小話7 「スクープ!ルーカス(無口無表情無愛想、愉しいことなんてあるの?)兄上に、恋の予感!?」後編
引き続き、ルーカス君の妹、エド(エドウィナリア)のターンです。
で、だ。兄上にそんな顔をさせた御仁ならば、妹として、また皇国の安全を預かる皇国騎士団の一員として、是が非でも会わねばなるまいと、本日、面会の約束を取り付けるに至ったのである。
場所は、兄上が普段暮らされている別宅の書斎。応接室でも良いが、より親密な雰囲気を演出するべく、また変に構えられないよう、彼女が仕事でちょくちょく訪れると言う、書斎を選んでみた。
もちろん女性に会いに行くのだから、手土産も忘れはしない。兄上と兄上付きの執事グレアムから入念なリサーチをし、皇都でいま人気のガレット数種と、念には念を入れて義姉上が手ずからブレンドされたご自慢の花茶も持参した。
なにせ、あの兄上の想い人(あの衝撃の夜、兄上は必死にごまかそうとしておられたが、伊達に24年妹として過ごしてきたわけではない)である。しかもつい最近、皇帝陛下とあの三馬鹿卿を筆頭としたお気楽宮廷人たちがやらかしてくださったお陰で、皇国貴族全般に悪感情を持ってしまわれたかもしれない。
面会の約束を取り付けるまでにも、ひと悶着あったのだ。兄上の妨害は予想していたが、「え? 何でですか。接点も、会う必要もないですよね?」という、彼女自身の正論にさらされ、計画がとん挫しかけたのだ。失敗は、許されない。
というわけで、まるで初戦に臨む新兵のように緊張してしまった私を、笑うものなどいないだろう。
彼女、コシタニ・ユタカは、小柄な女性であった。
兄上の書斎の椅子にちょこんと腰かけたその姿は、我が国の大抵の令嬢よりも華奢で、その艶やかで豊かな髪は皇国でよく見かける、陽に透かせば褐色に見える黒。
肌の色は…象牙よりもう少し、暖かい。そしてノックの後扉を開けたこちらを振り返って見えた大きな瞳は、髪色よりも濃い黒曜石のような色をもち、面白そうにきらきらと輝いていた。
まぁ実を言えば、書斎に入った瞬間、それらを冷静に見て取れたわけではない。兄上からくどいほど注意をされ、皇居での件も聞き及んでいたので、あらかじめ結界は張っていたものの。彼女と目があった瞬間、一瞬息が止まった。
「…ユタカさん」
扉のノブを握ったまま足を止めてしまった私をみて、ため息とともに兄上が彼女の名を呼べば。この身を覆っていた圧が、霧散した。―――巨人の手でじわじわと握りつぶされるような圧倒的な力であった。
「ユタカさん、ご紹介しましょう。私の妹のエドウィナリアです。エラムと同じ皇国騎士団の、第1中隊の小隊長を務めています。エドウィナリア、こちらがコシタニ・ユタカさんです」
執務机の向こうで立ち上がった兄上が私の方に手を向け、彼女に紹介してくれる。合同演習や会議で何度か顔を合わせたことのある、第7中隊のハッスナー隊長の名が何故ここで出てきたのだろうと一瞬訝ったが、彼女のぷっくりとした唇が笑みを形作ったのをみて、納得した。
「おお、ハッスナー隊長のご同僚ですか! 彼にはなにかとお世話になっているんですよね~」
その小柄な身体と細い首から想像するよりも幾分低い声で、砕けた口調でそう言うと、にこにことあどけないとも言える笑顔を浮かべて、彼女が私を見た。おかげで初見の衝撃から立ち直ることができた。
「お初にお目にかかります、麗しの魔導士どの。ルーカスの妹のエドウィナリアです。私のことはどうか、エドとお呼びください」
兄が声をかけてくれたので、その膨大な魔力を抑えてくれているのだろう。おかげで楽に息ができる。こうなれば当初の緊張などどこへやら、女性の前では自然にすべらかに動くこの口が、勝手に最適な挨拶を紡いでくれるはずで、私は令嬢達が可愛らしい悲鳴をあげてくれる笑顔を浮かべ、恭しく一礼して、彼女の視線を真正面から受け止めた。
「…なるほど。兄上からお聞きして以来想像を逞しくしておりましたが、それを遙かに超える愛らしさだ。特にその黒曜石の瞳には、この卑小なる我が身が吸い込まれてしまいそうです。
どうぞこの私めにも兄上と同じく、その名をお呼びする栄誉をお与えください」
同僚がいつも呆れる手腕を、ここぞとばかりに発揮して一歩間合いをつめ。膝の上にあるその小さく柔らかい手をとり、くちづけてみた。
兄上にも聴こえるように、リップ音を響かせて。
