第17話:異世界の戦術理論(ロジック) vs 現代のビッグデータ
IT見本市での鮮烈な「宣戦布告」から一夜。デモンズ・ゲート社の小さなオフィスには、鳴り止まない電話と、処理しきれないほどのメールが殺到していた。剛たちがDJISのシステムダウンを「予言」し、的中させたという噂は、瞬く間に業界を駆け巡ったのである。
「ガハハ! 見ろ、誠。敵軍の伝令がこれほどまでに押し寄せるとは。かつての籠城戦で、敵の兵糧攻めを逆手に取った時以来の快挙よな!」
剛は、ニトリで組み立て直した執務机にどっしりと腰を下ろし、満足そうに鼻を鳴らした。その手元には、誠が「Lチキ」と共に買ってきたコンビニの高級コーヒーが握られている。
「……剛、それは『伝令』じゃなくて『問い合わせ』だよ。しかも半分以上は、昨日のトラブルの真相を探ろうとする同業者のスパイだ」 誠は、鳴り続ける固定電話の受話器を置きながら、疲弊した顔で応じた。副社長兼、法務、財務、そして今はコールセンター代行までこなす彼のマルチタスクぶりは、まさに「勇者」級の献身だった。
「でも、本物も混じってるわ。……ほら、これを見て」 リンが、モニターの画面を二人に見せた。そこには、世界的なシェアを誇る物流コンサルティング会社「ロジ・マスターズ」からの正式な対戦……もとい、技術検証(PoC)の依頼が届いていた。
「彼らの悩みは、AIによる配車ルートの最適化が、どうしても『現場の突発的なトラブル』に対応できないこと。渋滞、天候、そして何よりドライバーの『気分』という不確定要素……。昨日の佐藤くんの言葉を借りるなら、ビッグデータには『人間』が欠けているってわけ」
リンの言葉に、剛の瞳が鋭く光った。
「面白い。ビッグデータとやらが、過去の屍の記録だというのなら、俺の『魔導戦術』は生ける者の鼓動を捉える術だ。……誠、リン! 奴らに見せてやろう。統計学という名の占星術を凌駕する、真の『先読み』を!」
数日後。デモンズ・ゲート社の面々は、ロジ・マスターズが用意した検証会場にいた。 対戦相手は、DJISから急遽送り込まれた、最新のディープラーニング・エンジンを搭載した予測システム「オラクル・ベータ」。 課題は、都内100箇所への配送ルートを、刻々と変わる交通状況の中でリアルタイムに再構築し、最も効率的な帰還時間を競うというものだった。
「ふん、まだ懲りずに現れたか。DJISの敗残兵共め」 剛の挑発に、DJISの技術者たちは沈黙を守りつつも、その目は敵意に燃えていた。
「検証開始!」
合図と共に、巨大なモニターに都内の地図が展開される。 DJISの「オラクル」は、過去10年の交通データから、統計的に最も可能性の高い渋滞ポイントを予測し、完璧に整ったルートを算出していく。その動きは機械的で、無駄がない。
一方、リンが操作する「デモンズ・ゲート」のシステムは、一見すると支離滅裂な動きを見せていた。 「佐藤くん、指示を!」
「北千住のエリア、第3配送車を路地に迂回させろ。そこには今、特売を終えたばかりの主婦の自転車が溢れ出しているはずだ。……新宿の第8車は、あえて明治通りへ。あと3分で、前の交差点で信号無視の接触事故が起きる。その直後の『空白の時間』を駆け抜けろ!」
剛の指示は、もはやデータ分析の域を超えていた。 彼は、人々の「欲望」や「焦り」が織りなす空気の揺らぎを、格闘ゲームの対戦中に相手の呼吸を読み取るのと同様の感覚で捉えていたのである。
「馬鹿な……! なぜデータにない事故を予測できる!? 偶然だ、そんなものはただのオカルトだ!」 DJISの技術者が叫ぶが、現実に「デモンズ・ゲート」のトラックたちは、まるで未来を知っているかのように、混雑の芽をすり抜けていく。
「オカルトではない。これは『意志』の計算だ」 剛は、静かに言い放った。 「人は効率のために動くのではない。感情のために動くのだ。その一点を数式に組み込めぬ貴様らの敗北だ」
結果は明白だった。 「オラクル」が、予測不能な多重渋滞に捕まり立ち往生する中、デモンズ・ゲートが導いた車両たちは、予定時間を大幅に短縮して全車帰還。
会場に、静寂が訪れる。 ロジ・マスターズの担当者は、震える手で剛に握手を求めた。 「素晴らしい……。これこそが、我々が求めていた『血の通ったAI』です」
「ガハハ! 勘違いするな。俺が作ったのはAIではない。現代という戦場を制するための『軍略』だ!」
勝利の余韻に浸る中、誠がそっと剛の耳元で囁いた。 「剛、これで契約金は億単位になるよ。……でも、一つだけ言っておく。あの事故の予測、実はリンさんが裏でTwitterの『事故なう』をリアルタイム解析して、剛の直感と照合してたんだ。完全なオカルトじゃないよ」
「……。誠、余計なことを言うな。それが『軍機』というものだ」 剛は気まずそうに目を逸らしたが、横でドヤ顔をしているリンの頭を、乱暴に、しかし優しく撫でた。
「よくやった、リン。貴様の魔導こそが、俺の眼だ」
「……ちょっと! 髪が乱れるでしょ! ……まあ、勝ったからいいけど」 リンは顔を赤らめながらも、モニターに映る勝利のログを、大切そうに保存した。
デモンズ・ゲート社の勝利。それは、古いITの巨像を打ち倒し、魔王が日本の経済構造そのものを塗り替え始める、決定的な一歩となった。




