059 タコとタコパーティーと彼ら
「明日」には間に合いませんでしたが、続きをどうぞ・
「おぉセバスチャン、タコだよ蛸!」
素敵銀色執事様が示した先には見えたるは、軟体動物門、頭足網、タコ目、タコ。
我らヒトから見れば頭のように見える胴を持ち、8本の吸盤のついた強靭な手をもつ海の暴れん坊。
「わぁ~蛸だタコだ。あれは真だこかな~?それともイイダコ? お~手がうねってる。イキがいいねぇ」
「灰茶の体色と、側面に大小の突起をもつ胴体部分の形状から、真だこに一番近いかと。大きさは少々異なりますが」
「確かに」
わたし達が足を止めた崖沿いの道。
そこから50mほど先の崖下にある岩場に乗り上げるようにしているあのタコ君は、日本でよくだべられている真だこの……う~ん。何倍だろう? 足の部分だけで、10メートルくらいありそうだなぁ。
「あれはおそらく、カルプニア連合王国の周辺海域では、オクトープスと呼ばれ、昔から恐れられていた海の魔獣でございましょう」
「あ~、クラーケンちっくな絵の」
「おそらく」
サカスタンの図書館では文献情報しかなかった海の生き物たち。アロイスさん家の図書館には、絵もあったんだよね~。伝承や御伽噺レベルでやたら恐ろしげに描いてあったけれど、性質についてもある程度は把握できた。
「ふむ。結局、他の魔獣と一緒だよね。なりこそ大きいけど、タコと同じく眉間が急所。水の中では自在に動けるけど、地上では動きが鈍る。丁度今、目の部分まででてるから、さくっと突いて水揚げしちゃおう」
「優様。オリーブオイルと塩は存分にございます。小麦粉も補充済みでございますから、マリネに唐揚げ、たこ焼きも可能でございますよ」
「さっすがセバスチャン! じゃぁ、レッツ、タコ釣りタコパーティー!」
掛け声とともにお馬さんはセバスチャンにお任せして、蛸めがけてまっしぐらに海上を飛びます。
あっ、と。
タコ釣りの前に、タコに襲われているっぽい少年二人は邪魔だから、保護しとこう。うん。取りあえず素敵セバスチャンに丸投げで。
***
「うっし。これで下処理完了」
「優様。いつもながら見事なお手前でございます」
「いえいえ。タコはよく父さんと釣ってたからねぇ。手早く処理しないと、鮮度が落ちるし」
釣ろうとした巨大タコに逆襲されて……なんてことは、もちろんなく。風の刃で眉間をざっくり刺して体色が変わったところを水揚げ。はい。文字通り、海水からあげました。予想以上の大物でした。
ここでワンポイント!
眉間をさっくり刺しても、タコはしばらく動きます。手をウネウネと伸ばしてきますので、後処理する邪魔をされないように、平らな地面(この場合は岩ね)に手を誘導して、吸いつかせましょう。吸いつかせたら後は簡単です。胴体を持ち上げ、めくり、内側にある胴と足をつなぐ筋を切り、そのまま胴体を裏返します。
出てきた内臓は今回食べないので、海中へ。きっと海の仲間達が美味しく頂く事でしょう。あ、その際に「墨袋」を破かないように注意しましょう。黒っぽいのがそれですが、イカスミと違ってタコスミは美味しくないらしいです。そしてタコスミは、洋服などにつくと取れません。
「さ~てと。後は、砂や汚れを水で落として、塩でもんでモンデ揉んで」
「優様。そこからは私が」
「え、いいよセバスチャン。ついでだからやっちゃうよ。滑りで汚れちゃうかもしれないし」
「魔術ですべてやってしまいますから、問題ございませんよ。優様にはこのお二人の対応をお願いしたく」
「お二人……?」
セバスチャンの言葉に思わず首を傾げてしまいましたが、美しい白手袋が示す方向に目を向けて、納得。
「あぁ。襲われていた少年二人」
そこには、目を大きく見開いてこちらを凝視している、少年と、少年と青年の間くらいの男が座っていました。
ちなみにお二人は地べたではなく、椅子に腰かけています。はい、さすがの素敵執事セバスチャンが鞄から出した、テーブルセット(もちろんクロスつき)の椅子ですね。
うん実はね。「お客様を応対することもありましょう」とか言って、四脚とテーブルでひとセットにして持って来ていたみたいです。ちなみにちなみに、テーブルは引っ張れば大きくなる仕掛けのある奴です。もうさすがと言うほかありません。………アヌーとミーナが用意したドレスといい、家の子たちは未来予想でもしているのだろうか。それとも、基本街以外は原野の異世界の旅装備は、これが標準?
