小話8 馴染みの居酒屋で、後輩と酔っ払ってみた。 1
はい。作者お気に入りの阪本先輩再登場です。ただの酔っ払いの馬鹿話。ご笑覧くださいませ。
「優くんはぁ~、ひどいやっつや」
「…はぁ?」
「あぁちゃうやん、酷いんやのうて、イケずやった」
「え、阪本先輩、喧嘩売ってます? 酒の席だろうと、売られりゃ買いますよ?」
とりあえず、表出ましょうか?
自分でもわかるくらい酒の回った、震える指でさした後輩は。
こちらに負けず劣らず酔ってすわった眼で俺を見返すと、三日月の形に口をひらいて、笑った。
「あ~~。俺、ごっつう酔うてるわ~。あっちにいてた時と違うて、呑む機会減ったからな~。『酔鯨の阪本』と呼ばれたこの俺が……ハハハハッ」
いつものタブラオの、いつのも席で。差し向かいにすわる後輩に、帰省土産のご当地ポッ○ーやらポン酢やらを渡した後は、いつも通りの無礼講。
まぁ無礼講言うても、口調と呼び方以外、あんまり敬われてる気はせんし、へんに謙られても困るし。夜明けの珈琲(一回こう言ってみたかってんけど、アカン、ヘンやわ)を一緒に飲んだこともあるわりには、この子と俺の距離はあんま変わってへん。それでええねん。たぶん。
で。まぁいつものように、暢気に馬鹿話をしてたわけや。
同じく故郷のん言うて土産を届けた店のマスターが、お礼や言うてサーヴィスのごっつ旨いアテを、わざわざ俺らのテーブルまで持ってきてくれたり。
そのマグロによう似た赤味の魚は、この間優くんが仕留めた魔獣やったり。ちなみに味もマグロに似てました。うん。
常連のおっちゃんらが、「お前ら相変わらず、よう喋るし呑むな~」なんて言いながらも、久しぶりやんて一杯おごってくれたり。
そぉんな楽しい夜を過ごしてるうちに、なんでかほっと、俺らのお綺麗な上司様の顔を思い出したんや。
いや洗脳ちゃうで? たぶん。
そりゃ、スケジュール確認で今日帰ってきたその足で、ルーカス氏の書斎に寄ったけど。たまたまおらんかったから、執事さんに土産託して、なんかあったらメール下さい言うて。たまたま同じ用件で来てた優くんを呑みに誘った後に、あれ、これ後で知られたら、俺怒られるんちゃうん? って思っただけやし。…何で怒られるかは、俺たちのいままでの活躍を見よ! って……まぁ、ええですわ。
いや怖いですよ? あの美人兄さんは。いまもなんや背中がゾクってなったし。いや、頼むし、ほんま脅すのヤメてんか!
……まぁ、ええねんて。
ほんで、酒の肴に優くんが、面白おかしく最近のことを話してくれたわけや。そうあの、「突撃お宅訪問~。皇居編」を。
はい、ぶっちゃけね。俺、良かった~思うたわ。その場っちゅうか、その日に異世界におらんで。
いやだってな、巻き込まれとうないもん。ほらボク、弱いですやん? 小心ものですやん? そんなタタリ神みたいんになった優くんに近づくなんて無理やし、止めるなんてもっと無理やし。
まだ会うてへん、その必要もまったくないやろうから今後も会わんやろう、皇帝さんやらその他のお貴族さんは、まぁお疲れさんっちゅうことで。災難を自分で呼び寄せはったんやから、そりゃ、しゃあないですわ。
こっちの世界と違うて、俺らの国には身分制は一応、ま、建前上? ないから。ん~、それに、長いものにできるだけ巻かれろなイヌ気質の男の俺とは、優くんは根本的な考え方がちゃうしね。
まぁ俺かて腹減っとって、呼びつけられてさんざっぱら待たされたのに、会うたこともないおっさんにいきなし偉っそにされたら、キレるかも知れへんけど。
それより可哀相なんは、ルーカス氏やと思えへん?
優くんの危険性を一番ようわかってるやろうに、それにまぁ、あのヒトこの子のこと好きやん? 激らぶやん? 愛しちゃってる…んかまでは知らんけど、絶賛片思い中やん? 俺を脅すくらいには。
それなのにまぁこの子ぉは………。
「いや~優くん、ほんま酷いわ~。酷すぎるわ~。どこまでドSやねんっ」
そんなん言いながら、ワイワイがやがや、楽し~く話とる周りのお客さんらがひょっとこっち振り返るくらいの大声で、俺はひとしきり笑って、優くんに突っ込みを入れた。
にしても、酔っ払いって、なんで意味もなく笑うんやろ。まぁ俺の周りにはおらんけど、たまぁ~に泣くんもおるやんか。あれはウザイよな。正直。あと、怒り出すか説教するか、それがセットの奴。残念ながら俺のツレにもようさんおるわそういう奴。
いやま、ツレやしね? 俺と違うて、今もニッポンのサラリーマンしてはる奴らがほとんどやから、そらストレスも堪るわな?
