異世界にやってきた
「あんた、大丈夫かい?」
体を揺さぶりながら声をかけてきた男性のおかげで気づいた。
「ええ。まあ」
俺は頭をふりながら体を起こす。
そっと周囲を見てみたら、どこかの村の近くのようだった。
「かわった身なりをしてるな」
四十歳くらいのおじさんはそんなことを言う。
おじさんの服は質素な布のもので、俺は地球ではありふれた量販品。
でも、この世界だと珍しいってことか。
女神の言葉を思い出しながら考える。
おじさんの言葉がわかるのは、もらった『言語理解』が機能しているおかげだろう。
「ここはどこなんですか?」
俺が質問すると変な顔をされた。
「知らずに来たのか? ここは『果ての村』と呼ばれてる。『果ての塔』に挑戦しに来たんじゃないのか?」
おじさんは返事をする。
「よくわからないまま、この辺に来たんですが」
正直に言ったら、かわいそうなものを見る目を向けられてしまった。
たしかに不審者としか思えない発言だ。
「ここはある王国の辺境にある村でな」
おじさんの説明によると、『果ての塔』というダンジョンのために生まれた村だという。
一階から十階までは初心者向け、十一階から五十階までは中級者向け、五十一階以上になると、高難易度という区分になると言われているそうだ。
「五十階あたりまではいい修行になるって、けっこういろんな人が来るんだよ」
「なるほど」
初心者と中級者の定義がわからないまま、とりあえずうなずいておく。
これ以上不審者扱いされたら、説明さえしてもらえなくなるかもと思ったからだ。
「あんたがいくら無知でも、一階ならそんな簡単には死なないだろうさ」
おじさんは雑に言った。
雰囲気的には魔法に関して質問しないほうがよさそうだな。
とりあえず『果ての塔』とやらに行ってみて、魔法の練習をしてみよう。
周囲に人がいないのを確認して、収納したある魔導書を取り出してみる。
「俺が使える魔法が書かれてるんだっけ?」
試しに最初のページを開いてみた。
たしかに一つだけ書かれている。
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
試しに呪文を唱えてみたら、火の弾丸が出た。
直径一センチ程度のものだった。
「なるほどなあ」
初心者用の魔法ってことだろう。
あとは練習して、強くなればいい。
ズボンの前ポケットからスマホを取り出してみた。
充電は30%でもちろん圏外だ。
さらに俺が神社にいた頃の日時のまま、止まっていて動いていない。
これはどういうことだろう?
考えてもわからないし、ひとまず魔法の練習に戻ろうか。
「……せっかくだから『果ての塔』に入ってから、続きの練習をしよう」
外でやっていたら、誰か人が通るかもしれないからな。
巻き込まれるマヌケはいないと思いたいけど、念のためだ。
速く魔法を上達して、地球に帰る方法を探したい。
あせりを抑え込んで塔の中へと入っていく。
塔の一階は遠くに階段があるだけの、殺風景な平地だった。
「げげげ」
妙な鳴き声をあげながら、小さな鬼が三匹出現する。
三匹とも小学生みたいな背丈と体格だが、右手に剣や棍棒を持っていた。
ゴブリンってやつかな?
ゲームならそうってだけで、この世界のダンジョンならどうかわからないけど。
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
何とか三匹とも倒せた。
死んだあと小さな鬼たちは小さな石を三つ落とす。
「ほかにはドロップなし? それとも運が悪いだけ?」
どっちなんだろう。
説明してくれる人がいないのがリアルだけど、こういうとき困る。
とりあえず小さな石を拾っておく。
「あと、どれくらいこの魔法を使えるのかもわかんないな」
女神のサービスはいいと思っていたけど、実はかゆいところに手が届いてないんじゃないか?
