第2話:神童、文明の利器に震える
「……なんだ、この『聖なる光』の箱は」
転生して数年。佐藤剛(元・魔王)は、居間のソファにどっしりと腰掛け、目の前の黒い板を凝視していた。 彼がリモコンのボタンを一つ押すと、その板は一瞬で色彩豊かな異界の景色を映し出し、清涼な音楽を奏で始めた。
「テレビ」と呼ばれる、この世界の魔法道具。 かつての異世界では、遠方の景色を映し出すには高位の魔術師が数人がかりで儀式を行う必要があった。それが、この国ではどこの家庭にもあり、子供が片手間で操作している。
「これだけの情報伝達速度……。この国の兵站、いやインフラはどうなっているのだ……」
剛は戦慄した。 歩けば自動で開く扉、蛇口をひねれば無限に溢れ出す清浄な水、そして何より——。
「剛くん、おやつにするわよ。今日は冷蔵庫にプリンがあるからね」 「母上、その『レイゾウコ』なる氷結魔法の永久機関、今日も快調のようだな。感謝する」 「もう、変な話し方しちゃって。はい、どうぞ」
差し出されたのは、プラスチックの容器に入った黄金色の物体。 剛が震える手でスプーンを差し込み、それを口に運んだ瞬間、脳内に衝撃が走った。
(な、なんという……! この滑らかな食感、洗練された甘み! 異世界の王宮で供された最高級の蜜菓子すら、この100円程度の『プリン』とやらの前では泥水に等しい!)
剛は悟った。この世界には魔法こそないが、人間の叡智が結晶化した「技術」という名の、魔法を凌駕する力が溢れている。
やがて小学校に入学した剛は、周囲から「神童」として、あるいは「少し変わった大物」として注目を集めるようになった。
小学校の授業。 算数の時間、剛は教科書を一瞥しただけで全てを理解した。この世界の数学体系は、魔力の計算式よりも遥かに合理的で、美しく整えられている。
「佐藤くん、この問題、解けるかな?」 「フッ、容易いこと。……答えは144だ。だが先生、この解法よりも、こちらの図形を用いたアプローチの方が、より真理に近いとは思わぬか?」 「え、ええ……。そうね、正解よ」
剛にとって、学校の勉強は「この世界のルール」を学ぶためのチュートリアルに過ぎなかった。 休み時間になれば、彼は校庭のジャングルジムの頂上に君臨し、眼下の光景を眺めながら思考を巡らせる。
(この国は、暴力で支配する必要がない。経済、物流、そして娯楽……。これら全てが緻密に絡み合い、巨大なシステムとして機能している。ならば、俺が次にすべきことは……)
剛の視線の先には、クラスメイトたちが夢中で遊んでいる携帯ゲーム機があった。 小さな画面の中で、キャラクターが縦横無尽に動き回る。
(あの小さな筐体の中に、一つの世界が、理が完結している。……これだ。これこそが、現代における『領土』だ)
魔王の魂を持つ少年は、ランドセルを背負いながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 彼の指先は、戦うための爪ではなく、コントローラーを握るための形へと適応し始めていた。
「面白い。この世界、魔法はないが……攻略しがいはありそうだ」
剛の本格的な「征服」が始まるまで、あと少し。 まずは、あの「家庭用ゲーム機」という名の聖遺物を手に入れるべく、彼は母親への「小遣い交渉」という名の外交戦に身を投じるのであった。




