第3話:魔王、食の「兵站」にひれ伏す
「……なんだ、この『コンビニエンスストア』という空間は。常時、数多の兵糧が完璧な温度管理のもとで鎮座しているというのか」
中学校に進学した佐藤剛は、下校途中のコンビニの店内で、一人戦慄していた。
異世界における「食」とは、生存をかけた闘争そのものだった。行軍中の兵糧攻めは国を滅ぼす最強の戦術であり、干し肉一つに兵士が命を懸けるのは当たり前。しかし、この国では24時間、わずか数百円で、王族すら口にできなかったような美食が手に入る。
「剛、いつまでレジの前で固まってるんだよ。早くしろよ」
背後から声をかけてきたのは、同じ部活のクラスメイトだ。今の剛にとって、周囲の人間はまだ「民」か「有象無象」に過ぎないが、この平和な日常において、彼は奇妙に馴染んでいた。
「待て。……この『Lチキ』という肉塊、放たれる香気からして、ただの鶏肉ではない。高度な錬金術……いや、スパイスの配合による魔術的アプローチを感じるぞ」 「大げさだなあ。ほら、冷める前に食おうぜ」
店の外、街灯の下で包み紙を開く。黄金色に輝く衣。溢れ出す肉汁。 一口齧った瞬間、剛の脳内に雷光が走った。
(お、おおお……! 外は峻烈なる硬度を持ちながら、中は魔王の慈悲の如く柔らかい! この絶妙な塩加減……! これが、これほど安価に、しかも村の至る所で提供されているとは。この国の『物流』という名の魔法、これこそが真の征服の証か!)
剛は確信した。この世界の王は、剣で民を従わせているのではない。圧倒的な「経済」と「利便性」で、民の心を満たしているのだ。
中学校生活は、剛にとって現代社会の「組織論」を学ぶ場でもあった。
「いいか、貴様ら。部活動における勝利の鍵は、個々の武力ではない。適切なリソースの分配と、相手の心理的隙を突く盤面操作だ」
所属したサッカー部で、剛は一年生ながら卓越した戦術眼を発揮した。 彼が指示を出すと、凡庸な選手たちの動きが有機的に繋がり、まるで一つの巨大な魔導兵器のように機能し始める。周囲の大人たちは、その類まれなるリーダーシップを「早熟な神童」と称賛した。
だが、剛の心を満たしたのは、身体能力を競うスポーツよりも、もっと純粋な「理」の攻防だった。
中学2年の夏、彼はついに運命のデバイス——スマートフォンを手にする。
「……ほう。この小さな板が、全世界の知識の集積体に繋がっているというのか。かつての賢者たちが一生を賭して求めた真理が、指先一つで……」
画面をスクロールする剛の瞳に、ある動画が映り込む。 それは、世界中のプレイヤーが腕を競い合う「対戦型格闘ゲーム」の大会映像だった。
(魔法はない。だが、ここには『技術』と『読み(ストラテジー)』、そして……勝敗によってのみ決まる純然たる階級社会がある)
剛の口角が吊り上がる。 経済、食、情報。この世界の仕組みは概ね理解した。ならば次は、この「電子の戦場」で、誰にも文句を言わせぬ絶対的な力を示してやる。
指定のスポーツバッグを肩にかけ直し、剛は不敵に笑う。 「面白い……。まずは、この地域のゲームセンターという名の『砦』を、一つずつ落としていくとしようか」
義務教育という名の平穏な日々を終えようとする瞳には、かつての覇王の野望が再び燃え上がり始めていた。