うんソコはなんせツレやし、学生の時分に比べれば呑むどころか会う回数も減ってるわけやし、俺でよければなんぼでも話聴いたるし。
いやでもちょぉ~っと、会話の種類は選んでほしいかな? いやほら、こっちはしがない独り身やん? 仕事の愚痴ならともかく、嫁への愚痴なんか聴いてもうたら『そらあんさんただの惚気ですやん』て、うちの婆ちゃんがそのうち口から出そうになるわ。ほんま。
って、また思いっきり話それてるやん。いや、話してへんけど。独り言すら呟いてへんけど。
女の子をほっぽっとくのは、マズイで俺~。いや優くんのこと女の子扱いしてるか言われたら、そらちょっとの間、首かしげてまうかもしれへんけど……いやうん、嘘です。ボク、嘘言いました。だからそんな冷たい、蔑むような目で見んといて!
「阪本先輩、それ振りじゃなくて、ほんとに酔ってるようですね。珍しい……というよりも、それだけ分かりやすく酔ってる先輩を初めて見ました」
俺がひとり独演会(ただし心の中だけです)をしている間にも、優くんはひとり酒を楽しんだはったようで。
ふと見れば、今日も美人の看板娘ヴェニツィアちゃんが、そのシュッとしたほっぺをピンクに変えて、汗かきながらせっせと運んでくれたウーゾのボトルが、いつの間にかテーブルを埋めようとしていた。
「な~ホンマにね。自分でもびっくりやわ」
高知出身のオカンに似たんか、姉ちゃんも俺も酒に強い。学生時代だけじゃのうて、短い会社員生活でも大体いっつも介抱役やった。
優くんと夜明けの珈琲(しつこいって? そらまた失礼しました~)飲む前の晩も、ケタケタ嬉しそうに笑てたこの子を……うわっなんかいま、寒なった!ゾクッとひやっとした!! ル、ルーカス氏!?
「まぁ『鬼の霍乱』なんて言葉もありますし、あれは暑気あたりらしいですが、たまにはいんじゃないですかね。少ない酒で酔えるほうが安上がりですし、第一身体にもいいでしょう」
そういう貴女さまは、あんまり酔うてるようには見えませんが……?
さぶいぼ(鳥肌っちゅうやつやね)が立った腕をさすりながら、優くんに聞こえんようにそう呟いてみる。
「わたしも酔ってますよ。おかげ様で」
はい、聴こえてますよね~。うん知ってた!
「優くんはあれや、おっさんスキー言うてるわりには、男に冷たいやんな」
「…なにを思ってそう言われるのかわかりませんが。……まぁそうですね。相手にもよりますけど、その存在だけで心が温かくなる女の子と違って、特に男性に優しく接する義理はないとは思ってますね。正直男性の数はもうちょっと、いえ今の十分の一くらいに減った方が、人類と地球のためになるとも常々思ってますし」
いやいや優くん、『それがなにか?』みたいな目で見られても、君の目の前におる俺も一応、男やしね?
あーはい、判ってます。うん。付き合いはそこまで長ないけど、差別っちゅうか、そこら辺確実に……たとえば、ヴェニツィアちゃんになんか注文したり話しかけたりする度浮かべてる笑顔が、こっち見る時にはさら~っと消えてるとか……アカン。お兄さんちょっと、哀しゅうなってきたわ。
「…えっとな、なんつうか…あくまで俺の印象な? 個人的意見なんやけど、優くんて、色恋? はぁ? 何それ美味しいの? 役に立つの? っちゅう感じ?」
あかん俺、本格的に酔うとる。美人上司様の指令で探ったとき以来、地雷やと思て避けてる話題やのに、なにザクザク踏みこんでんねん。
反応が怖あてあさっての方向見ながら、内心逃げる算段をしてたけど。酒のお陰か、優くんはむっとしたようにりりしい眉をしかめただけで、手をひらひらさせて結構普通にこたえてくれた。
「いやいや御言葉ですが、わたし、惚れっぽいですよ? 今朝だって、朝食の珈琲を淹れてくれる素敵セバスチャンの流れるような所作を見ただけで心臓がばくばく言ってしまいましたし、爽やかな朝の光を浴びて後光がさしたようなその微笑みに悶絶しかけ…してましたし。この間だって」
「それ、惚れてるんやのうて、『見惚れてる』んやっ」
うなれ俺の黄金の右手! ここで突っ込まなんだら、どこで突っ込むねん。
それはただのフェチや、嗜好や、おっさんスキーやって誰かこの子に言うたって…って俺かい!
お約束の反応に、思わず一人ボケ突っ込みを繰り広げていたら、優くんが突然居住まいを正して、こちらを見つめてきた。
なぜかいつも長くなる……。
中途半端ですが、ここでいったん切りましょう。