「…いや~エドウィナリアさんは、『ザ・男装の麗人』だったんですねぇ。ルーカスさんの妹さんだから、超絶美人さんであることは予想していましたが……いや素晴らしい。宝塚みたいですね」
そのすべらかな肌の柔らかさを密かに堪能しながら顔をあげれば、片側だけ口角をあげた彼女が見下していた。その頬や目元はまったく赤くはなく、ただ面白いと言う色を浮かべている。
ならば私も、本気でかからせて頂こう。
「タカラヅカ……とはなにか分りませんが、この姿がユタカ殿のお気に召したのならば何よりです」
「あぁはい、わたしも美しいものは好きですから。と言っても、ごてごてと飾られたものは維持が大変そうだな~と思いますし趣味ではありませんが、貴女はその必要が全くなさそうだ。
その陽の光を集めたように輝く髪といい、南の海の色の瞳といい、洗練された所作にその初対面の人間に臆面もなくくりだしてくる美辞麗句。不躾を承知で言えば、ずい分と女性を喜ばせ、また泣かせているのでしょうね~」
にこにこと笑いながら繰り出される攻撃には、微苦笑を浮かべることで返す。
「泣かせるなど…とんでもない。第一私など、騎士団時代『愛の狩人』の名をほしいままにした父上には、遠く及びませんよ。私にとってすべての女性は、慈しみ愛でるもの。できればそれを証明するチャンスを与えていただきたいもので」
「……エドウィナリア、その前に、ユタカさんの手を返して差し上げてはどうですか」
せっかくの面白くなってきた会話だが、兄上の絶対零度の声で断ち切られてしまった。そして、横目でその声のもとを確認すれば。
っく……!なんとあの兄上が、師匠であるジーン兄上が旅立ってしまって以来、何物にも執着しなかったルーカス兄上が、その柳眉をひそめ花の顔を歪めて、分かりやすく嫉妬しておられる……!
あぁグレアムよ、絵師を、絵師を今すぐ呼ぶんだ! この御顔は末代まで伝えねばならぬ。なによりも母上と姉上にお見せせねば!
思わずもれそうになった雄たけびを奇麗に押し隠して、手をとったままで兄上の思い人に向き直った。
「ユタカさんは、私にこうされるのは御不快ですか…?」
末っ子の得意技である縋るような瞳を向けれみる。
横目で確認すれば、面白いように兄上の真白のこめかみに青筋が浮かんだが、肝心の彼女の顔は、変わらない。
「いえいえちっとも。美しいお嬢さんの顔を間近で見、その唇を肌に感じる機会など、早々訪れませんからね。楽しませていただいてますよ?」
演技ではないが、本気ではないとわかっているようだ。口説かれ慣れておられるのか、中々に手ごわい。
「あぁでも……」
内心攻略方法を練り直していると、彼女がすこし小首をかしげて、兄上をちらりと見やり、
「ルーカスさんは、どうやらこういう百合展開はお嫌いのようですから。妹さんを心配する気持ちもわかりますし、御ふざけはここまでにしましょうか」
ちょっと残念そうな笑顔を浮かべて、華奢な手をすっと引っ込めてしまった。
…っ兄上……っ!ご同情申し上げます。彼女は鈍い。それも相当、鈍い。それとも、並はずれた自衛本能でしょうか? 傍からでも丸わかりな兄上の暑っ苦しい恋情をさらりと無視するこの冷淡さ、並ではありません!
これは……難攻不落の砦です。伝説の聖獣の方がまだ御しやすい。なぜまた貴方はよりにもよって、このような修羅の道を歩まれるのですか……!!
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その後、兄上の前途の多難さに、心の中で滂沱の涙を流しながら懊悩している間に。優秀な執事のグレアムが、持参した花茶とガレットを持って、間を取りもってくれ。
狙いどおりに引き出せた彼女の歓声と、花の綻ぶような笑顔にほっこりとし。それを見守る兄上の愛しみにあふれた微笑みに、またしても内心で驚嘆の叫びをあげてしまい。
宜しい。こうなったら私も腹を括ろうではないか。どれだけ困難な道であろうとも、ルーカス兄上から人間らしい感情を引き出してくれる彼女―――異世界の魔導士殿との仲を応援しよう。
最後には、そう決意するに至った。
ふむ。とりあえず母上と、とりわけ姉上が手ぐすね引いて待ち構えておられる茶会への招待状は、まだ出さないでおくことにしよう。
これで完結マークをつけさせて頂きますが、書きたいネタはまだあるので、今後は気ままに追記したいと思います。