まぁいいや。
「えぇ~っと。初めまして。怪我は……あぁ、セバスチャンが治してくれたみたいだね。服も綺麗になってる。あ、他に痛いところがあれば言ってね?」
失態を挽回すべく、笑顔でご挨拶。彼らの風習が判らないから、握手の手をだしたりはしません。
いやいや、失敬しっけい。タコくんの予想以上のでかさにテンションが爆上がりしちゃいましてね。タコくんがこれだけデカイんなら、魚なんかも期待していいんじゃない? 後で釣っちゃう? 釣りバカしちゃう? これで当分は海産物に困らないぞ~! などと脳内フィーバー状態で処理をしておりました。
はい。わたくし。母上によく叱られるのですが、その状態になってしまうと、その前の事を忘れると言うか、どこかに放り投げます。で。フィーバーの間は、あんまり周囲の事に気を配りません。まぁ弟に言わせると、肩をガックンガックン揺すりながら耳元で怒鳴りでもしなければ、声をかけても気づかないくらいだそうです。
うん。迷惑ですね。もうすこし気をつけよう。
できるだけ。
なんてことを考えている間、二人の反応を待ってみたのだけれど。
「……」
はい、無言で凝視されました~。
より正確に描写すれば、わたしが歩み寄った分、ちょっと身を引かれました~。ついでに彼らが動いて椅子がガタッと鳴って、少年の方がびくりと身を竦めました~。
「えぇと。もしかして、言葉が通じていないのかな。これならわかる?」
怯えているようにも見える二人の反応が気になるところだけれど、タコくんに襲撃され(ていたっぽい)、まだショックが残っているかもしれない。それに、カルプニア連合王国の公用語で話しかけたのが、不味かったのかもしれない。
そう思い直して、サカスタンでも使われている周辺諸国の共通語で話しかけてみた。
「……」
はい、無言2。
とはいえ、二人で顔を見合わせているところを見れば、耳は聞こえているし、話しかけられているということは、理解している模様。
ならいいや。便利な魔導さんに頼ろうにも、相手がまずは喋ってくれないと、翻訳解析のしようがない。第一、お腹すいたし。彼らもセバスチャンに渡されたのであろう、お茶飲んでいるくらいだから、怪我などはもうないのだろう。わたしも食事しながら、彼らが落ち着くのを気長に待たせてもらおう。
「優様、お待たせいたしました。すぐ食事になさいますか?」
はい。これまたさすがの執事様。わたしが座ろうとしたタイミングで、いつの間にか斜め後ろにスタンバイ。椅子をすいっと引いて下さいました。
同じテーブルに向かい合うことになった少年達がびくっとして身を引こうとしたようですが、残念! 君達の後ろは崖だから、それ以上下がれないよ。
「そうだね。ひと仕事してイイ感じに空いてる。セバスチャンが疲れていなければ、お願いします」
「それでは、こちらのマリネからご賞味くださいませ。少々大物ではございましたが、あのタコは味が大味という訳でもなくようございました。本日のランチはタコづくしと参りましょう」
「お~! いいね~」
さらりと目の前に置かれた白い器には、美々しく盛られたタコ足のマリネ。青物野菜との彩りも良く、なによりビネガーの香りが食欲をそそります。
ふっふぅ~。それでは手をきちんと合わせて。いっただっきま~す!
「……あのう」
食べるかどうかわからないけれど、二人前には少し少ないくらいの量を残して、あらかたマリネを食べつくした頃。年嵩に見える少年(少青年と命名)が、口を開きましたよ? カルプニアの公用語で。
「あ、言葉は通じてたんだ。あ、ごめんね。食べながら話すけど、良いかな?」
まだ身を引いた状態のままですが、口を開いてくれたのでよしとしましょう。ほら、引っ込み思案くんなのかもしれないし。たぶん彼らにとってわたしの格好(愛しのメイドちゃん謹製の生成りシャツにカーゴパンツですが何か?)も、平たい顔族な容姿も見慣れないものだろうし。
また口を閉じられてはかなわないので、笑顔を心がけつつ、ついでにマリネを勧めておきましょう。あ、セバスチャンありがとう。うん。素揚げも絶品だね! 君達もお食べよ。
「えっと、はい。先ほどはすいません。ちょっと……驚いてたもんで」
勧められるままに、マリネのお皿を受け取る少青年。ふむ。年下少年は、素揚げに興味津々だね。さぁさぁ食うがいいさ。
揚げたてのタコを大皿ごと彼の目の前に押せば、隣の少青年をちらりと見上げ、わたしの手元をみて、フォークを取り上げぶっ刺して、パクリ。
おぉ、熱さに驚いとる、驚いとる。彼らは揚げものはあまり食べないのかな? でもうまかろう?