疑問に思ってしまった。
なんか方法はないのかよと思って、魔導書を開いてみる。
「ステータス」
新しく表れた魔法を唱えてみた。
すると【火炎弾】があと三発撃てるということを、感覚的に理解できる。
「ステータスって、なんか違うな」
現有戦力を確認するためのものっぽい。
自分の魔力やレベルがわかるものじゃないのか。
まあないよりはましだ。
三発しか撃てないなら、あと一発撃ってから撤収しようかな。
余力を残しておきたいし。
少し待ったところで新しいモンスターは出てこない。
歩いてみてもやっぱりなんも出なかった。
だから二階に登ってみる。
階段から離れなきゃ大丈夫だろうと思って。
「うわああ!」
「助けてくれえ!」
するとすぐに助けを求める男たちの叫びが聞こえた。
前方から三人組の男たちが、こっちに走ってくる。
追いかけてくるのは、一匹のデカい豚みたいな顔の男だった。
「加勢する!」
助けを求めてる叫びをあげてるけど、一応宣告する。
三人組は俺を見て顔を輝かせた。
歳は15,6くらい──たぶん俺と同じくらいだろう。
「ありがとう!」
男たちはうれしそうに破顔して、必死にこっちへ逃げてくる。
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
火炎弾は豚男の頭に当たったが、倒れない。
でも、ひるませることはできた。
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
「火よ、怒りを糧に燃え上がれ【火炎弾】」
続けて二発撃つと、ようやく豚男は倒れた。
すこし大きな石を一つ落とす。
「ふーっ」
倒れてくれなかったら、実はかなりやばかったのでは?
階段から近い位置での戦闘になってよかった。
「助けてくれてありがとう」
「見かけない顔だな」
「俺たちは『青い旋風』という冒険者パーティーをやってるんだ。君は?」
お礼を言われたあと、質問が飛んでくる。
「えーっと。ジョータローって言います。駆け出しです」
大山穣太郎だから、ジョータロー・オーヤマってなりそうだ。
「駆け出しであの強さか!」
「すごいなあ」
三人とも褒めてくれて、恐縮してしまう。
「お礼をしたいけど、魔石しかドロップしなかったから、村に戻るまで待ってもらえないか? 俺はリーダーのカイルっていう」
「それはかまいませんよ」
カイルに返事をしてから、質問をしてみる。
「ドロップするんですか? 俺はまだ、何にもドロップしてないんですけど」
「ああ。五階までドロップが渋いんだよね。その分、敵が強くないんだけど」
カイルは苦笑いして答えてくれた。
なるほど、敵が強くなるとドロップがよくなる仕様なんだ。
敵が強いのにドロップしないよりはましか……?
「おい、強くない階でしくじった俺らが恥ずかしいだろ」
杖を持った男がカイルに小声で言う。
「隠してあとでバレたら、もっと恥ずかしいじゃないか」
カイルが言い返すと「ぐう」とうなって黙ってしまった。
カイルはすこし大きめの石を拾うと、俺に渡してくる。
「勝てたのは君のおかげだから、この魔石は君のものだ」
「ありがとうございます」
礼を言って魔石を受け取った。
どれくらいの価値があるんだろう。
「俺たちは一度村まで戻るけど、君はどうする?」
「俺も戻ります」
カイルに訊かれたので答える。
魔法がもう使えないんだから、これ以上の戦闘は避けるべきだろう。
俺が素手で戦っても、ゴブリンにも勝てる自信がない。
俺たちは無事に塔から脱出できた。
「村にはまだ入ったことがないんですよね」
どうせバレると思って、正直にカミングアウトする。
「そうなんだ? すごいやる気だね」
「大したものだ」
何やら誤解されてしまったので、解こうと試みた。
「たまたまです。流れですね」
「気合が違うなあ」
とカイルに言われる。
あれ? 誤解は解けてない。
村に戻ったらさっきのおじさんとばったり出会った。
「おや。さっきの少年に『青い旋風』か。知り合いだったのか?」
おじさんはふしぎそうに訊いてくる。
「ただいまです。ゴートさん。彼とは塔の中で知り合ったんです」
カイルが説明してくれたので、うなずいておいた。
「ふーん。お前らがそいつの面倒を見てくれるなら、手間が省けていいな」
ゴートという名前らしいおじさんは、そう言って立ち去る。
「ありがとうございます!」
その背中に礼を言っておいた。
俺の世話を焼くために、わざわざ様子を見にきてくれたと気づいたからだ。




