第20話:業界の寵児と、忍び寄る「正義」の影
旧DJISの役員たちが仕掛けた「不当買収」を訴える記者会見は、リンによるジャックと誠の完璧なリークによって、逆に彼らの不祥事を露呈させる自爆ショーへと変貌した。その翌日、デモンズ・ゲート社のロゴは、日本中の主要なWebメディアのトップを飾り、佐藤剛は名実ともに「時代の寵児」へと祭り上げられた。
「……誠よ。この『テレビ』という魔法の箱は、実に面白い。俺が何も語らずとも、勝手に俺を英雄にしたり、悪魔にしたりしてくれる」
新本社の最上階、かつて老将たちがふんぞり返っていた大理石の床を、剛は素足で歩いていた。 彼は、ニトリで購入したお気に入りの座椅子を、数千万はするであろう高級絨毯の上に配置し、そこでコンビニの「揚げ鶏」を頬張っている。
「それが『世論』という魔力だよ、剛。 諸刃の剣だけど、今は僕たちに追い風が吹いている。……ほら、これを見て」 副社長の誠が差し出したタブレットには、世界最大のテック・カンファレンス『GTC』の招待状が映し出されていた。
「主催者側から、メインステージでのキーノートスピーチを依頼された。 日本のベンチャーがこの枠をもらうのは、史上初だ。……剛、世界を跪かせる準備はいいかい?」
誠の問いに、剛は低い笑い声を漏らした。 「フッ、当然だ。この国を一つ落とした程度で満足する俺ではない。……リン、例のブツの進捗はどうだ?」
「……完璧よ」 部屋の隅、無数のモニターに囲まれた特等席で、リンが不敵に微笑んだ。 「DJISが隠し持っていた画像処理特許と、私の『感情同期アルゴリズム』を完全に融合させた。 新しいゲームエンジン『デモンズ・ソウル・リンク』。……これを使えば、プレイヤーの脳波や心拍数に合わせて、リアルタイムで物語も、難易度も、BGMも変化する。……文字通り、その人のためだけの『異世界』を、デジタルの中に構築できるわ」
リンの指がキーボードを叩くと、巨大なスクリーンにデモ映像が流れた。 それは、従来のCGの域を超えた、見る者の魂を揺さぶるような圧倒的なリアリティを放っていた。
「よし。これで世界という盤面をひっくり返す。誠、渡航の準備をせよ。……リン、貴様もだ。俺の覇道を一番近くで記録せよ」
「はいはい、わかったわよ、魔王様」 リンは呆れたように肩をすくめたが、その瞳には、かつて「令嬢」として型に嵌められた生活を送っていた頃にはなかった、挑戦的な輝きがあった。
しかし、三人が世界進出への期待に胸を躍らせる一方で、都会の片隅では、新たな「火種」が燻り始めていた。
警視庁、サイバー犯罪対策課。 薄暗いオフィスの一角で、一人の刑事がモニターを見つめていた。 画面に映っているのは、デモンズ・ゲート社の登記簿と、代表・佐藤剛の経歴だ。
「……佐藤剛。半年前までは、ただのしがない大学生。それが突然、プロ顔負けのハッキング能力と、百戦錬磨の経営センスを発揮し、巨大企業を飲み込んだ」
刑事は、煙草を吸おうとして、ここが禁煙であることに気づき、苛立たしげに指先でデスクを叩いた。
「怪しすぎる。……背後に巨大な反社会的勢力か、あるいは外国の工作機関がいると見て間違いない。 勇者だか魔王だか知らないが、あまりに派手に動きすぎたな」
彼は、誠の経歴にも目を止めた。 「副社長の誠……。こっちはエリート法学部出身。……まるで、魔王に付き従う騎士だな。 だが、法を逸脱した正義など、この国には必要ない」
刑事は、一通の家宅捜索令状の下書きを、静かにフォルダに保存した。
そんな不穏な動きを知る由もなく、剛は新オフィスの窓から、夜の新宿を見下ろしていた。
「誠よ。……一つ聞きたい」 「何だい、剛?」
「この世界の『法律』というのは、どこまで俺を縛るものなのだ? もし、俺がこのまま世界を買い叩き、王として君臨しようとした時……貴様はどうする?」
誠は一瞬、動きを止めた。そして、いつもの穏やかな、しかしどこか冷徹な「勇者」の微笑みを浮かべた。
「僕は君の副社長だ。……君が『王』として正しくある限り、僕はどんな法からも君を守る盾になろう。 でも、もし君が暴君となって、この世界をただ破壊するだけの存在になったら……」
誠は眼鏡をクイと押し上げた。
「その時は、また僕が君を討つさ。……かつての聖剣の代わりに、今度は『法』という名の剣でね」
「ガハハ! 期待しているぞ、勇者よ!」
剛の豪快な笑い声が、超高層ビルの最上階に響き渡る。 熱狂する世論、驚異の技術、そして忍び寄る公権力の影。 デモンズ・ゲート社の進撃は、誰も予想だにしない「第ニステージ」へと突入しようとしていた。




