039 欲望のためならば努力は惜しみません。
ふむ。レイアウトをいろいろ考えましたが、ちょっと読みにくいですかね。
旅好きの虫にせっつかれつつも、なにせそこは異世界。いくら蔵書(まぁほとんどは各地の特産物について、魔獣への対処法、関係他国についての報告書の類ですが)の揃った皇国図書館でも、旅の指南書としてお手軽な「る○ぶ」もなければ「地球の○き方」もない。
セバスチャンと二人で目を皿のようにして、結界が貼られている閲覧禁止の書までちらりとのぞいたけれど、旅行の指南書はありませんでした。っち。
じゃぁしかたねぇ。自分で一から探して手配するかと調べたものの、そう簡単にもいかないようでございましたよ、と。
まず、旅の足。商用もしくは公用以外で旅をする人はいないので、旅の手段は基本、徒歩か馬(と鹿を足して割ったようなもの。わが国が誇るアニメ映画の監督作品の、ヤッ○ルを想像してもらえば近い)に似た生き物に跨るか、それがひく、馬車に乗るしかないのですよ。後は、ルーカス氏のような転送陣かな。
ただし。ルーカスさん印の転送陣以外のものは通常大規模であり、また転送陣自体、「知っている場所、つまりは陣と陣を結ぶ道ができている場所。着地点が分かっている場所」しか行けない。そうです。ルーカス氏から説明を受けた後、セバスチャン検索してもおなじ答えがでたので、そこは間違いないようです。
移動手段だけでなく、宿の問題もあります。異世界では旅が一般的でないから、設備の整った5つ星ホテルが主要都市に必ずあるわけもなく。
商用ならば、民宿のような宿にとまるか、知り合いの商人や友人の家に泊まるか。そこは公用であっても状況はたいして変わらず、選択肢に騎士団の砦などが入る程度。
これでは、いつも優秀キャー素敵~~のスーパー執事セバスチャンであっても、ネットでさらりとホテルと列車を予約、なんて出来るわけもなく。
「いたりませんで申しわけありません」と謝られてしまいました。若干八の字に下がった眉と眉間の皺に悶えそうになったのは、内緒です。
で。どうしたもんかと考えあぐねていたらば。
「なんや優くん、旅行行くんかいな。そんなら台場さん紹介しよか?」
偉大なる先人、阪本先輩が声をかけてくださいました。
先輩はフリーランス契約を結んでいるわたしと違い、ルーカスさんの会社の社員でございます。
錬金術を基礎とした魔導の汎用性の高さ、そして対人スキルの高さ(軽さ?)から、国境付近で地元自警団や騎士団と連携するなど泊まり込みの仕事を頼まれることも多いそうで、つまりは「公/商用で旅する人」なわけです。
うん。持つべきものは頼りになる先輩です。この間はしつこく絡んですんません。
心の中で謝りつつ詳しく話を聞こうと、ヤスミーナ特製のカレー(あえて日本で市販のルー使用)とアヌリン特製のガトーショコラを餌に、お家へご招待。
「お~猫や~ん。俺、むっちゃ好きやねん」
と、ご自分こそ猫のごとく目を細めて我が家の三猫を撫でつつ語ってくれたところによると。
「いや台場さんってのは、俺らの先輩でな、ルーカス氏にスカウトされて異世界来たんはええねんけど、やっぱどう~も魔獣退治は性にあわん言うて、やめはってんよ。
んでも、不況の日本でええ仕事があるわけやなし、年も年やし。ほんならここで一旗あげたるて、旅行会社作らはってん。まぁ言うても、J○LパックやらJ○Bやらとちゃうで?
