案外簡単だった
ふと思いついたので、宿の部屋に戻って魔導書を開いてみた。
予想通り、新しい魔法が増えている。
「うん? リターン?」
だが肝心の魔法の中身は予想外だった。
「我をかの地へと帰還させよ【リターン】」
半信半疑で唱えてみたら、魔法はきちんと発動する。
目の前の景色がぐにゃっとゆがみ、俺は見覚えのある神社に立っていた。
俺が女神と出会う直前の、夕暮れ時のままだった。
「……帰ってきた?」
いくら何でも簡単すぎるんじゃないか、という疑念を拭えない。
左手でスマホを見たら、時計アイコンの針が動き出している。
震える手で母さんに電話をかけてみた。
「もしもし? 珍しいね。どうしたの?」
出た母さんの声は平和そのもの。
息子が行方不明になっていたら、この人はこんな対応をしない。
つまり本当に神隠しに遭遇する前の、あの時間に帰還できたのだろう。
「ごめん。誤操作」
異世界に飛ばされて帰ってきたなんて言えるはずもない。
適当にごまかして通話を切る。
「信じてもらえるはずが……」
言いかけて俺は右手にゴブリンメイジの杖を持っていることを思い出す。
さらには帽子もかぶっているし、右手には指輪もはめている。
日本ではコスプレで通るだろうが、念のため収納してみた。
「……というか、こっちに持ち込めるんだ」
収納できたということは、魔道具は問題なく使える。
そして魔道具が使えるなら、魔法だって使えるだろう。
「ウソだろ」
自分が出した結論を、自分でびっくりしてしまった。
異世界で覚えた魔法を、日本で使えるってチートじゃないか?
家に帰ったら、玄関で母さんとばったり遭遇する。
俺からすれば久しぶり感があった。
「おかえり。さっきの間違い電話?」
気になったのか、改めて確認される。
「そうだよ。ときどきあるよな」
「まあねえ。ちゃんと手を洗うのよ」
首をかしげながら母さんは台所へと行った。
はめてる指輪には気づかれなくてホッとする。
手洗いうがいをすませて、自分の部屋に入った。
他に何も思いつかず、消去法的に魔導書を見てみる。
魔導書こそが異世界から帰還した、最大の証拠だと思うからだ。
「説明が増えてる」
帰還の魔法の下に「異世界で使えば地球へ、地球で使えば異世界に行くことができる」という文章が浮かび上がっている。
一度地球に帰還したのが解放トリガーだったんだろうか?
さらに「補強」の魔法も増えていた。
説明には身体能力を強化し補う下級魔法と書かれている。
「下級なんて評価があるってことは、中級や上級もあるってことか?」
練習してみようか。
と思ったけど、今日はもう遅い。
……いや、異世界に戻ってもいいんだよな。
まさかこんな簡単に行き来ができるようになるとは思っていなかった。
明日から学校だしなぁ。
異世界に行ったタイミングでこちらの時間が固定されるなら、もうちょっと異世界に行って魔法を覚えてもいいんじゃないか?
あとどれくらいの魔法を覚えられるかわかんないけど、魔法の練習をするなら異世界のほうがいい気がする。
……ぐうっとお腹の虫が鳴った。
「そう言えば昼を食べずに戻ってきたんだったな」
あの村での食事はちょっと考えたいから、ちょうどいいかもしれない。
母さんの手料理のほうがずっと美味しいからだ。
異世界に行くときはどうしよかな。
何か食べ物を持ち込んでみようか?
カップ麺とかあるけど、お湯を沸かすのが異世界ではハードルが高いみたいなんだよな。
「水は出せるから、加熱の魔法があればいいのか。あとは掃除魔法とかあれば完璧かな」
どこかアニメで見た自分の体や服、部屋などを清潔に保つための魔法だ。
異世界ではあったほうがいいなって思える。
「あとは敵の攻撃を防ぐ、シールドやバリアも欲しいな」
当たり前かもしれないけど、今の俺には足りないものだらけだった。
とりあえず魔法を使えるようになりたい。
……どうするか迷っていたけど、やっぱりポーションを飲んで練習するべきか。
日本に戻って来れたからこそ、なんか意識が変わった。
「ご飯よー!」
呼ばれたので指輪を外し、ズボンの前ポケットに入れて台所に行く。
ハンバーグに炊き込みご飯という俺の好きな献立だった。
美味しい料理を人に用意してもらえるってすばらしい。
しかも無料だ。
「母さん、ありがとう」
思わず感謝の言葉が口から飛び出す。
「どうしたの? 変なものを食べた?」
母さんは喜ぶどころか、不審者を見る目を向けてくる。
ひどい。
でもこれも日ごろの行いのせいか。
「いや、ちょっとありがたみがわかる気がしたから」
正直に言うと母さんは窓の外を見た。
「明日は雨ね」
「ひどい」
でも今度の言葉は照れ隠しだってことはわかった。
耳がうっすら赤くなっているし。
「いただきます。美味しい」
俺はさっそくもぐもぐ食べる。
「食べながらしゃべらない」
さっそく母さんに注意された。
「はーい」
飲み込んでから返事する。
……日常だなあ。
あっちで一泊してきただけで、こんなに印象って変わるんだなあ。
いやまあいろいろあったけど。
「変な子ねえ。急に大人っぽくなっちゃって」
いきなり母さんに言われてギクリとする。
やっぱりバレるもんなのか?
「そうだよ。俺は大人だよ」
調子に乗ったふりをする。
「……気のせいだったみたい」
母さんはがっかりした顔になった。
……ごめん。
ご飯を食べたあと、部屋に戻った。
ここで寝るか迷ったけど、やっぱり異世界に行くとしよう。




