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伝説の魔導士? イエイエ、ただの出稼ぎです。  作者: 海山ヒロ
異世界で旅しよう・連合王国 編
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小話14 胃が痛い……。

お久しぶりの今回は、ヴェニスノ商人/アロイスさんの視点でお送りします。

「胃が痛い……」

「それはいけませんね、クリプキウス様。食べ過ぎ……ではございませんね。先ほどからほとんどなにも口にしておられませんでしたし。恐らくそれが問題かと。さ、こちらの薬湯をお飲みください」


 広い会場の一隅に目をやり思わず自分がもらしたのは、呟きにも満たない言葉だったが。いつの間にか傍らに佇んでいたこの執事殿にはしっかり拾われていたようで。柔和な笑みとともに銀色の盆を差しだしてきた。

 盆の上には、穏やかに湯気を立てる白磁のコップ。


「……寒気もする」


 いやお前、どこから沸いてでた? 執事や従僕は確か、控えの間で待機しているはずだよな?「先ほどからほとんどなにも口にしてない」って、いつから見てた?

 あふれ出る突っ込みをすべて飲下して(どうせ聞いてもあの笑みを浮かべられるだけだから)そう言えば、


「左様でございますか。お風邪を召されたのかもしれませんね。しかしご安心を。その薬湯には身体を温める効果もございます」


 心配そうに小首をかしげ、慈愛にあふれた眼差しをそそいでくれる。

 あぁもう本当に。執事の鏡だよ、このセバスチャン殿は! このタイミングで俺に声をかけたのも、たぶん足止めの為だろう?



「……ありがとう。頂こう」

 

 数瞬の攻防の後。先に目を反らしたのは、もちろん俺だった。最初からわかっていたことだが。

 銀色の執事殿は、したり顔をするわけもなく。カップを取り上げて礼を言えば。軽いお辞儀を返してきた。


 人肌よりすこしだけ熱めの薬湯は、ほのかな甘みがつけてあり、我が国で処方されるものよりよほど飲みやすいものだった。

 たぶんこれも、優秀すぎるこの執事殿のお手製なのだろう。会場を速足で突っ切っていく侯爵家のご令嬢を目の端にとらえた時から感じた、いままで体験したことなどなかった胃のあたりの痛みが、ゆっくりおさまっていく。

 それはとてもありがたいのだが、間が持たない。


「ユタカは、」

「我があるじにつきましては、ご心配なく。先ほど駆除も終わった様でございます。間もなくこちらに来る事でしょう」


 間が持たず思わず口からこぼれかけた言葉は、慇懃無礼な口上でぶった切られた。


「……そうか」


 いやお前、「駆除」って。意味分かって……もちろんだよな。その意味を含ませた上で、そう言っているんだよな。

 そうならば、会場の一隅、侯爵令嬢が取り巻きをひきつれて向かっただろう先、この銀色の執事殿の主であるユタカ・コシタニがいるだろう場所。その方向に目をやり、せめても盛大にため息を吐くくらいしか、いまの俺に出来ることはない。


 我が王国の第三王女殿下も臨席される今夜の夜会会場は、広い。巨大とすら言っていいだろう。なにしろ主宰である公爵家が贅をこらした首都の別邸。その大広間。広さこそ王城のそれに配慮して二番目に甘んじたものの、豪華さと美しさにかけては比べる物がない。


 楕円形のドーム型になった高い天井を彩るステンドグラスに、宝石のごとく輝く色石をまぜたシャンデリア。それらが織りなす眩い光を部屋中に拡散させるように、壁のほとんどは鏡で覆われ、その鏡の表面は歪みもなく、あくまですべらか。

 それは天井の高さに届きそうな窓のガラスもそうで、これほど歪みも曇りもない大きなガラス窓を、しかも二重の「断熱加工」を施された窓のある邸宅など、王国広しといえど、この公爵家くらいにしかないだろう。


 何故窓の構造まで知っているかと言えば、この屋敷の改装を請け負ったのが俺、というか我が商会だからだ。足掛け2年の大工事。広くはあるものの、少々古臭くなった首都の屋敷を、代替わりにともない現代的に改装したいのだと相談された3年前。工事規模の大きさに、笑いが押さえきれなかった。

 もともとこの話は大伯父にきたもので、サカモト達の叡智によって生まれ変わった我が家をみた大伯父が、俺に声をかけてくれたのだ。大伯父と、なによりサカモト達に、感謝してもし足りない。もちろん唯一神のアトロパテにも。


 少々自分でも張り切り過ぎたとは思うが、予算の範囲ぎりぎり(もちろん儲けは十二分なほど盛りこんである)で、我が商会と取引先、そして相談役としてサカモト、が持てるすべての技と知恵を結集して作り上げたのが、この宮殿であり、この大広間である。今夜はそのお披露目をかねた夜会だったのだ。


 が。まさか落成のその日に、崩壊の危機に陥るとは思わなかった。


 俺はせいぜい、生活魔術を操れる程度の魔力と魔導適正しか持っていない。そのため、探知能力自体も高いとは言えない。そして隣のサカスタン皇国と違い、我が国は魔導に重きをおいていないから、生活様式もそれに準じたものになり、魔力や魔導適性が低くともなんら問題はない。

 商用で旅をする場合は、道中の安全の為魔獣探知用の魔導具を携帯するが、首都の王城近くにあるこの公爵家の別邸にまでそれを持ってくることなどない。自分のまわりで談笑している、商人や貴族連中もそうだろう。


 だから。


 そんな能力の低い俺にでも感知できるくらいの魔力の高まりが、一瞬、ほんの一瞬ではあったが、あの隅から飛んできたのに気付いた人間は、少なかったに違いない。でなければ、今頃会場は阿鼻叫喚の大騒ぎとなっているだろう。


 あの一瞬。いま目を凝らしても人波しか見えない、そう。本来いるはずの者たちが「見えない」、あの一隅から飛んできた純粋な、力の固まり。

 音、は、しなかったと思う。

 光? いやなかったと思う。

 視覚や聴覚ではなく、皮膚感覚? もしくはそれ以外の身体のどこかで、それを感じた。感じた瞬間、身体ごと振り返り、商談相手に誰何されてしまった。


 何か大きなものに、腹をつき破られた感覚、と言えば良いか。それと同時に、いや前後して? 首筋につきたてられた牙が皮膚に触れた感覚と言うべきか。幸いにして40年とすこしの人生の中でそんな羽目に陥ったことはないが、陥りかけた事ならば何度かある。例えばサカモト達に救ってもらった、あの日。魔獣に襲われかけた日などに。


 腹の底がひやりとする様な、他にたとえようもない、あの感覚。闘いを生きる術としておらず、貴族でも王族でもない自分は日常的に合うこともなかったが、あれ(・・)が、命が脅かされるという感覚、なのだろう。あの一瞬、自分に向けられたものでもないだろうに、その……恐怖を、感じたのだ。ことさら超自然的なことを信じる性質ではないはずだが、第六感とやらが働いたのかもしれない。


続きは明日。予約投稿済みです。

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