こっちでは旅行するん自体、一般的でないらしいしから、主に商人さんの旅の手配をお任せ下さいってやつや。
大きな店はともかく、ちっちゃい商店なんかやと、新規開拓しに行くか言うても、その土地までどうやって行ったらええんやろ、宿はあるん? なんてことあるやろ。そう言う人ら代行して宿やら馬車やら手配してるんやて。あと、通訳か」
キッチンから漂ってくる魅惑の香りに辛抱たまらず、セバスチャンに呼ばれる前に、二人してリビングにふらふらと移動して。
しばし無言で味わってから、「か~やっぱカレーはバーモ○トやね!」。感に耐えたように阪本先輩は拳をにぎって唸り、「台場さんには、俺も宿と馬では毎回お世話になってるわ」とつづけた。
「何処行くかにもよるんやろうけど、俺よりよっぽどチートな優くんには通訳は必要ないやろうから、宿屋と馬か馬車か。
あ、サービスで簡単なパンフレットくれるで。旨い店マップ付きの。料金も、まぁ比較対象がおらんからあれやけど、俺らん世界と比べても安いおもうわ。なにより面どないんんがええよな~」
ほんとうに久々のカレーだったようで、そうやって説明してくれつつ、結局2杯もおかわりした阪本先輩。にっこにっことご機嫌さんの笑顔でお腹をさすりながら、「あかんもう入らへん~~」と言うので、ケーキは状態保存をかけて、お土産にあげました。
あ、ちなみにわたしは2杯しか食べませんでしたので、しっかりガトーショコラを頂きましたがなにか?
「ほなら台場さんには俺からも連絡しとくし。あ、これ、台場さんのアドレスな」
先輩が帰り際、ケーキを大事そうに右手にさげて、左手だけで器用に財布から抜いてくれたのは、名刺。そう。社会人の基本、日本でなら営業職事務職販売職関係なく、入社時の研修でまずはい相手の正面に立って~、35度腰をかがめて~なんて受け渡しの仕方を練習させられるであろう、あの手のひらサイズの長方形の紙ですよ。
いや~懐かしいもの見た。うん、サカスタン皇国の公用語ふたつを、読みやすい文字で併記したこれひとつとっても、冒険者(笑)にはならず堅実に生活しておられるその先輩に好感が持てますね! きっちり、旅の手配を整えてくれそうです。
ふむふむ。わたしが留守の間の猫たちの世話は、ヤスミーナとアヌリンにお任せするとして。連絡手段でもあり、なにより心の癒しであるセバスチャンは当然一緒に行くとして~。きゃっ旅先で二人っきりっ。ドキドキですね!
あとは、台場さん(先輩と呼ぶかどうかはあってから決めましょう)と詳細を詰める前に、まずはお休みの確保です。
なにせクライアントのルーカスさんは、責任感のお強いワーカホリックさん。今後も美味しいお仕事を快くまわして頂く為には、お休みはルーカスさんの機嫌のよい時を見計らい、さり気なく切り出さねばいけません。
まぁ彼とて鬼ではないでし、この為に社員ではなくフリーランスの契約にしているのですから、そこまでごねなれることはないでしょう。
な~んて思っていたわたしが、甘かったのか。
あるぇ? ルーカスさんはついに、時を止める魔導までも会得したんですかね。あ、いやわたしはこうして動けているから、ご自分限定の魔術?
なにか書いてる途中だったようだけど、羽ペンの先を羊皮紙につけた状態で止まってるもんだから、染みの様にインクが広がりつつあけど、大丈夫なんだろうか?
「あの、ルーカスさん?インクが染みの様になってますけどい」
余計なこととは思いつつ、何故か突然ぴたりと固まったルーカスさんに声をかけてその顔を正面から見て―――
後悔した。
エマージェンシー、エマージェンシー、総員緊急退避願います!
あぁああ、わたしこれ知ってる。この状況、前もあったわ。異世界に越してこないかって、誘われた時、なんでか知らないけど、ルーカスさんがいま見たいな状態になったわ。
真っ白な人形のような顔。いつもならば空の蒼とも海の碧とも例えられるふたつの瞳が、真っ黒な穴のようになって。
そこに目を合わせれば、暗いくらい底なしの穴の淵ぎりぎりにしゃがみ込んで覗き込んでいるようなここちになって、吸い込まれるように………。
っていうか、ダメなご主人様でごめんなさい。でもセバスチャーン、助けて~~!




