026 ある魔導師の、憂鬱なる目覚め
作者が迷走している間に、アクセスの累計が50万PVに届こうとしておりました。
いつもいつも、ありがとうございます。
嫌です。
嫌だ。
置いてかないでください。
行かないで。
もっと頑張りますから。
魔導の制御も、新しい魔術式も、もっともっと頑張りますから。
だからだから、
僕を、
独りにしないでください。
お願い―――――――――
「…ーン師匠っ」
なにかを掴もうと虚空に手を伸ばした状態で、ルーカスは目覚めた。
寝台に横たわったまま、薄闇をすかして、すがるように無様に上に伸びた己の左腕と左手をみつめる。
天蓋から垂れ下がった布がいまだきっちり閉められているところをみると、グレアムが起こしに来るにはまだ間があるのだろう。
自分は、夢を見ていたのか。
目覚める少し前、師に呼びかけたような気がする。
まるで、迷子の子供のような声で。去っていく背中に追いすがるように。
はぁ。
寝台からむっくり起き上がり、思わずついたため息に、自分がそうする度に「幸せが逃げますよ」とからかう、彼女の顔が、片側だけ口角をあげたその笑顔が浮かんだ。
そして、浮かんだと同時に昨夜の記憶も想い出され、ルーカスは無意識にその弓型の美しい眉をぎゅっと寄せてしまい、彼にしては乱暴に天蓋の布をひき開け、足早に寝室横の小部屋―――浴室―――に入って行った。
身体に染み付いてしまった気がする、名も覚えていない女の香を、もう一度洗い流すために。
「これは旦那様、お早いお目ざめで」
皮膚の下の血が透けてみる様なと評される、ぬけるように白い肌が赤くなってしまうほど何度もこすり、髪の先から爪の先まで全身納得いくまで洗い清めた後。
窓辺の椅子に腰かけたままぼんやりしていると、グレアムが控えめなノックとともに入ってきた。
「…おはようグレアム。なんだか目が覚めてしまってね」
自分を産まれた時から知っている執事相手に、何故かあの、彼女に『無表情笑顔』と呼ばれる顔を向けている。
そのことに自分が一番戸惑いながら、ルーカスは答えた。
「朝食はこちらでお召し上がりになりますか?」
もちろん主の心に聡い彼が、そのことに気づいていないわけではないだろうに。いつものように穏やかな笑顔で、いつもの朝と同じように確認してくれる。
「……すまない。今朝は食欲がないんだ」
「昨夜は遅くお帰りでしたからね。入浴されたのですから、喉が渇かれておられましょう。ギーのミルクと花茶をご用意しておりますので、御飲み下さい」
「……ありがとう。頂くよ」
穏やかな笑顔のまま、適度に冷やされたミルクと、ポット一杯分の花茶を椅子とセットの小テーブルにセットしてグレアムが出て行くと、ルーカスはまたひとつ、大きなため息をついた。
どれだけ祖母と似ていようと、魔導師のローブよりドレスが似合うと言われようと、自分はまぎれもなく男で。他の人間と比べたことなど無いから多寡は分からないけれど、それなりの欲求はある。
出来るだけ出席を避けているサロンや茶会や夜会では、埒が明かないと思っているのか。最近では公園や、憩いの場であったはずの皇国図書館にまで追いかけてくる、ユタカたちの世界にいる禿鷹のような貴族令嬢を相手にしようとも思わない。ので、後腐れのない高級娼婦と一夜の夢を見ることにしている。
と言っても、実際には夜を過ごすことなどまれで、事が終わればさっさとこの別宅に戻ってくるのだが。
変に慣れ合うのは嫌なので、あまり馴染みの女はつくらないようにしている。そう言う場所に通っているのを、どこの誰に知られようとも構わないが。闇の中で羽を広げる蝶々の、艶やかな笑顔の裏で毎回こちらを探られるのも面白くないので、仲介業者は決めている。
彼ら(そのほとんどは元コルティジャーナの女性だが)はプロだから、こちらの要望以上の「淑女」を毎回用意してくれる。昨夜も、そんな淑女の一人と、愉楽のひと時を過ごして満足したはずだったのに。
欲求が収まってしまえば、その直前までこころよく感じていたはずの甘い香りも、不快に感じられ。指が吸い込まれそうなほど柔らかな肌から身をひきはがし、「なにか問題があったか」と、まだ十分に美しい顔を心配で曇らせるおかみへの挨拶もそこそこに、振り返ることなく転送陣を作動させ、きらびやかな堕落の館を去った。
そして、寝室に直行するのではなく、わざわざ手前の暗い前庭に一旦降り立ち、風に水をまとわせ身体と洋服を満足のいくまで洗浄してから、屋敷の中へはいった。
そしてその後さらに。いつもの倍以上の時間をかけて、入浴した。
あぁわかっている。自分が愚かなことをしていることも、匂いなぞかけらも残っていないことも。
――――――そして、自分がもう、彼女以外の女を受け入れられないことも。
私は、彼女の好みではまったくないそうだ。
いつも彼女の視線を独占しているあの執事を見てわかるように、彼女の好みは「渋い」彼女よりはるかに年上の男。若い場合でも、このサカスタン皇国で良くみられる、彼女と同じ髪色・目の色の、黒に近い暗色が好きで、肌は浅黒いほうが好み。
つまり、女と見まごうような容姿の、金髪碧眼の自分によろめくことはないということだ。
彼女の日ごろの態度でうすうす気づいてはいたものの、サカモトを使ってわざわざ探りだした結果、あらためてそれを思い知らされた時は、どこまで祟るのかと絶望したくなった。幾多の貴族令嬢、時には令息から疎ましいだけの目線をどれだけ浴びせられようと、この世でたったひとり、自分が望む相手に好まれねば意味などないではないか。
サカモトが何故か目をそらせながら報告した彼女の好みに合わせ、己の魔導の技と魔力を駆使して、外見をまるごと変えてしまおうかとも思った。が。彼女の魔力は私より確実に上。一瞬なら騙せても、すぐ見破られてしまうだろう。そして、呆れたように笑われるのだ。「何やってんですか」と。
「ルーカスが嫉妬にのたうち回るところを」というリクエストを頂き、どうにか表現しようとしているのですが……。
こいつ難しいですわ。生みの親でもようわかりません。続きで頑張りますので、ここで一旦切ります。




