第19話:最初の勝利
DJISという巨大な「城」を落とした衝撃は、一晩にして日本中を駆け巡った。テレビの経済番組やSNSでは「格ゲー上がりの学生社長が、老舗IT企業を飲み込んだ」と、連日お祭り騒ぎのような報道が続いている。デモンズ・ゲート社の名は、今やただのスタートアップではなく、業界の構造を塗り替える破壊者の象徴として刻まれた。
買収から数日が経ち、剛、誠、リンの三人は、新しく手に入れたDJIS本社の最上階にある役員応接室にいた。以前の雑居ビルとは比べものにならないほど豪華な革張りのソファ。だが、剛はそこでも変わらず、不敵な笑みを浮かべてふんぞり返っている。
「ガハハ! 誠、見ろ。この窓から見える景色すべてが、我らが魔王軍の版図に加わったのだ! 異世界での領土拡大も悪くなかったが、電子と資本で国を切り取るこの感覚、実に愉快よな!」
剛は、誠が買ってきたコンビニのLチキを、まるで高級ホテルのメインディッシュであるかのように豪快に頬張った。
「剛、喜ぶのはいいけど、これからが本当の修羅場だよ。買収後の組織統合(PMI)は、法務的にも財務的にも、かつてないほど複雑だ。旧DJISの派閥争いや、僕らを認めないベテラン社員たちのボイコット……。僕の『盾』としての仕事は、むしろここからが本番なんだ」
誠は、以前よりも分厚くなった資料の束をタブレットで整理しながら、溜息をついた。副社長としての彼の負担は激増していたが、その表情には、かつて異世界で魔王の進撃を止めるために奔走していた頃のような、奇妙な充実感が漂っている。
「……そうね。現場のエンジニアたちは、まだ半信半疑よ。でも、私が昨日公開した『魔導戦術アルゴリズム・コア』のソースコードの一部を見せたら、連中の顔色が変わったわ。『こんな論理構成は見たことがない』って、徹夜で解析に没頭し始めた奴もいる」
リンは、ポニーテールを揺らしながら、新しく支給された最高スペックのサーバー機に、自分のメインプログラムを移行させていた。彼女の「工匠頭」としての威厳は、旧DJISの技術者たちの心を、言葉ではなく「技術の圧倒的な差」で掴み始めていたのである。
「良い兆しだ。……さて、誠、リン。この『最初の勝利』を決定的なものにするために、次は世界へ向けて我らの旗を掲げるぞ」
剛は立ち上がり、窓ガラスを指差した。
「大手企業との提携契約は、あくまで第一段階に過ぎん。近々、世界的なITカンファレンスが控えているな? そこでデモンズ・ゲート社の新サービスを電撃発表する。業界の注目の的になっている今こそ、奴らの思考を停止させるほどの衝撃を与えるのだ!」
「新サービス……。例の『感情同期型ゲームエンジン』のことだね?」
誠の問いに、剛は深く頷いた。
「そうだ。単なるビジネス効率化だけでは、人は真に跪かん。人を動かすのは常に『面白さ』だ。俺たちのアルゴリズムを、全人類の娯楽の根幹に叩き込む。それが完了した時、世界は名実ともに俺の配下となるのだ!」
その時、応接室の扉が勢いよく開いた。 「佐藤代表! 大変です! 買収に反対する旧役員たちが、メディアを味方につけて『不当な乗っ取り』だと記者会見を始めました!」
若手社員の悲鳴のような報告に、剛は眉一つ動かさなかった。
「……ふん。敗残兵が最後の手向出か。誠、法的な処理は任せていいな?」
「もちろんだよ。彼らのコンプライアンス違反の証拠なら、もう『勇者の眼光』で山ほど掴んである。今さら正義を気取るなんて、笑わせるよ」
誠は、眼鏡をクイと押し上げ、不敵な笑みを返した。
「ガハハ! 頼もしいぞ、副社長! 凛、貴様は会見場のすべてのスクリーンを乗っ取れ。奴らの泣き言の代わりに、我らが新サービスのトレーラー映像を流してやるのだ!」
「了解! ……佐藤くんのそういう強引なところ、嫌いじゃないわよ」
リンは、悪戯っぽく微笑みながらキーボードを叩き始めた。
デモンズ・ゲート社、最初の勝利。それは、古い権威を葬り去り、魔王と勇者、そして令嬢の三人が、現代日本のビジネス界という頂に向けて、第一歩を力強く踏み出した瞬間だった。




