027 ある魔導師の、危惧と決意
はい今回は暗いですかね。というよりルーカス君がどろどろと病んでますね。
まぁ彼の心をさらけ出させた結果ですので、温かく受け止めてやってください。
今朝。浅い眠りの中で。最近は見なくなっていた師匠の夢など見たのは、先日の、彼女の言葉を引きずっていたからだろう。
彼女とはもちろん、越谷優のことだ。
夜のとばりがおりればその闇に紛れるようにつややかに輝く黒く、陽にすかせば赤や茶色の色をまとう、豊かな髪。オークの樹のような深い茶色の 瞳。すこし丸い顔。私の青白い肌とは違い、黄みがかった、陽に愛された肌をもつ、異世界人。
私の心を、身体の真ん中にぽっかり空いた黒い暗い穴を埋めてくれる、唯一の存在。
5歳で出会い、ずっとその大きな背中を道標にしていた我が師が突然旅立った時、その穴はあいた。
家柄も容姿も良いらしい煌びやかに着飾った貴族令嬢や令息から、どれだけ熱い視線を送られようとも。魔導団の同輩や部下から畏敬の念を捧げられようとも、その穴は埋まらない。ましてや、今は亡き祖母の面影をもとめて、国の重鎮たちから夢見るようなまなざしを浴びれば、その穴はより大きく、深くなっていくだけの気がしていたのだ。
それが、彼女、優と出会った瞬間塞がり、私ははじめて満たされたのである。
出会った瞬間、彼女があの日扉を開けて入ってきた時に捕らわれ、あの暗い坑道の底で、こんな私をそのまま受け入れてくれたかのように、「大変ですね」たった一言そう言ってくれた時、完全に堕ちた。のだと思う。
何故彼女なのかなんて、私にはわからないし、分かりたいとも思わない。彼女が、たとえ今自分のものではなくとも、少なくともそばに、この世界に居てくれればそれでいい。第一、理由が分かったところで、彼女が手に入るわけでもあるまい。
ただ、彼女が私から離れ、いなくなってしまった場合、自分がどうなるかならば容易に想像できる。
師匠にはめてもらった箍がもろくも外れ、再びぱっくりと口を開けたこの穴から、身の内に閉じ込めていた魔力がとめどなくあふれ、暴走する。まるでマグマのような熱く重い奔流が、受け止めてくれるものを、彼女を求めて荒れ狂う。その流れにぶつかった人やものがどうなるかなど、その時の私が気にすることなど、ないだろう。
彼女は、まだ誰のものでもない。
彼女の視線を常に奪うあの執事は、「彼女のもの」であって、彼女が彼のものではない。
あの男、彼女と同じ異世界人のサカモトは、どうやら彼女と一夜を共にしたらしいが、そしてそれを許してしまったとわかった時には一瞬、ほんの一瞬だがその存在を彼女の記憶ごと塵ひとつ残らず消してやりたくなったが、彼に対する彼女の態度が変わっていないので、やめた。
それに、どれだけ望もうとも、私の力では彼女の記憶を操作するなどできない。精神力も魔力も彼女の方が勝っているし、もし万が一、操作出来たとしてもいつかは術をやぶられ、その時消されるのは私自身だろう。私などよりよほど広い心を持つ彼女だが、何よりも自由を愛しているのだから。
その彼女にそれが何であれ強制したものは、消される。消されるのが私の存在ならばまだ良いが、消されるのが彼女の中にある私の記憶、ならば。そして私との関わりを厭い、この世界から離れていくことにでもなってしまえば。私は壊れてしまうだろう。この世界を道連れにして。
あのばか皇子、奴がなにを血迷ってか、しかもよりにもよって父親である皇帝陛下に、彼女のことを知らせてしまった。
こんな事ならあの時この手で三人まとめて消し炭にするか、せめて記憶くらい消しておくべきだったと悔やんでも悔やみきれない。
が、陛下から呼び出され、説明を求められれば、この国を統べる皇帝に仕える一員である以上、答えないわけにはいかなかった。
まぁもちろん、すべてを馬鹿正直に話したわけではないが。で、当然ながら興味を持たれ、謁見の運びとなったわけである。
謁見の場に彼女を連れて行くのは、私である。
