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小話9 馴染みの居酒屋で、後輩と酔っ払ってみた。 2

「あのですね」

「なんですね」


 いや~そんなに見つめちゃイヤンッ……あっ、痛い! 後輩の目線が痛いっ!


 優くんも大きくくくれば西の子ォやけど、そこはソレ、やっぱり俺ら地のモンとはちゃうわけで。 

 可愛い後輩のじと目に心をえぐられる前に、こちらも少々真面目な顔をすることにしました。



「おっしゃる通り、わたしは確かに滅多に人を好きになりませんが。ひとたび好きになれば、それはもぉ~重いんです。くどいんです。好きになられた方が災難なくらい、病んでデレてしまうんです」


 わざとらしい位に背筋を伸ばして膝に手をのせた俺の態度に満足したのか、うんと小さく頷いたあとに飛びだした優くんの言葉に。こてんと首を傾げてもうた。

 


「……ふんん? 優くんのそんな姿、なんや想像できへんねんけど」

「多分見たら確実に引きますよ。あの、中○みゆきさんの、『別れ歌』の世界です」

「え…っと。どんな歌やったっけ?」


「『道に倒れて誰かの名を呼びつづけたことがありますか』」


 節をつけずに淡々と優くんが紡いだそのうたの情景。去って行く男に取り縋り、すげなく追いやられても、ヨヨとその場に崩れたまま男の名を叫びつづける、みだれ髪の女………。



 おぉう。そりゃ確かにひくかも。うん、ドンびきやん。

 


 文字通り身体を後ろにひいてそう呟きがらも、それでもまた、内心首を傾げていた。


 目元こそ少々赤いけど、やっぱり入れた酒の量を考えれば驚くほど平素と変わらん、冷めた表情を浮かべるこの子が。そんな狂乱の恋に身を投じている姿など、俺はどうしても想像できへんかったから。


 

 う~ん優くんなら、「別れる? あっそう。それじゃサヨナラ。二度とその面見せないでね」な~んて言いながら…そうや、優くんは去られるじゃのうて、置き去りにする方やと俺は思うんやけど。偏見か。



「……阪本先輩。何か、失礼なことを考えておられませんか?」


 イエイエそんな。滅相もない。


 うん。笑顔て大事やね。後輩の鋭い目線をごまかす時とかね!答えられへん質問をごまかす時とかね!


「そんなわたしが誰かを好きになって、幸運にもその人もわたしを好きでいてくれて、お付き合いしましょうなんてことになったら」

「なったら?」

「もう大変ですよ。生活すべてが、その人を中心に回ってしまいます。朝起きてから夜寝るまで、もちろん夢の中まで。彼もしくは彼女と次はいつ会える?どのくらい長い時間会っていられる?ずっと声を聞いていたい、その姿を見ていたい、触れたい……会えない時間はその姿を思い描き、いるはずもないのに目で追って探して求めて」


「あ、うん、ごめんなさいもういいです俺が悪かったです疑ってすんません」


 ウーゾが半分入ったグラスを手の中で弄びながら、あくまで淡々と。いつもと同じ表情と声音で眼だけ底光りさせていつまでも続けそうな優くんを、たまらず止めた。

 

 ほんま、勘弁してください。なんか聴いてて恥ずかしい言うより、怖なってきたわ。それにやっぱり言うべきか、優くん、百合もいけるんやね。


「あ~せやね。優くんは……いや、ええわ」


 その場をごまかすために言いかけた言葉をあわてて飲み込む。


 あかんて俺、ホンマ。ええ加減口閉じとき! 


 飲み込んだのをごまかす為に、へらりと笑って手元のコップを傾けても、残念ながらすでに空で。


「…なんですか。言ってくださいよ」


 いつもなら誤魔化されてくれる後輩くんも、今日は突っ込みイケイケどんどん。いつの間にか注文してくれてたらしい、俺お気に入りのカヴァスを注いでくれながらも、詰め寄ってくる。


 あぁ、ヴェニィツィアちゃん! その皿といっしょに俺も、この場から下げてくれへん~!


 看板娘ちゃんの、つんと盛り上がった腰の上でエプロンの端がひらひら揺れながら去っていくのを眺めていても、救援なんぞくるわけもなく。

 右手に持ったコップにあふれそうなほど注がれた火の酒をくいっと呷り、異世界じもとで散髪してきたての頭をわしゃわしゃかきながら、口をひらいた。


「いや……、な。まえ聞いた、優くんのコイバナを思い出しただけやから」

 

 せやで俺。優くんの切ない恋心なら、あん時ちゃんと聞いたはずやったんに…。このドあほっ。鳥頭っ。乙女(…いや厳密にはちゃうけど。それは身をもって知っとるけど、ウチのおかんかて、「女は永遠に夢ゆる乙女ですっ!」て言うてたし)に、何度哀しい顔さしたら気が済むねん!


「コイバナ……あぁ。あれですか。わたしの馬鹿な過去のお話ですか考えなしな子どもの話ですか」


 内心で盛大に自分に対してダメだししとる間に、一瞬怪訝な表情浮かべた優くんの顔が、歪んだ。哀しみやなくて、明らかに怒りの方向で。


「せ、せやし、ええ言うたやん。んな高校生の頃のことなんやし、俺かてそれくらいの時分やら、その後の学生の時やら、も~思い出すだけで顔から火い噴きそうんなるくらいのこと、いっぱいしたし」


 すわった眼で、椀子そばのごとくさらにカヴァスを注いでくるんから逃げようと、あわあわ余計なことまで言うてしもうたら。


「……それはそれは。後学のために、ぜひ愛の遍歴をお聞かせ願いたいですね。…先・輩?」


 目ぇも口も。自分とこで飼っとる猫そっくりに細めて、優くんがニタリと笑った。



 あれ、なんやろ俺……結局。ドツボに自分から嵌ってもうたんや………。


 氷の微笑上司様でも、いまいっちょ押しの弱そうな騎士隊長さんでもだれでもええんで。この子を惚れさせてメロメロにして、とりあえずボクを救ってください!

 

 ひきつった笑みを浮かべながら、俺はひたすら、そうやって祈った。

当初の目的は、優に恋愛論を語らせる予定だったのですが。阪本先輩……どうしてこうなった。

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