058 シーフードが、食べたいんだよぉ……!
ご無沙汰しております。4か月ぶりに始まりました、優の異世界漫遊記。今回は海辺の集落が舞台です。
そもそもの事の起こりは、わたしの(いつもの)食い意地だった。
「……そりゃカルプニアは肉が美味しかったけどさ、セバスチャン。ろくにシーフードを楽しめなかったのが残念だったよね」
はいはい皆様、お久しぶりです。越谷優、もうすぐ30歳、大人の仲間入りです。
カルプニア連合王国の滞在を早めに切り上げた我ら一行、といいっても二人ですが、本日もカッポカッポとお馬の背に揺られております。
「うんまぁね? 首都が海には面していたっていっても、『海には見たこともない様な魔獣がいると恐れられている』って記録にあったから、ある程度は覚悟してたんだけどねぇ……」
先ほどからわたしがこぼしている愚痴のような独り言のような言葉にも、いつも素敵さ痺れるあこがれるぅの執事様は、微笑みながら相槌をうってくれる。
10日間ほど滞在した首都とその内海オクサファの地形は、トルコのイスタンブールとよく似ていたと思う。詳細な地図は売ってなかった(たぶん軍事機密?)し、宿泊先の大家さんに止められちゃったから、上空から確認もできなかったけれど、街を歩いた感じがね。
特に三重城壁とその周辺なんて、中世のコンスタンチノープルそのまま。つまりは、いくら魔獣の脅威があろうと目の前の海からとれる資源、海産物をふんだんとまでは言わないまでも使った名物料理にありつけるだろうと思っていたのだけれど……。
「まさか川魚のスープがちょっとある程度とはね~。それならサカスタンの方がよっぽどバリエーション豊富かも」
「皇国は海に面していない分、魚や貝類を干物などに加工しておりますからね。カルプニアよりはるかに魔導が使われておりますから、魔獣を撃退しつつの漁もある程度は可能。力のある魔導士でしたら状態保存をかけて、鮮度を保つことも可能でございますから」
「あ~ねぇ。たしかお貴族様たちは、富をみせつける為に食事会では必ずメニューに入れるって言ってたよね」
確かあれは、可愛いメイドちゃん達がカキフライを作ってくれた時。突発的に食べたくなり、ちょいと界渡りしてスーパーで買ってきて、夕飯にリクエストしたのだ。
何故か当たり前のように、仕事帰りに家までついてきたルーカスさんにもご馳走したらば、少々驚かれた後、そんなサカスタンのシーフード事情を説明してくれたのだ。
ついでに言うと、ルーカスさんは阪本先輩のお土産である、アジやサンマの干物にも驚いていた。
確かにね。こちらの市場や商会経由で手に入る干物はみんな、棒ダラレベルの固さ。水か酒に一昼夜つけて戻して、刻んでスープにするか、酒のあてと割り切って、ワイルドに焼いたのにかぶりつくか。先輩の地元名産と言うあのほっくりした柔らかくてジューシーな歯触りと味わいのある干物など、食べた事が―――――
「あ”~だめだ! そんなこと考えたら、ますます食べたくなってきたっ」
「なれば優様。本日の昼食は魚介をメインに致しましょうか。ヤスミーナが腕によりをかけましたブイヤベースをご賞味いただいている間に、ホタテとカキのフライを」
突然叫んだわたしにもちろん動揺することなく、セバスチャンが微笑みながらそう提案してくれる。
はぅ。素敵過ぎるよセバスチャン。最強だよセバスチャン。出発前に調理済みの食糧を携行品に入れていたけど、フライ用の油とかも持ってきてたんだね。
あぁ青空の下、きちんとクロスのかかったテーブル(もちろんそれも携行品に入ってます。ふかふかクッションの椅子とセットです)につき、恍惚モノのブイヤベースに舌鼓をうっている目の前で、素敵執事様が揚げたてのフライをサーブしてくれる午後の一時……それももちろん素敵で最高なんだけれど。でも。