彼女が通っているらしい市場の行商人や店の店員をのぞけば、皇国内で彼女を知るものは少ない。そして彼女を呼び寄せ雇っているのは私なのだから、皇帝との謁見を仲立ちするのも連れて行くのも、当然私となる。それはいい。
彼女の価値を知らぬものに彼女を託せるわけも、扱えるわけもないから、さっさとことを納めるために自分から使者に立候補したくらいだが、仰々しい封蝋つきの招待状をたずさえ彼女の家に使者として赴いた時、私にはひとつの不安があった。
彼女が謁見に難色を示すことは、最初からわかっていた。自由を何よりも愛し、相手の立場や社会的地位だけではなく容姿まで、斟酌しないのではなく、自分の好みと、いま使えるか否かだけで判断する彼女であれば、「皇帝」からの「呼び出し」なぞ、「メリットもなく」「いらない」ものだろう。
「用があるなら、自分から来ればいいではないですか。まぁこちらには用がないし、そう言う方は随行員をぞろぞろ連れてこられるだろうから、家に入らないし邪魔だし、会うとは限らないですけど」
最初にそう言われた時、我が国の最高権力者に対するには薄すぎる反応に懊悩もしたが、あまりに予想どおりの言葉に、脱力した笑いも込み上げてきたのだ。
彼女には気づかれていないといいのだが。
私が抱えていた不安は、彼女のそんな反応でも、説得の難しさでもない。
自由を愛する彼女が謁見を厭い、さらには自分にとって「いらない」「メリットのない」人間およびその周囲にも関わらず、会うことを強制し、さらには「面倒なこと」に巻き込まれそうだと察知すれば、この世界からいなくなるのではないか。それが、怖かったのだ。
彼女は、ここでなくとも生きてゆけるのだから。
彼女は、もともとこの世界の住人ではないし、たまたまこの世界に彼女いわくの「良い食いぶち」と「生活環境」があったからいてくれているのであって、それがなくなる、もしくはその良さを払しょくするような何事かあれば、さっさと見切りをつけて自分の世界に帰ってしまうだろう。
振り返りもせず。私を置いて。
それだけは、避けねばならない。
私のために。私が、この世界を壊さないためにも。
皇帝陛下が何を思って彼女を呼びだしたのか本当のところは分からない。が、陛下の周囲を固める重臣、特に、皇帝至上主義の愚か者どもの考えならば分かる。
彼女命名の、「砂髪馬鹿皇子」とその取り巻きが言ったことは話半分以下に聞いているだろうが、もし彼女が本当に力のある(その力が私をはるかに凌駕するなど思いつきもしていないだろうし、教える気もないが)魔導士ならば、皇国に取り込もうと考えているだろう。
破格の報酬でつってまずは魔導団に入れ、他国に行かないように、適当な貴族と婚姻を結ばせ、あわよくば彼女のその力が次世代に継がれるよう、子供をつくらせ。
忠誠心と戦での能力はともかく、老い先短いせいか元からか知らないが、短絡的な思考をもつ老将軍の一派は、謁見の場で彼女を捉えてしまえと言いだすかもしれない。
そこまで考えなしではないと思いたいが、安心はできない。なにせ彼らは、彼女がどういう思考回路を持っているか知らないし、貴族社会や厳密な身分制度のない世界の人間のことなど、想像もできないのだから。
あの老人達にとって皇帝は、至上のもの。彼らの狭い夢の世界では、この国の生きとし生けるものはすべて皇帝のために存在し捧げられるものだと、それこそが、この国を「永遠に繁栄させる」方法だと信じて疑わないようだから。
あぁ頼む。それは、それだけは、彼女に絶対に察知されませんように。
彼女の逆鱗に触れた愚か者たちがどうなろうが、そこに皇帝ご自身が含まれようが正直どうでも良いが、その結果彼女が、この世界を、何より私を、拒みませんように。
そのためにはまず、彼女のだした条件が完璧に守られるようにしなければならない。
ルーカスはそう決意を固めると、温くなってしまった花茶を一気に飲み干し、着替えのために立ち上がった。




