小話13 馴染みの居酒屋で、先輩相手に愚痴ってみた。
主人公が観光している間、やっぱり割を食うのはこの方のようで。
「あ"ぁ~もう…優くん、はよ帰ってきてくれへんかな~」
優くんプロデュースのなつかしき居酒屋メニューてんこ盛りの、いつもの酒場の席についた瞬間。
だらしないのは百も承知で、俺は思わずよく磨かれたテーブルにべしょりと顔をうずめてもうた。
「…ずいぶん草臥れてるねぇ、阪本くん」
先に席についていた先輩の台場さんが、苦笑をにじませながらも、慰めてくれはる。
ホンマ、すんまへんねぇ、自分から誘っといてこんなグダグダで。
「でも帰ってきてくれって、越谷さんはほんの4日前に出発したばかりだろう?」
今日もくるくるテーブルの間を忙しく歩き回っている看板娘のヴェニツィアちゃんに合図しながら、台場さんは小首を傾げ、不思議そうにそう言わはるけど。
「『ほんの』4日前じゃのうて、『もう』4日なんですわ!」
その言葉に俺は思わず飛び起きて、その勢いのままテーブルを拳でドンと叩いてもうた。
店が混みだす時間ということもあり、半分以上埋まったテーブルのそこここから、ちらりと向けられる視線が地味に突き刺さる。
あかん。ちょぉ落ち着け、自分。いくらイライラしとるからって、先輩にあたるとかないやろ。
俺は、謝罪の言葉とともに周囲のテーブルに会釈した後、胸に手を当てて深呼吸してみた。ついでに軽く周囲に、消音の魔術も施しておく。
はい、吸って~吐いて~、大丈夫ですよ~…。
そんな、深呼吸の合いの手に、自分の頭の中だけでつぶやいてたつもりの声が、何故か件の後輩の声になってもうて。
あかん俺重症かも知れんと、勝手にへこんどったら。
「……えぇと。僕が鈍くて気付かなかっただけで、阪本くんと彼女は、そのう」
なんでか、皺のすこし刻まれた目元を赤らめた台場さんが、微妙に目線をそらせながら、とんでもないことを言わはった。
「ちょっ、台場さんっ、冗談でもそないなこと言わんといてください! どこで聞かれてるかわからへんねんから」
俺まだ死にたないんですわ!
「…聞かれる? 誰に?」
思わずテーブルの上に身を乗り出して激しい突っ込みをしてもうたけど、台場さんは通常営業やった。きょとんとした表情で、聞き返しはる。
おかげで足もとまで下がりかけた血の気が、もとにもどりました。
はぁ。癒し系やな~。
魔獣討伐を引退してからだいぶ経つのに、相変わらず俺よりごっつい筋肉してはるし。もみあげと繋がっとるごま塩顎鬚も十分いかついはずやのに、この癒しっぷりは、出会った当初から謎やねんな~。
ほんま時々、マイナスイオン出てんちゃうかって思うわ。
駆除で一緒に戦ってた時も、声荒げたところなんて、見たことあらへんし。この低いけど穏やか~な、聞いとるうちになんや眠なってきそうな声と、つぶらなおメメがポイントなんやろか。
それできっと、あの美人の嫁さんゲットしはったんやろな~。はぁ。ええなぁ……。
「---我らが上司様に、ですわ」
そんなあさってな事考えながらも、先輩の質問にはちゃんと答える。
反射的に脳裏をよぎりそうになった、ブリザード吹き荒れる昏い微笑みは、根性で消去した。
「上司…あぁ、ルーカスさん、か。つまり、『もう』4日というのは……」
台場さんの頭にも、美人上司様の花の顔が浮かんだンか、髭に囲まれた口に浮かべた苦笑が、ほんの少し、深くなった。
あぁもう、根性なしやて自分でも思うてます。
でも台場さんには同郷―――言うても台場さんは関東出身やけど。ほら、同じ世界の日本から来てるやん? ―――のよしみを最大限利用して、いままでも散々愚痴を垂れ流させてもうてるし。
消音の魔術もかけてるし、奥さんと娘ちゃんにはお土産渡して、許可もうてるし。
先輩、俺を癒してください!
