小話16 空から人が降ってきた日、はじまりの日。
襲われていた少青年・ヒュー君視点でお送りします。短いです。
「へい、そこの少年達。ちょっとごめんよ」
怪物が降り上げた腕を見てもう駄目だと目をつぶった瞬間、どこか気が抜けた声が聴こえた気がして。
思わず目を開ければ、空から人が降ってきた。
たぶん、腕にぎゅっと抱きかかえていたイリヤには、見えていなかっただろう。
「え~っと。荷物はそのカゴだけかな? じゃぁ、飛ばすね」
その人は、俺達の目の前に降り立つと、周囲を見回しながらそう言った。
まったく焦ってない、なんとなく呑気な口調で。
怪物はまだ、その人の後ろにいて、身体を真っ赤にして襲いかかろうとしているのに。
「とばすって、それより後ろ、うわぁっ!?」
焦りながら話しかけようとした瞬間、身体がすごい勢いで吹っ飛ばされるのを感じた。
「なんだっこれっ! ちょっ、うわぁぁ――っ!」
必死で腕のイリヤを抱きしめ、ありえないくらいの速さで飛ばされている自分たちにただ叫んでいたら。
「お疲れ様でございます。まずはこちらへどうぞ。あぁ、もうお手を離しても大丈夫でございますよ」
渋い男の声が聴こえて、気がついたら崖の上で座っていた。
話しかけてきた男に促されるままに。村では今まで見たこともない様な、立派な椅子の上に。
遠くの方で、怪物の咆哮と大きな水音が何度かしていたけれど、この時はそれを気にする余裕はなかった。
「身体が冷えた事でしょう。よろしければこれをお飲み下さいませ。クッキーもございますよ」
混乱しすぎて呆然と見守っている間に、目の前のテーブルに湯気の立つコップと、見たこともない美味そうなものがのった真っ白の、欠けなんてどこにも見当たらないぴかぴかの皿が置かれ。
「まずは傷を治してしまいましょう。ふむ。お召し物は……これでようございましょうか?」
男の落ち着いた声に促されるまま、コップに入ったいい香りのする飲みものを飲んでいるうちに、手足にあった擦り傷や打ち身が、瞬く間に治っていた。ところどころ破れていた服も。
「わぁ~すごいっ! ヒューすごいよ! もう痛くない!」
口元に何かの食べかすをつけたイリヤが、無邪気な歓声をあげている。どうやら皿の上のものをいつの間にかちゃっかり頂いていたらしい。
お前……たしかにいつも腹を空かせているのは知ってるし、育ち盛りのお前に十分食べさせてやれてないのは悪いと思ってるけど、もうちょっと警戒心もてよ。確かにさっきの人はたぶん助けてくれたんだろうし、この男の人はあの人の仲間で? 怪我も服もなおしてくれたけど、一瞬でなおるなんて、ありえないだろ?
もしかして、この人たちは村長の言ってた……。
「他に痛むところはございませんか?」
「うわっ、はいっ! だいじょぶですっ、ないですっ」
そんな事をこっそり考えていたら、いつの間に忍び寄ってきたのか。にっこりほほ笑む男に声をかけられた。
「僕はこれがもっと欲しいですっ」
馬鹿みたいに焦って答えた俺にかぶせるようにして、イリヤが元気よく言う。空っぽになった皿を突き出して。
お前なぁっ。
「イリヤっ」
「クッキーをお気に召されたようで何よりです。そちらは優様もお好きですからね」
さらに焦って止めようとした俺とイリヤに、男は笑顔でそう言う。
って言うかようやく気付いたけど、この人の着ている服、見たことのない形だけど、ものすごく上等だよな。汚れも皺も、もちろんかぎ裂きなんてどこにもない。このテーブルにかけられた布も、皿やコップだってものすごく綺麗で、たぶん村長達だって持ってない。向こうに繋いである馬も、体格が良くて毛艶もいい。
見たことも聞いたこともない飲みものと食べ物を俺たちにも簡単に出してくれて、こんな上等なすごい服や食器を持っているってこの人達は、つまり。
「お菓子もよろしいですが、もうすぐ優様が戻られ、お食事をされますから。よろしければお二方もご一緒にいかがですか? 獲れたてのオクトープスでございますよ」
俺が考えに沈んでいた間にも、イリヤと男の間では会話が進んでいたようで、男に笑顔で問いかけられたが、意味が判らなかった。
「は? 獲れたてのオクトープスって、あの怪物……」
「あぁ。丁度お戻りになられましたね。お帰りなさいませ、優様」
間抜けに問い返せば、男は後ろを振り返っていた。
その目線の先には。さっき空から降ってきて、その後俺達をここまで吹っ飛ばしたのだろう人が、中に浮かんでいた。
赤から灰白色に色を変えた、大きなおおきな、怪物と一緒に。
「たっだいま~、セバスチャン。いや~大漁、大漁。みてこれ。予想以上の大物だったよ」
なんか嬉しそうに言っているけど、海面までだらりと垂れ下がった怪物の手が、時折ぴくぴく動いているのは、気にしちゃダメなのだろうか。
「えぇ。さすが優様。なかなかの逸品でございますね。味見なさいますか?」
「魅力的だけど、先に下処理終わらせるよ。内臓、今回は使わないよね?」
「はい。身だけで十分でございましょう」
「じゃ、さくっとやっちゃうね」
「はい。お願いいたします」
海の魔獣。死神。神の怒り。
呼び名は他にもいろいろあるけれど、その姿を見たら最後、絶対に逃げられない死の象徴と恐れられていたはずの、怪物。いままで何人もの仲間を海に引きずりこんだ化け物。
海藻と貝を拾いにきて、十分警戒はしていたものの、あっという間に海から飛びだしてきたヤツを見た時は、恐怖で身体が硬直した。せめてイリヤだけでも助けようと岩場を必死に逃げ回りながらも、たぶん無理だろうと、ここで二人して死ぬのだろうと、諦め半分覚悟していた、はずだった。
そのバケモノが、たった一人の人間にあっさり倒されて、鼻歌交じりに切り刻まれている。
「ヒュー、あれ……あの人、」
さすがのイリヤも、目の前で展開するありえない光景に、目を見開いたまま硬直しているようだ。
「しっ! いまはなにも言うな」
もう間違いない。この人たちは村長達が敵のように憎んでいる、魔導師だ。それも、俺達はそんなのいるわけがないと内心では馬鹿にしていた、伝説級の。指の振りひとつで海を割り、魔獣を屠る大魔導師。森羅万象を支配する、魔獣よりも恐ろしい悪しき存在。
そんな、村長や有力者たちが言っているような恐ろしい存在には見えないけど、もしそうだとしても、どうでもいい。
この人たちなら。
怪物を鼻歌交じりに倒して、喰らうようなこの人たちなら。きっと村を、俺達を救ってくれる。
救ってもらう為なら、なんだってしてやる。
俺は密かにそう決意して、汗のにじむ拳をぎゅっと握りしめた。
異世界の一般人・ヒュー君の視点でお送りしました。優との温度差をお楽しみいただけましたでしょうか?




