供達なのだ。ちなみに彼らは兄弟ではない。
ヒトは自分の理解が及ばないモノ、持っていない力を恐れる。そしてどこかで嫉妬している。
魔力ナシが住民の主流派で、それが何世代か続いている状況は、魔術や魔導を恐れ、それを行使できるものや者を恐れ、「悪」だと、「魔」だと、ケガレだと見なす思想が根付くには十分なのだろう。そして持てる者に対する意識的・無意識的な嫉妬と、魔力がない為差別されるもしくは下層民と見なされ、はぐれ者になった過去の恨みがそれをさらに助長させるわけだ。
多数派である魔力ナシの自分達が絶対の「正」であり、魔力持ちを「邪」や「悪」として、支配・搾取・虐待のよりどころとする。山間の日が差しにくい荒れた土地であり、魔導具の恩恵も受けていないため、生活は厳しい。それもより「弱い」ものを搾取し、虐待することに繋がっている。
魔獣が襲ってくるのも、村長たちの搾取する側にとっては、都合がよいらしい。
なにせ身体が大きく力も強いバケモノが襲ってくるのだ。「悪」だから、邪なモノたちだから襲ってくると言えば、知識がないもの達は信じるだろう。
そして襲われるのは、魔力アリの者達ばかり。
ヒュー君達が危険を承知で海辺に来ていたのは、村を助けようと言う自発的行為からでも、持ち回り制だからでも、採るのが他の村人より上手いからでもない。彼ら魔力アリの人々は、そう強制されているから。
魔力アリだから支配され、強制的に危険な狩りに出させられているのに、その結果襲われれば「奴らは魔力を持つ穢れたものだから襲われる」なんて言われ、村長達の理論・理屈の証左とされる。
うん、見事なマッチポンプですね。胸糞悪いことこの上ないけれど、彼らは「支配」のやり方を良く知っているようだ。
や~れやれ。昔話や現代のニュースを問わず、どこかで聞いた話ばかり。もしそれが「真実」なら、ヒトの本性を突きつけられるようで本当に嫌になるし、ヒュー君が助けを求めるのも解る。
が。
あくまでこれは、ヒュー君側から見た状況。
「ヒュー君達を虐げているという村長や長老達が話してくれるかどうかは、やってみなければわからないし、そこが重要じゃない。伝聞で人を判断せず、実際に会って自分の目で見るのが重要なんだよ」
つらつら考えながらそう説明すれば。
「……」
お、今度はだんまりしちゃいましたねぇ。拳を白くなるほど握りしめて、相変わらず唇を噛みしめて、肩まで震わしちゃって。
うんうん。本当に君は分かりやすいねぇ。でもそれで絆されるほど、わたしは人が良くできていないんだなぁ。ちょっと意地悪しちゃおうかなぁ。
「大体さ、いきなり『助けろ』って言われても、わたしにはヒーロー・コンプレックスなんてないから。見ず知らずの他人を助ける義理はないじゃない? って言うか、君達に関してはすでに一度助けたよね。タコ君から」
「そっ」
はい。分かりやすいヒュー君は、分かりやすく煽りに引っかかってくれました。で、つぎに叫んだら物理的にふさぐ宣言を思い出したのか、自分で口を押さえてくれました。
ふふっ、苛め、コホン! いじりがいがあるねぇ。
だからセバスチャン。悪乗りしてダクトテープをビッて伸ばさなくても良いよ?
「うん。恩を着せるわけではないから、そこは安心して。君達を『助けた』のは狩りのついでだし、治療したり服を直したりしたのは、セバスチャンだから。うちの執事様は優しいからね」
「勿体ないお言葉です」
はぅっ!
本当のことを自慢しただけなのに、セバスチャンから微笑みと美しい礼というご褒美を頂きましたよ。
ここはひとつ、物陰に隠れて悶え転げたいところだけれど、ヒュー君が絶望感一杯で座りこんじゃったから。
「というわけで、行こうか」
立ちあがってうんと伸びをし、彼を促す。
「……は?」
わたしの言葉でセバスチャンは出立の準備を始め、お話合いの間中口をもぐもぐさせていたイリヤ君(うん、君は間違いなく大物になりそうだ)はぴょこんと立ち上がったけれど、ヒュー君は目を白黒させている。
「うん、だからね。ヒュー君の言う状況を多角的にわたしの目で見るために、君の村に行こうか」
「えっ、じゃぁやっぱり」
絶望感に塗りこめられていた彼の顔が、輝いている。
行くと言っただけなのに、この喜びよう。君、本当に、大丈夫? 聞いた話が本当なら、その状況下でよくその馬鹿正直……素直さを保っていたねぇ。
「次の旅先を決めかねていたところだから、確認ついでに小さな村の郷土料理を味わうのも楽しいかもしれないよね」
って。少々失礼な感想は綺麗に押し隠して、のんきにそんな事を言っていたわたしでしたが。
村に着いた途端、「この悪魔が!」なんて喚くおっさんに灰のようなものをぶつけられそうになったので。
キレました。