「余裕こいて笑顔で送りださはったくせに。優くんが旅に出てから、たった一日しか持ちませんでしたわ。まぁ、言うてもその一日かて大分ぴりぴりはしてはったんですけどね。そんでまぁ~日を追うごとに、ブリザードブリザード。まだ秋の始めやっちゅうのに、あん人の周りだけ、極寒ですわ」
「あぁ…それは―――ご愁傷さま、かな」
「ほんまですよ。寒いだけなら、魔術で周囲の空気あっためるか、流れてくる冷気遮断すりゃ、えぇだけなんですけど?
もぉ~ね、流れてくるのは冷気だけやないンですよ。一応ご本人も抑えてはるみたいなんですけど、魔獣駆除の時なんかね、なんや黒い煙か霧みたいなんが、背中やら肩の辺からこうモクモクと…」
「えぇ?」
「冗談ちゃいますよ? これ。ほんま、台場さんにも一度見てほしいですわ。少年漫画かよって、余裕があるんなら突っ込みたなる魔闘気っちゅうか、瘴気っちゅうか…そんな霧がですね、魔獣を前にすると周囲に漂い始めるわけですわ。んで、普段やったら必要最小限の魔導で倒さはるのに、ストレス発散なんか、もぉ~えげつない術かけはるんですわ」
「それは、それは」
「二日目に遭遇した雀型魔獣は、あっちが火を吐く間もなく、消し炭になりましたわ。無表情で手え上げはったな思うたら、ゴゥッ!ですわ。
ルーカス氏やから無詠唱なんはわかりますけど、こっちになんも言わんうちに最上級魔術て、ドンダケですやん? そん時僕、横におりましたけど、慌てて障壁はりましたよ?
救援要請ださはった騎士団の人たちも、そりゃドン引きですわ。んで、縋るような眼を僕に向けられても、無理やっちゅうねん。あん人らを乗せてる馬が怯えるンは可哀そうやけど、無理無理。だいたいアレあんたらの国の人やん。そっちで…まぁもちろん無理やろうけど、どうにか抑えてくれんと」
「あ~…阪本くんの気持ちはわかるけど…」
「えぇ、えぇ、無理なんは僕が一番知ってます。あんなルーカス氏止められる猛者は、優くんくらいですわ。って言うても、そもそもの原因が優くんていうこのジレンマ!」
「はは…」
「優くんと、ヴェニツィアちゃん達にも頼まれてますし、なにより僕も食べたいですからね~。魔獣はできるだけ食材にできる形で、倒したいんですわ。
せやから一昨日かて、シュウシュウ怪しい煙だしてはるルーカス氏に、『優くんに怒られますよ~』って、内心、心臓バクバクさせながら、囁いたんですわ。ほしたらも~一瞬ギラっと睨まれてもうて」
「……」
「あ、俺死んだ。思いましたわ。一瞬ですけど。そんでもさすが? はルーカス氏。ちょこっとだけバツの悪そな顔しはって、ごにょごにょ謝らはって。後は淡々と殺してはりましたね。顔は無表情がデフォルトになってまいましたけど」
「あぁ~…」
ほんまにね。どんだけ超過勤務させるのかと。
普段俺らは自分の管轄エリアをメンテしとって、魔導士として派遣される場合も単独でか、同僚同士でペアを組むかで。
大規模討伐の時に皇国魔導団と組むこともあるけど、上司であるルーカス氏と組むことはない。
せやけど優くんが旅立ってからは、ほぼ二人三脚状態。そしてその相方は、常に俺。
ジャンケンに負けたのが、理由のひとつ。
くそっ、あん時グーを出しとけば……!
