056 触らぬ「バケモノ」に、祟りなし 3
少々放置していました。
「ふうん…『バケモノ』。『バケモノ』、ですか」
「…なっなんですの!? 先日のあの召使も、無詠唱であんな」
「召使? もしかしなくてもセバスチャンのことをおっしゃりたい?」
「セバスチャンだかなんだか知りませんわっ! たかだか使用人の分際であんな魔力を振り回すなんて恐ろ」
「はいアウト~。わたしだけでなく、うちの大事な素敵執事様のことを悪く言うつもりなら、今すぐ、物理的に口を聴けなくしてあげますから。それが嫌なら、しばらくその後先とご自分の処理責任能力を考えることなくよく回る口を閉じてくださいませんか?」
「…っなっ」
「あ、早すぎて、聞き取れませんでした? それとも理解力が、追い付かなかった? 最初から、繰り返しましょうか?」
どうやら学習能力だけでなく、処理能力も残念な出来らしいロココ・イライザちゃん。それならば貴女にもわかるようにお話してあげましょう。
あ、イライザちゃんのバケモノ発言のせいか、わたしの笑顔のせいか、顔を青ざめさせて後ずさろうとしているお友達たちも。貴女達は彼女より危険察知能力がありそうですが、ゴメンナサイね。逃がすつもりはありませんから~。
ここで会ったが運のつきと思って、一緒に片づけられて下さいな。
「うん。お答えがないので聞き取れたと判断して、思いついたことを五月雨式に申し上げましょう」
呑気にしていたらセバスチャンが来ちゃいますからね。もしかしたらアロイスさんも。わたしはお見かけしてないけれど、第三王女様とやらもこの会場にいるらしいし。
王族だからどうってこたぁありませんが、彼女はアロイスさんのお得意さんだそうですから。
そんな人のいるぱーてー会場で、素敵執事様@魔王にジョブチェンジを暴れさせるわけにはいかないでしょう。巻いていきますよ!
「あ、質問は後でまとめてお受けしますので、取りあえず黙って聞いてくださいます?」
イライザちゃんと、さっき「無礼」発言をしてくれたお嬢さんが口を開きかけたので、すかさず手を前にかざしてはい、ストップ。
「まず貴女は固定観念がひどくお強いようだな、と。そして視野が狭く、ご自分の『常識』=『世間の』『常識』と信じ込めるほどおめでたい…ッと失礼、え~っと。楽天的、そうそれです。楽天的思考の持ち主か、いくつか存じ上げませんがそのお歳になるまで護られて生きてきたのかな、と」
あぶねぇあぶねぇ。言葉使いに気をつけないと、イライザちゃんたらすぐ激昂しちゃうからね。まぁ煩くされたらされたで、実力行使しやすくなるけどさ。
上げたままのわたしの手が怖いのか、お嬢さん方が口を閉じている間に話をつづけましょう。
「ふむ。『護られて』というのも、適切な表現ではないかもしれませんね。ヒトは生まれおちる時こそ母親という絶対的な守護者が側にいることが多いですが、育つうちに必ず一人で立たねば、生きねばならなくなる。それをずっとそばで護ってくれる者などいません。
つまり危機を管理し対処する以前に、感知する能力を育てる、もし先天的に持っていないのならば何処かから持ってくるかしなければ、いずれ死にます。おそらく周りを巻き込んで。その生きる上で必須の能力の成長を促すことなく、ただ危機から遠ざけ目隠ししているのは、だから護るとは言えませんよね?」
この国、カルプニア連合王国の教育理念なんか知らないから、あくまで越谷家理論だけれどさ。
田舎からでてきたお上り坊ちゃんの言葉を鵜呑みにして裏も取ろうとしていなかったことから考えても、危機管理能力はゼロでしょう。
で、アロイスさん家で君を止めようとも諌めようともしてなかった付き人達も、ここで一緒に囀っていたご令嬢たちも、似たようなもんだ、と。
「で、です。その状態であると推察される貴女は、貴女の狭い『常識』の範囲外のもの、いままで目隠しされていたと思われる状況のせいか、それともおめで……楽天的すぎるせいか知りませんが、想像力もあまり育ってないようで。その想像の及ばないものが目の前に現れた場合、排除に動くのだな、と。
そんなものはない、そんなものがいる『はずはがない』『ある筈がない』そう思いこみ、目の前の『事実』ではなく己の思い込みを押し通すために、排除しようとするのだろうなぁ……と。わたしを『バケモノ』と呼ぶ貴女を見て、そんな事を思ったのですよ。なぜそんな無意味な事をするのかまでは、思い至りませんでしたがね」
むぅ。返事がない。ただの屍のようだ。
さっきまでぴーちくぱーちく囀っていたのに……いや黙っとけって言ったのは、わたしですがね~。せっかく長々と説明したのに誰からも反応がないと、ちょぉ~っと寂しいって言うか~。
うん。うざいですねこの喋り方は。心の呟きだけにしても。
「ま、いずれにせよ、いんじゃないですか。それでも」
長々と断罪するように語っていたくせに、肩をすくめてどうでも良いと言い放つ。
そんなわたしの態度についていけなかったのか、ロココ・イライザちゃんとその仲間たちの瞳が揺れる。
うふふ。いじめっ子の気分ですな。
やめる気ないけど。
「未知のもの、自分の理解が及ばないものに無条件で恐怖を覚えるのは、視覚と知覚が肥大したヒトの本能でしょう。貴女の好きそうな言葉で言えば、それが『普通』であると言えなくもない。だから、貴女がそうすることはヒトとしてみれば当たり前なのでしょうから、わたしは非難なぞしませんよ?」
はたして貴女達の世界に、わたしの世界と同じような知識があるのか、見識が広まっているのかは知らないけれど。
無知であることは「罪」ではない。知らないものを怖がる事が罪なのではない。ただ。
「ただ、愚かだなと、思うだけです」
はいまずは騒ぎにならないように、周囲を結界で覆って~。
あ、今回の「結界」は透明ではないですよ。目くらましフォログラフィー付きです。あの辺境伯のお坊ちゃんの対応で、というよりアロイスさんの反応で、こりましたから。
ふふん。わたしだって学習するのですよ。
「先に言いましたよね。危機管理能力、感知能力がないものは、死ぬだけだと」
つづきましては、結界の内側に、お嬢ちゃん達を囲むように氷の柱を人数分。
「ヒュオォオー」なんていう効果音と、ダイヤモンドダストのおまけつきです。
最初炎にしようと思ったのだけれど、彼女達のドレスや宝飾品に盛り髪が燃えるのは、お付きのメイドさん達に申し訳ないな、と。
まぁ燃えたら燃えたで、直しちゃえばいんだけどさ。やっぱり美しいものを傷つけるのは、ねぇ?
