第5話:魔王と勇者、100円の戦場
放課後、ネオンが不規則に点滅する駅前のゲームセンター。 そこは、かつての戦場に漂っていた「殺気」と、現代特有の「熱狂」が混ざり合う、佐藤剛にとって最も居心地の良い場所だった。
剛はいつものように、最新の対戦格闘ゲーム『ストリートファイター6』の筐体にどっしりと腰を下ろしていた。 慣れた手つきで100円玉を投入する。コインが落ちる音は、彼にとって開戦の法螺貝も同然だ。
「さあ、今日はどの愚か者が俺に挑んでくる……?」
画面に映るは、圧倒的な筋肉の巨躯、ザンギエフ。 剛は卓越した読みと、魔王時代の「戦術眼」を駆使し、挑戦者たちを次々と「スクリューパイルドライバー」の錆びにしていく。
「……K.O.! Perfect!」
十連勝。周囲に人だかりができ始める。 「あのザンギ、やばくね?」「読みが完全に透けてるみたいだ」 外野の雑音を心地よく聞き流していた剛だったが、ふと、隣の筐体に座った者の「気配」に指先が止まった。
静かだが、研ぎ澄まされた水面のようなプレッシャー。 先ほど教室で感じた、あの「光」の残滓。
「……乱入するぞ、佐藤くん」
聞き覚えのある声と共に、画面には『CHALLENGER』の文字が乱舞する。 隣の席に座っていたのは、やはり海藤誠だった。 彼が選択したキャラクターは、端正な構えの格闘家、リュウ。
「海藤……。貴様、やはり気づいていたか。俺の正体に」
剛はレバーを握り直し、隣を見ずに口角を上げた。 誠は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、淡々と言い放つ。
「君のその傲慢な笑い方、忘れるはずがない。……前世では僕が勝ったが、この『100円の盤面』ではどうかな?」
「ガハハ! 抜かせ! 魔法も聖剣もないこの世界で、その綺麗事がどこまで通用するか試してやる!」
ROUND 1、FIGHT!
試合開始と同時に、火花が散った。 剛のザンギエフが重戦車のように突き進むが、誠のリュウは精密機械のような「波動拳」でそれを拒絶する。
(ほう……! 一分の隙もない牽制。まさに、かつての聖騎士団の陣形そのもの!)
剛は歓喜に震えた。 間合いを詰めれば、誠は「昇龍拳」の無敵時間で的確に迎撃してくる。 それは、魔法の代わりに「フレーム」という理を支配する者の動きだった。
(だが、甘いぞ勇者! 防御に回った瞬間、貴様の敗北は確定する!)
剛はわざと大きな隙を晒し、誠の攻撃を誘う。 誠が勝機と見て踏み込んだ瞬間、剛の指先が電光石火の速さで円を描いた。
「ハラショー! 逃がさんぞ!」
画面の中で、ザンギエフがリュウを掴み、空高く舞い上がる。 渾身のドライブインパクトからの、クリティカルアーツ。 筐体が震えるほどの衝撃音と共に、リュウの体力がゼロになった。
「……負けたか」
誠が短く息を吐き、レバーから手を離す。 剛は立ち上がり、勝利の余韻を味わいながら隣を見下ろした。
「どうだ、海藤。これが今の俺の力だ。この世界では、剣を振るう腕力よりも、ルールを理解し、相手の精神を読み切る者が勝つ。経済も、ゲームも、全ては同じことだ」
誠は一瞬、悔しげに唇を噛んだが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「認めよう。この分野では君が一歩先を行っているようだ。……だが剛、これだけは言っておく。僕は君を『独裁者』にするつもりはない。この世界が、かつてのような恐怖に支配されないよう、僕も僕のやり方でお前を監視させてもらうよ」
「フン、監視だと? ……いいだろう。ならば隣で見ていろ、俺がこの世界の『頂点』を獲る様をな!」
格ゲーの筐体越しに交わされた、再戦の誓い。 元魔王と元勇者。二人の奇妙な共闘、あるいは競い合いが、ここ秋葉原の片隅から産声を上げた。




