第7話:魔王、初めての「庶民の味」に敗北する
「……くそ、あの勇者め。エントリーした途端に『効率的なコンボ練習メニュー』を組んで送りつけてきおって。俺を配下か何かと思っているのか」
公式大会への特訓を開始した週末。 剛は、誠に連れられて地域住民の胃袋を支える巨大スーパー「マツモト」に来ていた。
「剛、文句を言う前にこれを持って。今日は君の家で合同合宿(練習)をするんだろう? 母親さんに頼まれた買い出しを済ませないと」 「分かっている。……しかし、誠。この『スーパーマーケット』という空間、異様ではないか? 常時、全能感を刺激する香気が漂っている」
剛は圧倒されていた。 そこには、かつて異世界の王族すら見たことがないほどの食糧が、整然と、かつ美しく陳列されている。 特に彼の目を引いたのは、惣菜コーナーの奥、黄金色に輝く山だった。
「……『コロッケ』。価格、100円。……おい、誠。これは何かの罠か? これほどまでに完成された見た目の食料が、なぜ銀貨(100円玉)一枚で手に入る?」
「罠じゃないよ。日本の企業の努力の結晶だ。あ、見て、タイムセールが始まるよ」
店員が「半額」のシールを取り出した瞬間、周囲の主婦たちの空気が一変した。 殺気。それも、鍛え抜かれた戦士特有の無駄のない殺気だ。
「な、なんだと!? あの女、今の俺でも見切れないほどの神速でパックを掴んだぞ! あの老人も……くっ、この場の平均レベルは魔導騎士団並みか!」 「それが『生活』っていう戦場なんだよ、剛。ほら、ぼさっとしてると無くなるよ!」
剛も本能的に手を伸ばし、最後の一つを確保した。 店を出て、夕暮れの道を歩きながら、我慢できずにその場で揚げたてを一口齧る。
「……っ!!」
サクッとした衣の後に、ジャガイモの暴力的な甘みと挽肉の旨みが口いっぱいに広がる。
「……負けた。……俺の完敗だ、日本の食文化よ……! 魔法などなくても、この一口に込められた幸福感だけで、民は容易に従うだろう。この国の『兵站(物流)』、恐るべし!」 「……たかがコロッケで泣くなよ。さあ、帰って練習だ」
魔王は、50円(半額)の幸せに打ち震えながら、確信した。 この豊かな国を、俺は力ではなく『経済』と『娯楽』で征服してやる。 そのためにも、まずはあの大会で、俺という存在を世に知らしめるのだ。