その点氷のであれば、ほら冷凍保存されるだけだし。
人いきれでむっとしている会場が過ごしやすくなったし、言う事ナッシン!
「え~っと。聴こえていますか~?」
ぱーてードレスなんてものは、特に夜会仕様のものは、異世界とあちらでも変わりはないようで。
肩全だし、コルセットで寄せてあげた胸も上部はモロだし。
髪は盛ってあげているから、首と襟足も出している。
そんな状態で氷+風に囲まれれば、寒いよね~?
歯もカチカチ鳴って、顔を青ざめさせちゃうよね~?
ま、せまりくる恐怖のせいかもしれないけどさ。
「排除しようとする、それはいいです。でも相手は未知のものなんですよ? 理解が及ばないものなんですよ? どうやって、退けるんですか? その方法は? 相手がどのくらいの力を持っているのか、技を持っているのかわからないんですよ?
貴女達の魔力がものすごく強くて、魔導適性がとんでもなく良いのであれば、例えば指先一つで相手を宙に浮かせる能力があるのならば、問題ないでしょうけど。ほら、例えばこんな風に……」
「友情」や「愛情」というものは、結構簡単に計れるものだと思う。
例えばそう。危機的状況に陥った時に、「助けて」ではなく、「逃げろ」「走れ」と言えるかどうか。
彼女達の間にはきっと、そんな感情ないんじゃないかな。
手もなく持ち上げられ、風でドレスが捲られるのを押さえながら、「早くなんとかしなさい!」と喚くイライザちゃんや。
自分だけは助かろうとしているのか、奇声を上げながら結界を叩いたり、腰でも抜けたのか、床にへたり込んだりする取り巻きのお嬢ちゃん達には。
「間違っていたら申し訳ないんですが、イラ…ニキエイアさんと、その仲間達さんはそれほどの力はありませんよね? あぁ、ご心配なく。宙に浮かせられたところで、目障りな人間を目の前からどかせられるくらいですから。むやみな殺生はよくありませんしね。そのまま壁に叩きつけたりはしません。いのちだいじに。
それに、この街でいまお持ちの貴族の地位のままならば、魔力も魔導適正も、そこまで必要ないようですし。サカスタン皇国と違ってこの国では、能力より血が優先されるようですから、婚姻にも影響はないでしょう?
そう、いままでならば、それで問題ない。貴女が目隠しされたままであろうが、その結果や過程も知らず、気分一つで命令をくださし、それを叶えるだけの能力を持つ下の者が、周りにいるいまならば」
う~んイライザちゃんが男だったらな~。
このまま空中でグルグル回すとか、天井近くまで放り投げて---あ、省エネ仕様の結界だから、途中でぶつかるか。
でもただ浮かせているだけって、案外詰まんないものだよね。
イライザちゃんとその仲間たちの顔色は、えらく青とおりこして、真っ白になっているけど。
「ねぇ、ぜひ教えてくれませんか。お喋りしながら無詠唱で氷の柱をだし、貴女をこうやって浮かせられる『神話級の』魔力の持ち主を、どう排除するおつもりだったのでしょう?
貴女の持つその敵意、害意をそんな『バケモノ』に気取らせるだけならまだしも、投げつけて、どうするおつもりだったのですか?
だって相手は『バケモノ』なんですよ? 貴女を、魔獣のように瞬殺するならまだ良い。笑いながら…そうですね、例えば指先から徐々に千切っていくなどして弄り殺すかもと、考えなかったのですか?」
お遊びが過ぎると、素敵大好きカッコイイ執事様に後で怒られちゃうので。
念押しのようにそう言った後、床におろしてにっこりと微笑んであげたのに。
誇り高き侯爵令嬢ちゃんは、その豪奢なドレスの下部分を濡らしながら、その場に崩れ落ちましたとさ。
彼女の隣で同じく恐怖に震えながらも、なんとか伸ばした取り巻きの手も間に合わず、顔面から。
ロココとの対戦はこれにて終了。ちょっとオーバーキルですかね。