「せっかく目の前に海が広がってるんだから、今日のお昼の食材は、現地調達しようかな」
そうなのです。さっきからずっと魚介類について語っていたのは、海沿いの道を通っていたからなのです。
アトロパテネから周辺の街に伸びる主要な街道は、魔獣を避けるためか、内陸側にある。
まぁ街道と言っても、かつてのローマ街道のごとく歩道と馬車道に分けられ、石まで敷かれたものではなく、人や馬などが踏み固めたものでしかないけれど。ついでに言えば、街道沿いだからと言って、魔獣が出没しないわけではない。そこはサカスタン皇国と事情は一緒で、そこを通る必要のあるアロイスさんのような商人や外交に携わる人々なんかは、魔導士や兵士、傭兵に守られながら移動しているそうな。
わたし達がその比較的移動しやすい街道をいかず海沿い、というより崖沿いのこの細い道を使っている理由は三つある。
ひとつ目。
侯爵令嬢のイライザちゃんに教育的指導をしたぱーてーで出会った第三王女(仮)の追手を撒く為。ま、これは万が一追手をかけられていれば、というものだけれど。
でもなんだかね。含みのある笑顔でしたから、ええ。勘弁してくれって言うくらい緻密に編まれたレースの扇の向こうに透けて見えた、口元。にんまりとでも表現したくなる、愛らしさではなく一種の怖さを感じさせる笑顔。
たぶん10代後半、自分の半分くらいの年齢の「少女」がしてほしくないなという表情を見た以上、越谷家の家訓にしたがうまでもなくとっとと逃げだして、大正解のはず。
理由の二つ目は、異世界の海を、近くでゆっくり堪能したかったから。
いや文献からだけれど、ここら辺りの海には結構大型の魔獣がいるのは知ってる。ソレに襲われたと思われる船の絵も見たし、報告書も読んだ。それを証明するかのように、アトロパテネは海沿いとはいえ、海岸線沿いは無人のままにしてあり、その空白地帯と街の間には、高い城壁が築かれている。だから街に滞在中は、三重城壁のてっぺんから海を遠望した程度。吹く風に潮の香りを感じて、「あぁそう言えば海沿いだった」と思い出すくらいに、海は遠かったのだ。
いくらこちらではほぼ無敵と思える魔力と魔導適性を持っていても、わたしがぜい弱なヒトである事に変わりはない。海から来たものに不意をつかれれば死ぬこともあるだろうけれど、それでも近くによって、全身に潮風を受け、陽の光に照らされ輝く水面を見たかったのだ。
次の目的地を特に決めていなかったし、急ぐ旅ではなし。足の向くまま気の向くまま。遥々とひろがる海原を横目にのんびり馬に揺れられる。いいよねぇ。
そして理由の三つめ、最大の理由が。
「せっかく海の近くにいるんだから、新鮮な魚介類を獲ってその場で食べたいじゃない。漁が盛んじゃないってことはさ、大物がざっくざく入れ食いで釣れるんじゃないの? 貝とかもさ、ものすごく大きいのが獲り放題なんじゃないの? それを殻つきのまま直火で焼いて、レモンをこうきゅいっと」
カルプニアを目的地と決めて以来くすぶっていた欲望が、口から飛び出してきた。
もうね、滞在を切り上げた理由のいくばくかはそれなんですよ。いままで海沿いの街を旅すれば必ず新鮮な海の幸を堪能してきたわたしですから。香りと日差しだけじゃぁ物足りないんですよぉっ!
「左様でございますか。ならばアレなどが丁度よろしいかと」
そんな風に、魂の叫びを漏らしていたらば。慈愛に満ちた微笑みを浮かべたセバスチャンが、すいっと白手袋に包まれた右手をあげて、海の方を指し示しましたよ?
「アレ?」
素敵執事様の整った手が導くままに、見た先には。
「……タコ?」
続きは明日。




