第21話:世界への咆哮(GTC開幕)
サンフランシスコ、モスコーニ・センター。世界中のテック巨頭、投資家、そして最先端のジャーナリストたちが一堂に会する「GTC」の会場は、開演前から異様な熱気に包まれていた。今回の目玉は、何と言っても「東洋から現れた破壊的魔王」こと佐藤剛によるキーノートスピーチである。
「剛、準備はいいか? ネクタイが少し曲がっているよ」 舞台裏の控え室で、誠が手慣れた手つきで剛の装いを整える。剛が身に纏っているのは、誠がこの日のために特注させた、深い漆黒のシルクスーツだ。光の加減で微かに紅い紋様が浮かび上がるその姿は、現代のビジネスマンというよりは、やはり玉座に座る覇者を彷彿とさせた。
「フン、誠よ。貴様こそ、その『勇者の盾』の充電は十分か? 俺が世界を驚愕させている間、裏でネットワークの負荷を捌くのは貴様の役目だぞ」
「言われるまでもないよ。……リンさん、接続状況はどう?」 誠が視線を向けると、そこには数台の端末を同時操作するリンの姿があった。彼女は今回、公の場には出ず、舞台袖の「工匠頭」の座からシステムの全てを制御する役割を担っている。
「オールグリーンよ。会場内の5G回線も、衛星経由のバックアップも完全に掌握した。……佐藤くん、準備はいい? あなたの心拍数に合わせて、演出用のホログラムが連動するように設定しておいたから。……あまり興奮しすぎないでね」
「ガハハ! 興奮せずにおれるか! 世界が俺を待っているのだ!」
場内の照明が落ち、重低音のSEが地鳴りのように響き渡る。メインステージの巨大スクリーンに、「DEMONS GATE」のロゴが血のような鮮烈な赤で映し出された。司会者がその名を読み上げる前に、剛はゆっくりと、しかし圧倒的な存在感を放ちながらステージの中央へと歩み出た。
数千人の聴衆が息を呑む。スポットライトを浴びた剛は、マイクを握ることなく、地声で会場の最後列まで届くような咆哮を放った。
「世界中の退屈な民共よ! よく集まった。俺がデモンズ・ゲート代表、佐藤剛だ。……いや、この場ではあえて名乗ろう。異世界よりこの停滞した世界を攻略しに来た、『魔王』であるとな!」
会場が一瞬、静まり返る。冗談か、あるいは大真面目なパフォーマンスか。困惑する聴衆を置き去りにし、剛は背後のスクリーンを指差した。
「貴様らが今日まで信じてきた『IT』とは何だ? 効率化か? コスト削減か? 予測可能な未来か? ……断言しよう。そんなものは、ただの『事務作業の延長』に過ぎん! 魂を震わせぬ技術に、価値などない!」
剛の言葉に合わせて、リンが制御するホログラムが起動した。ステージ上に、異世界の荒野と、そこに聳え立つ巨大な城塞が立体的に浮かび上がる。聴衆は、まるで自分たちがその場に引きずり込まれたかのような錯覚に陥った。
「俺たちが提示するのは、管理される未来ではない。……個人の『感情』と『意志』が、デジタル空間そのものをリアルタイムで再構築する世界だ。これが新世代エンジン『デモンズ・ソウル・リンク』の真価よ!」
スクリーンには、実際にエンジン上で動く映像が投影された。プレイヤーの「恐怖」を感知すれば周囲の霧が深まり、「歓喜」を感知すれば空が黄金に輝く。単なるインタラクティブを超えた、人間の精神とデジタルが「同期」する光景に、世界中のプログラマーたちが絶句した。
「この技術は、ゲームに留まらん。医療、教育、そしてビジネスの意思決定……。すべては『心』を中心に再編される。……さあ、選べ! 過去の遺産にしがみつき、データの奴隷として朽ち果てるか。それとも、俺と共に『面白き未来』を創る側に回るか!」
剛のスピーチが終わった瞬間、会場は割れんばかりの喝采……ではなく、深い沈黙の後に、堰を切ったような「どよめき」に包まれた。それは、人々が未知の恐怖と、それを上回る圧倒的な興奮に直面した時の反応だった。
「……やったわね。世界中のサーバーが、デモンズ・ゲートの検索でパンクしかけてる」 舞台袖で、リンが満足そうにモニターを眺める。その横で、誠は殺到する提携依頼のメールを眺めながら、静かに微笑んだ。
だが、その熱狂の渦中、最前列に座る一人の男だけは、一切の拍手を送っていなかった。彼は、シリコンバレーの「皇帝」と呼ばれる世界最大のIT企業『タイタン・テック』のCEO、エドワード・V・ミラー。
「……面白い。だが、過ぎた力は『均衡』を壊す」 ミラーは鋭い眼光で、ステージ上の剛を睨みつけた。
世界への宣戦布告は、成功した。しかしそれは同時に、世界中の「既存の王」たちを敵に回したことを意味していた。魔王、勇者、令嬢。三人の戦場は、今この瞬間、日本という島国を飛び出し、地球全土へと広がったのである。