「驚いてた? あぁ、あのタコ……オクトープス君に? そういやなんで君達、襲われてたの? あ、食べながらでいいからね」
少年の様子にほっこりしながら、少青年に聞き返す。フォークを置こうとしたからそれは留めて、自分も素揚げタコを味わいます。うま~。
「オレ、いえ、僕、あちっ」
「ごめん。それいまさらだけど、揚げたてで熱いから気をつけて。ちなみにこのリモンをつけても美味しいよ」
「……大、丈夫です。頂きます」
「ヒュー、ボクにもそれかけて」
「行儀悪いぞイリヤ。ちょっと待ってろ」
横からお皿をぐいっと突き出してきた少年に、諌めながらもレモン(リモン)を絞ってあげる少青年。
二人は兄妹なのかな? 顔は……似ている様な、似てないような? ともかく、少年がイリヤで、少青年がヒューね。綽名かもしれないけれど。
二人の食いつきっぷりから判断すると、やっぱりこのあたりでは、魚介類を食べてなれているのかも。見たところ二人とも軽装だし、タコに襲われている時に持っていたのは、いまは足元に置いてある、植物の蔓を編んで作ったらしいカゴだけ。
ふむふむ。ということはですよ。
彼らが住んでいる村だか街だかはそう遠くないところにあり、彼らを送り届けるついでに名物のシーフード料理なんかにありつけたり、しちゃったり……?
「あの」
そんな皮算用をこっそりしていたらば、タコの素揚げを食べ終わったらしいヒュー君が口を開きました。
おう。なんだかいきなりキリリと決意に満ちた表情だね。
「はい、なんでしょう。ヒュー君でいいのかな?ちなみにわたしの名前は、優です」
「あ、すいません。オレ、僕がヒューで、こっちがイリヤです。ジュ、ターカさん?」
「あぁ、やっぱり発音しにくいかな。ユ、タ、カ。区切って呼ぶようにすると少しは楽かもしれないけど、好きなように呼んで下さい」
「えと、はい。……あの、ユ、タ、カさんは」
そこでぴたりとヒュー君の口が止まってしまった。なにか迷いでもあるのか、口を数度開けたり閉めたりして、逡巡しているようだ。
こういう時は、待った方がいいかな。なにか葛藤があるのかもしれないし、幸い食事はまだ続いているし。
あ、ありがとうセバスチャン。おぅ! 今度はタコとトマトのパスタですか。大好物です! うんそうだね。好みがあるだろうし、二人にはちょいと少な目で。にんにくも避けてあげて。
「あの、ユタ、カさんは……魔導を、使われるのですか? あの、空、飛んでましたよね。海の獣もあっという間に殺して、あの男の人もすごくて。お二人は、魔導師……大魔導師様なんですか?」
おや。ヒュー君が逡巡を終えたようだ。一気に色々聞いてきたね。質問しているはずなのに、何故か目線は、セバスチャンが美しく取り分けてくれたパスタにあるけれど。
迷ってないで、イリヤ君のようにがっつり食べていいんだよ?
「遠慮せずに食べてね。はい。わたしは魔導を使います。でも大魔導師とやらではありません。いまはお休み中だけど、魔導を使って魔獣の駆除をしている、ただの魔導士。狩人と言ってもいいかな。狩った獲物を売ったり、美味しく頂いたりしているから。ちなみに君が言う男の人、セバスチャンは執事さんです」
いま君達と食べているのも、狩りの獲物ですね。大きいのにぎゅっと味がしまって、美味しいよね~。
そして美味しい素材をさらに美味しく料理してくれているのが、うちの素敵格好良い執事さん。生活魔術から戦闘魔導までできるんだぜい。
「ただの、魔導士……?いやでも、あんな力は……でもそれなら」
ふむぅん。ヒュー君、君はあれかい。他人との会話は苦手系?それとも疑問があったらぶつぶつ呟いちゃう系? 顔立ちは中々整っているのに、君それじゃ、モテナイだろう。
せっかく執事様自慢をしようと思ったのに、またしても思考の波に溺れ始めたらしいヒュー君に、余計なお世話なことを考えてしまった。
ちなみにイリヤ君はと言えば、パスタが気に入ったようでお代りをしている。うん少年。隣のお兄さんは考え事の最中だから、パスタは置いといてあげようか。
「ヒュー君。考えながらでいいから、パスタ食べなよ。冷め」
「あの、ユタカ、さん!」
おぉう。パスタ皿を彼の方に寄せようと思ったら、皿が浮くぐらいの勢いで手をついて、ヒュー君が立ちあがりましたよ。
うん。ナイス、イリヤ君。よっぽどそれ気に入ったんだね。とっさに自分のお皿を死守して偉いぞ。他の料理はセバスチャンが守ってくれているから、大丈夫だよ。
「なんでしょう、ヒュー君」
取りあえず、落ち着け。水でも飲むかい?
そう思って、さり気なくできる執事様が横から渡してくれた、水のグラスを差し出せば。
「オレ達を、僕らの村を、救ってくださいっ!」
わたしの手ごとグラスをがっしり掴んで、ヒュー君は大声でそう叫びましたよ、と。
いや~今回は、予想以上に時間がかかりました。ストックはありませんが、続きは出来るだけ早く。