もうひとつは、ハーピーを消し炭にしたルーカス氏にびびった騎士団の隊長さん達が、派遣要請の時に俺とペアでって言うありがた迷惑って言うか、それ死亡フラグやん? え? 俺に死ねってこと? って条件を必ずつけてくるから。
同僚や後輩連中は、その要請書みるなりすごい笑顔でサムズアップしおった。
「後はまかせろ」言うて、助かったいう顔で心ん中もろバレやし!
ルーカス氏の執事グレアムさんにも、「坊ちゃまをよろしくお願いいたします」とか言われるし……。はぁ。
お陰でこれからしばらく、休みが~…もう駆除俺らに任せて休んでてくださいて、ホンマ言いたいけど、それはそれでストレス溜まって大爆発……おぉ怖っ!
その様を想像して震えながら、俺はだいぶ前、優くんの家に遊びに行った時のことを思い出した。
そうや、そん時にこうなることは、ある程度は予測しとったんや。
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栗色の髪のメイドちゃんに案内されて居心地の良い居間に入ったら、優くんはいつもの一人掛けのソファに埋まるように座っとって。なんや本に囲まれとったから、何してんねんてきいたら。
チラッと顔をあげて、知的探求の旅です言うて、ソファの左横にうず高く積みあげた本を漫然と手で指し示したんや。
「知りたいことがあったら、まずはそれについて他人が書いたものを読みます。同じものでもひとによって書き方は違いますし、馬の合わない書き手のものなら、舌うちしながら我慢して読むから慣れるまでなかなか進まないこともありますが、呼吸のあう……読みやすい書き手のものを見つけられれば、どれだけ大量でも、数日あれば読める。
で、読んでるうちに興味ができてきたもの、疑問に思ったことについて書かれた類似書をまた探して読む」
そう言うて、今度は右に積み上げられた本の山を指す。
どうやらその山は、これから読むその類似書とやららしかった。
「読む、だけ?」
その山の高さに半ばあきれながらも、気になったことを訊いてみると。
質問の意図がわかんとでも言うように、そのきりりとした黒い眉をすこしばかり
ひそめて、首をかしげやった。
「……? 書きだしたりノートを作ることもあるけど、わたしは学者でも作家でもないですから。第一、一度読めば覚えちゃいますよね?」
俺は、自分を今までことさら無能だと思ったことはない。一応名の通った四大を現役で受かって、留年もせんと卒業したし、就職も…それは今言わんでええやろ。
ともかく、まだまだ若造にすぎへんし、嫁ももわらんと異世界でタナボタでもうたみたいな力つこうて、のんきに生きとるだけやけど、それでも。
明らかに一般的でない気ィしかせえへん優くんの「常識」に関しては、反論しても無駄なような気がしたんで。曖昧に笑うて、先を促すことにした。
「で。そうやって読んでいくうちに、それらの事柄が脳みその記憶野だかどこかでつながってきます。データベースと言うか、辞典と言うか。それがある程度できたら」
そこまで言うと、いつの間にやらお茶を運んできてた執事様にニコッと笑いかけてから、あの子は手にしてた本を膝に置いた。
「本を置いて、今度は自分の目と口と鼻と身体全体で、確かめに行くんです」
読んでいくうち異世界の歴史とわたし達の世界の類似性がみられて、面白いですよ~。
そんな風に笑う優くんの周りには、ソファに埋まる身体を覆い隠すほどの本が積まれとって。あの子が旅立つ前には、いつもそんな光景が広がっているんやろうことが、容易に想像できた。
そんで。
本と一緒に、あん子に置き去りにされて途方に暮れている、誰かの姿も。
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「あ"~~もう、ホンマに。優くんはよ帰ってきて」
俺の心が折れんうちに。美人上司様が、壊れんうちに。
それからも、穏やかな微笑みを浮かべてくれはる台場さん相手にぶちぶちと。ヴェニツィアちゃんに看板を言い渡されるまで延々愚痴を垂れ流した、俺でございます、と。
ホンマ、すんません。ソレもコレもアレもドレもぜぇんぶ、優くんとルーカス氏が悪いんです!
もとから書いていた部分を付け足しました(2014.10.14)




